LSD《リリーサイド・ディメンション》第75話(終)「LSD――リリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》」
*
――オレは今、最終エリア――魔王城の中で魔物との戦闘をおこなっている。
「うらあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王城に潜む目の前の魔物――スライム、ゴブリン、ドラゴン……。
多種多様な怪物たちがオレに襲いかかってくる。
オレは魔物たちに向けて手を構える。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
空想力。
フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》に存在するプレイヤーをまとう力である。
「ピギイイイイイィィィィィィッ!!」
スライムは風船のように破裂し、ゴブリンの四肢はゴムが千切れるように裂け、ドラゴンは魔王城の壁まで吹き飛んだ。
ほかの魔物がそんな様を見ても、オレに迷いなく攻撃する。
けど、身震いなんかしない。淡々と「作業」をこなすだけだ。
「オレは……オレの『願い』を叶えるんだ。だから、すべて……倒す!!」
オレの想いが空想力に変換される。
「グラアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッ!!」
崩壊した壁からドラゴンが咆哮する。
「来いよ」
ドラゴンがオレに向かってくる。
続いて、オーク、グレムリン、インプ……。
わらわらと出現する魔物たち。
「真百合の剣を使うまでもない。無銘の剣で、おまえたちを倒す。空想の箱、作成!! 空想の箱『長剣』活性化……空想の箱、開錠!!」
様々な魔物が刃の雨を受ける。
魔王城に存在する、すべての怪物たちが死に絶えた。
「ふう。これで本当の最終エリアに到達だな」
魔王城――玉座。
玉座にはブラックホールのような渦がギュルギュル回っている。
渦は「空間」であり、その黒い穴から現れようとしているモノがいる。
「ラスボスの、おでましか」
強大で邪悪な空想力を感じる。ラスボスは出現した――。
「――骨の魔物か。『不死の魔王』というわけか――」
――やってやろうじゃねえか――。
「――オレの願いを叶えるためになっ!!」
そう言った瞬間、オレの周囲には「不死の魔王」が思念で形成した無銘の剣と銃が現れる――。
――斬撃と銃弾が乱れ放たれる――。
――が、それがどうしたっ!!
「――真百合の剣」
瞬時に心器である真百合の剣を装備して究極の技を放つ――。
「――終焉之百合空斬!!」
――不死の魔王が消滅していく――。
「――終わったか――」
――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の攻略、完了――。
――そう思った瞬間、激しい光が魔王城を包む。
「あれ……なんだ、この感覚は――」
『Game Clear!!』
オレの目の前にはクリア画面が表示された。
表示された瞬間――オレの意識は、どこかへ消えた――。
――意識は「別の世界」へ向かっていく――。
――かのように思えた。
「おかしい……」
……どうして、目の前が暗くなる感じがするんだ?
……願いって、なんだっけ?
オレは、なにを望んで、この世界に来たんだ?
