LSD《リリーサイド・ディメンション》第10話「新たな主――チハヤ・ロード・リリーロード」
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――百合暦《ゆりれき》二〇XX年四月十二日。
オレは「百合世界《リリーワールド》」という「女性しかいない世界」で転生を果たし、「未来の勇者」として、この百合世界《リリーワールド》に残された唯一の国である「エンプレシア」で生活することになったのだが――。
『新たな主よ! わたくしと結婚して!!』
まだ一日も経過していないのに、お祭りムードとは、これいかに?
「新たな主であるチハヤ・ロード・リリーロードさまが降臨されましたわ。これでこの国も安泰ですわね」
「そうですわね。マリアン女王さまが『ネコ』になると宣言したそうではないですか! これはこれで問題ですわよ」
「ええ。大浴場から流星が降ってきたと思えば、こう一日で目まぐるしく場面が展開することをなんと呼べばいいのでしょう?」
「それは、おそらくアレですわよね? 図書館にある本の『剣の達人』の……」
「ああ、『あの絵本』は衝撃的でしたわね。いろいろと」
話の論点がズレてきているような……でも、気にしたらいけないのだろう。だって、ここは異世界なのだから。
……今の会話はオレが空想力《エーテルフォース》を使って聞いた内容だ。
ちなみに「タチ」は攻め、「ネコ」は「受け」という意味だ。
で、問題は、ここからだ。
どうしてオレは女王さまのベッドの上で女王さまに押し倒されようとしているのか?
「さあ、ユリミチ・チハヤさま……いいえ。新たな主、チハヤ・ロード・リリーロードさま。わたくしと交わってくださいませ」
マリアン女王さま、「ネコ」になる宣言したというのに「タチ」のように攻めるとはこれ如何《いか》に……っていうか、どうなるんだ、オレの貞操は……と、言いたいところなのだが。
「マリアン女王さま、それはできない。オレは人と交わることができない体なんだ。女王さまが魅力的じゃないってわけじゃない。オレは『不能』なんだよ」
「えっ、どういうことです、の……?」
オレはベッドから立ち上がり。
「ごめんな……」
……と、言って女王さまの部屋を出ていった――。
――マリアンの部屋を出て、メロディとユーカリに「牢屋でもいいから寝かしてほしい」と頼んだ。
でも、メロディは「チハヤさまを牢屋で寝泊まりさせるなんて恐れ多くてできませんよ」と言い、ユーカリも「チハヤさまには、もっといい部屋へとご案内させていただきますです。そう、かつて『主が現れたときのために作られた特別な部屋』へ案内させていただきますです」と言ってくれた。
……オレは、おそらくリリアが百合世界《リリーワールド》に現れたときのために作られた部屋で寝ることにした。
(女神像……おそらく現代風のワードに置き換えると『リリアの等身大フィギュア』が飾ってあるよ)
二千年間、現れていないリリアからしたら降臨しづらいだろうなあ……――。
――翌朝。
メロディとユーカリがオレの部屋に来てくれた。
「チハヤさまは、これからどうされるのですか?」
メロディはオレのことを気遣って聞いてくれた。
オレは気になっていることを単刀直入に聞いた。
「この世界には『学校』ってあるの?」
ユーカリが答えてくれた。
「エンプレシアには、ひとつだけ学校がありますです。『エンプレシア騎士《きし》学院《がくいん》』……それが百合世界《リリーワールド》に存在する唯一の学校です。あたしたちの所属する学校でありますのです。マリアン女王さま、メロディ、アスターお姉さま、そして、あたしです。薔薇世界《ローズワールド》に立ち向かうために作られた騎士の学校です」
「つまり、四帝《してい》を攻略するための……か」
「はいです。でも、あたしたちは魔物と戦うので精一杯です」
「わたしはチハヤさまが神託《しんたく》の間《ま》に予言されたとき、ちょっとだけ希望を持ちましたよ。わたしたちには未来があるのだと」
「教えてくれてありがとう。オレも、その学校に入ろうかな、って思ったんだ」
『チハヤさまが!?』
メロディとユーカリは声をそろえて言ってくれた。
「そんな、チハヤさまが入ってくれるだけで……すごく、わたし、すごく……わたしはうれしいですけれど……」
「でもでも、チハヤさまは新たな主です。あたしが思うに学校に入る必要はありませんです」
「いや、入学させてほしい。オレは取り戻したいんだ、過去を」
『過去?』
「ああ、オレにもう一度やり直すチャンスをくれ」
オレは学校が嫌いだ。だけど違う世界で違う学校に通い直したら違う結果が待っているかもしれない。オレは学校の悪い思い出を良い思い出に変えていきたいんだ。
「わかりましたよ。チハヤさま」
「あたしたちは大歓迎ですが、マリアン女王さまは、どういたしますです?」
「問題ありませんわ」
マリアンがオレの部屋に現れる。
「わたくしの『貝合わせ』に付き合ってくれなくてもチハヤさまへの想いは変わりませんわ。わたくしは『女帝《じょてい》』でもありますので」
関係あるのか、それ?