オレの真の願いは――。
*
――あの世界へ、いきたい。
それがオレの願いだった。
オレはオレが書いた小説である『リリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》』の世界へいきたかったんだ。
夢のように浮かぶ、あの景色。
白百合が何輪も咲く、あの場所をもう一度、見たかった。
それが現実となる。
リリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》は現実にあったんだ。
百合のそばの次元――リリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》は架空の世界なんかじゃない。
オレは、あのときの戦いの記録を文章にして書いておきたかったのかもしれない。
いくつもの白百合が舞う、あの世界へ……オレは、いく――。
*
――オレたちは、ずっと、つながっていたんだ。
「千斗星、いくぞ――」
「うん――」
――オレたちはVRデバイスであるニューロトランサーを頭に装着し、ベッドで横になって――。
「――トランス・オン」
……と言った。
そうすることで仮想空間に突入することができる。
オレたちがログインした場所は……そう、あのリリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》だった。
「Welcome to Lily Side Dimension!《ウェルカム・トゥ・リリーサイド・ディメンション!》」なんて、どこかのVRゲームのアニメで見たような文字が映し出される。
なぜオレたちがリリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》というVRゲームアプリにログインできるようになったのかというと、オレがフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》をクリアした特典によるものだ。
本当に願いを叶えてくれるなんて……。
そう、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の開発者は願いを叶えてくれた。
魔王を倒したのは、オレが初めてで、それでオレの思い描く世界をVRゲームとして再現してくれたのだった。
そして、リリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》なるRPGは全世界で配信されることとなり、今では、そこそこのプレイヤー数を誇るゲームとなっている。
そうなった理由は、プレイヤーの空想を現実にするというシステムが話題となったのだ。
麻薬であるLSDを飲んだような夢みたいな世界に入ってプレイヤーの思考を現実化して戦うというシステムが画期的であるという評価をいただいた。
もともとはオレが空想して描いた小説だったのに、こんなことになるなんて、ある意味、運に恵まれたな、って思う――。
「――本当は、オレだけの世界だったのにな」
「そうかな? ボクはいるよ、ここに」
「千斗星……」
「ああ、そういえば、この世界でのボクの名前は千斗星・ウィズ・リリーロードなんだけど、ちょっと、ややこしくない……? 現実とごっちゃになるというかさ」
「オレは、この小説を書いたときから決まっていて、千刃弥・ロード・リリーロードっていう、この世界を統べる主であり王さまなんだが、どうして、こう恥ずかしい名前が浮かぶんだろ……黒歴史だろこれ――」
「――本当に、そう思っていますの?」
聖母黄金花のようなオレンジ色の髪の「女帝」さまが目の前に現れる。
「こんな形で、また、お目にかかることになるなんて――」
「マリアン……」
「忘れましたの? この国、エンプレシアを救った勇者さま?」
「忘れている、わけではないさ。だって、これはオレの書いた小説がもとになってるんだぜ」
「でも、わたくしたちは、ちゃんと現実世界に存在しますわ」
「はい?」
「わたくしたちの体は、向こう側とつながっていますの。わたくしの本名は……」
「……ああ、わかってるから言わなくていいよ。誰が聞いてるかわかんないし」
「はあ、でも、これが現実の話なんて誰が信じるんでしょうね?」
「大丈夫。オレが信じてるから」
「本当ですの?」
花蘇芳のような薄い赤色の髪をした少女が目の前に現れる。
「わたしたちを現実世界に転生させたことを全部、知ってるんですの?」
「うん、たぶんね。オレたちは二〇XX年を繰り返している。そういう世界にオレは、つくりかえてしまったんだ。だから本当は全部、知っているんだ……メロディ」
「わたしも向こう側の世界で待っていますの」
「ああ」
「あたしのことも忘れないで、です」
有加利のように薄い緑色の髪をした少女も目の前に現れる。