「ですが、入学試験を受けていただきますわ。チハヤさまが、どの程度の能力をお持ちなのか、試させていただきますわ。これから、わたくしの騎士になっていただくチハヤさまにやっていただくのは簡単なテストですわ」
マリアンがメロディに小さな箱を運ばせてオレに手渡す。
「能力判定を行う空想の箱ですよ」
メロディがそう言った後、ユーカリが――。
「――あたしが、この電子機器のディスプレイに表示される数値を確認しますです。その数値でチハヤさまの強さが数値化されますです」
「空想力《エーテルフォース》を空想の箱に込めるわけか」
「そうです。チハヤさまの強さ、これでわかるってわけです」
「わかった……空想力《エーテルフォース》、解放《かいほう》!!」
「こ、これは……」
ユーカリがオレの数値を評価する。
「∞!? あたし、そんなの見たことないです!!」
「なるほど。これがエンプレシアを守る主の力ってわけですわね。ますます『貝合わせ』したくなりましたわ」
ナチュラルに淫乱だな……。
「そんな結果なら騎士学院に入学する意味ないんじゃなくて? 即戦力レベルだわ。すでにアスターを超えていますわよ」
「でも、オレは学校に通いたい。そう思うんだ。なあ、マリアン。この学校には飛び級制度はあるのか?」
「もちろん。能力のある者には認められていますわ」
「なら……十七歳になる年齢で飛び級しない学年への入学を許可してくれ」
「それでいいのですわね? この世界で最強のアスターに匹敵する強さを持つあなたにはたいしたことのないレベルかもしれませんわよ」
「それでいい。オレの思い出は、ここから作り上げられていくのだから」
「なら、わたくしと同じクラスへ来るといいですわ。薔薇世界《ローズワールド》の臭いを持つあなたの説明をさせていただきます。あなたが『男』という存在であると。そ、それと……」
マリアンは意思を確かめるように。
「……あなたの心器《しんき》――百合《ゆり》の剣《けん》を見せてくださいませ」
百合《ゆり》の剣《けん》とは、百合の剣の正式名称のことだ。
心器《しんき》の入った空想の箱を開錠《かいじょう》するとき、起動名が英語風になる(この世界では英語……みたいな言語が使われているようだが、オレがまとう空想力《エーテルフォース》の影響で日本語に翻訳されている……ようだ)。
要は心器《しんき》の能力が引き出しやすいのが英語……というわけだ。
なので、本当の正式名称は日本語なのである。
「ああ、わかった。――来《こ》い、百合の剣」
百合《ゆり》の剣《けん》の入った空想の箱を開錠《かいじょう》した。
剣を手渡されたマリアンはメロディに剣を預けた。
「これからメロディとユーカリに百合《ゆり》の剣《けん》の解析をおこなってもらいます。チハヤさま、いいですわね?」
オレは了承した。