「あたしも待っていますから……です」
「わかってるよ、ユーカリ」
「もう、後宮王を名乗るのは恥ずかしくて言えないことなのかい?」
紫苑のような青紫色の髪をした少女も現れる。
「アスター……そうは言ってもな、オレも、もう大人なんだわ」
「誰か、ひとりを選びたい……と?」
「そう、かもな」
「だったら、わたし、立候補しようかな……?」
桃色の髪をした幽霊のような少女が現れる。
「どこかに、もっといい人がいるだろ……チルダ」
「振られちゃったよ。まあ、いっか。次の時代に期待しますよ」
「いつだよ、それ」
「ワタシはチハヤと血を共有しているから、奥さんにはなれないかなあ?」
背の高い白百合のような髪色をした少女が現れる。
「まあ、オレたち、兄妹みたいなものだしなあ……ごめんな、アリーシャ」
「冗談ですけどね」
「冗談かよ」
「ワタシも似たようなものかなあ……」
「ユリハは、これからだろ?」
あの少女――千道百合に似て、緑がかった髪が特徴の少女が現れる。
「そうですかね~。ワタシは、あなたの空想によって生まれたのに、どうして相手がいないんでしょうね~」
「ごめんな。オレは、もう心に決めている人がいるから」
「ちぇっ! ですよ! お幸せに!!」
そして、目の前に五人のエルフが現れる。
「あたしは、まだ、子ども、だしねえ……」
「十四歳は立派な大人だよ、ランディア。これからだ」
「十八歳になっても彼氏がいませんわ」
「ミスティも、これからだよ」
「燃える恋がしたいぜ」
「フラミアも、がんばれ」
「どうして、あなたとワタシが分かれて存在しているのでしょうかね?」
「うーん……オレが宇宙だったから、別の人格が生まれて肉体を宿した、というところか……。ごめん、エルシー。正直なことを言うと、よくわかんね」
「適当ですね」
さらに二体のリリアが現れる。
「ワタシ、もう、あなたが何者か、わかりましたよ。ねえ……同じ音の名前を持つ人」
「正直、オレも気づいちゃった。千斗星、おまえの分身だよ」
「ボクの?」
「うん。ある意味、双子みたいなものかな……?」
「へえ、さすがボクの分身、千刃弥・ロード・リリーロードさん」
「千斗星と同じ一人称のオレの分身、会話がややこしくなるから、ちょっと話しかけるのやめてもらえますかね? ある世界線のリリアさん?」
「ボクだってチハヤなんだよ~! それを忘れてもらっちゃ困るよ~!」
「だから本名、言うなって……」
……そう、この世界は望むように変わっていく。
現実と空想がまぜこぜになって混沌の世界を創り出す。
でも、本当の現実は、どこにあるのだろうか?
オレは、忘れていた。
もうひとり、いたことを――。
「――アリエル」
「チハヤお姉さま」
「オレは、思い出したよ。キミがいる、この世界について」
「わたしも、そうかなって思っていました。もしかしたら、近くにいるんじゃないかって。あのときは恥ずかしくて顔を見れなかったけど……」
「そうだ、みんな……オレ、部活、つくるわ」
『部活?』
「うん、ゲーム部。一緒にゲームをやる部活。今まで帰宅部だったのが味気なくて……でも、みんなとなら一緒に遊べるだろ?」
「でも、わたしたちは今、ネットでゲームを……」
「……いや、望めば叶うさ。世界は、そういうふうにできているから。だから、いこうぜ――みんなっ!!」
『はいっ!!』
こうしてオレは宝玉学院でゲーム部をつくることにした。
そして――。
*
――宝玉学院にゲーム部は、できた。
でも、なぜか一気にゲーム部の参加者は十人以上に増えたのだった。
向郷万里奈、十原紫苑、聖光院奏音、越岡有加利、天山有紗、幽谷映子、千道花百合葉、遊里道千早、遊里道千歳、百合道千斗星……ここまでは、どこかで見たような名前であるが……。
土地蘭鹿、雨水霞、火上炎華、森種誓なる参加者も現れ……そして、嵐愛麗も参加者として現れた。
それは偶然なのか、必然なのか……オレたちには、よくわからない。
だけど、そんな世界があってもいいじゃないか、という気持ちのほうが勝った。
オレたちはリリーサイド・ディメンション《Lily Side Dimension》を通して出会った仲間である。
その事実は揺るがない真実だったんだ。
だから――。
*
――オレは告白する。
オレはアリエル・テンペスト……いや、嵐愛麗という、ひとりの少女が好きなんだってこと。
その事実をオレは胸に刻んでいたんだ。
だから――。
「――嵐愛麗さん、オレと付き合ってください!!」
「はいっ、よろしくお願いしますっ!!」
……叶わないのが恋だと思っていた。
だけど、望めば手に入るさ。
この世界は、そんなふうにできている。
たとえ、これが夢だとしても……白百合が何輪も舞うような、あの空想の世界でオレは生きていく――。
――あの世界の百合の花は、いつまでも白く、穢れのない夢のようであった。