DRB《データレイド・バトルフロント》プロローグ

  *

 全世界XRクロスリアリティ化計画――それは現実世界と仮想世界の完全な融合をおこなう計画であり、通信技術を使って、あらゆるものが「本物」になるという計画だ。

 俺――黒木青春くろき・あおはるは、そのとき十二歳の子供であった。

 全世界XRクロスリアリティ化計画の立案者は、俺の父である黒木青人くろき・あおとであった。

 父は、ものすごく頭脳の優れた研究者であり、数多の賞を受け取っている博士でもあった。

 全世界XRクロスリアリティ化計画は、地球すべてを丸ごと覆う3Dプリンター装置を設置し、その装置を使って常にプリントできるようにし、仮想世界の現実化をおこなう、というものだった。

 実体化も解除化も、そのシステムにより、自由自在になる予定だった。

 第X世代移動通信だいエックスせだいいどうつうしんシステム——通称:XGエックスジーなるものが常に稼動しているから、その計画は実現可能な段階まで来ていた。

 そして、その計画が実現する日に俺——青春あおはると、その妹であった青葉あおばは、父——青人あおとと、母——春葉はるはに連れられて、その計画の式典に参加していた。

 全世界……というか、地球に存在する人類のすべてが、その計画の式典に注目していたような気がする。

「それでは、全世界XRクロスリアリティ化計画の、そのシステムプログラムを……実行しますっ!」

 父——青人が嬉々とした表情でXR化プログラムを全世界に発動させる。

 会場にいる式典の参加者は夢と希望に満ち溢れた目をしていた。

 しかし、事件は起こってしまう。

 情報爆発災害データビッグバン・ディザスター——通称:DBDと呼ばれる、全世界——いや、全地球を巻き込んだ災害が発生した。

 その式典に突如、魔物が出現する。

 そう、RPG——ロールプレイングゲームによく現れるモンスターそのものが現れたのだ。

 スライム、ゴブリン、ドラゴンといったオーソドックスな魔物から、マイナーなゲームに登場するようなレアな魔物まで、多種多様の魔物が、この世界に顕現した。

 その魔物モンスターは式典に参加していた会場の人間を殺し始めた。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」

「こっちに来るなあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」

「逃げろおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!」

 会場にいる人々の様々な叫び声が聞こえる。

「システムプログラムが暴走しているっ!? 早く解除してくれえええええぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!」

 その声を発したのは俺の父——青人だった。

「早くするんだあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」

 ——と、父が言葉を発した瞬間、計画のプログラムで具現化したミノタウロスが父の頭を持った。

「逃げろ……春葉はるは……青春あおはる……青葉あおば——」

 ——そう父が言った瞬間、ミノタウロスは父の頭部を潰して破壊した。

 それだけで人間は簡単に死んでしまうものだということを俺は十二歳にして改めて知る。

 頭では分かっていることだけど、そう、たったそれだけで人間は、この世界から消えてしまう。

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!! 青人あおとおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!」

 と、叫ぶ母——春葉をミノタウロスは持っていた斧で、そのまま肉体に振り下ろした。

「お父さあああああぁぁぁぁぁぁんっっっっっっっ!! お母さあああああぁぁぁぁぁぁんっっっっっっっ!!」

 妹——青葉の叫びも両親には届いていないだろう。

 母の体も縦に真っ二つになり、手の指が少しだけ動き、数秒で動かなくなる。

「ムウウウウウオオオオオオォォォォォォォッッッッッッッッ!!」と、ミノタウロスが咆哮する。

 その隙を見逃さないように、俺は瞬時に妹の手を握る。

「逃げるぞっ! 青葉っ!」

「逃げるって、どこに……?」

「どこにでも、だよっ!!」

 会場にいる人たちは外に向かって走り出していく。

 あくまで魔物が発生しているのは、この式典の会場だけのはず……と、俺は思ったのだが。

 ——いな、いた。

 会場にいる魔物から逃げ切った俺と青葉は、会場の外にも魔物がいることを確認する。

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ、お兄ちゃんがそばにいるから」

 いや、大丈夫なんかじゃない。

 この世界は終わるのだ――正確には人類が絶対的強者として君臨する世界が終わる。

 これが人類の歴史の終着点——そのように俺は思ってしまった。

 様々な魔物の軍団が地球の陸海空を覆っていく。

 天も地も魔物によって支配されるようになるだろう——この先、ずっと……きっと、未来永劫。

 こんな計画、やるべきじゃなかったんだ。

 どうして俺は父に賛同していたのだろうか?

 恥ずかしくて涙が出てきそうになる。

 でも、そう考えている時間なんかない。

 魔物が人類を蹂躙していく光景を俺と青葉は黙って見ている。

『…………』

 俺たちは世界の終わりを体感している——現実として。

 しかし、俺は両親だけではなく、また、失っていく——家族を。

「なんだよ、あの黒い渦は……ブラックホールなのか?」

 そう俺が思った瞬間、妹の青葉の体が宙に浮いていく。

「青葉っ!!」

 天変地異。

 地球の大地にいる人類がブラックホールのような渦に飲み込まれていく。

 ただ、すべての人類を飲み込んでいるわけではないようだ。

 でも、どうして青葉が?

 青葉じゃなく俺を吸い込んだらいいのに——そんなことを考えている場合じゃないっ!!

「青葉あああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」

 青葉が、このままじゃ、ブラックホールに飲み込まれてしまう。

 俺は妹に向かって、手を伸ばす。

「手を出せっ! 青葉っ!!」

「やってるの見えてるでしょ……もう無理だよ」

「あきらめるな。まだ命があるんだよ。絶対に助かるっ!!」

「お兄ちゃん……この世界に絶対なんて、ないんだよ……」

「……! でもっ!!」

「助けようとしてくれて、ありがとね。さよなら、お兄ちゃん――」

「……? 青葉?」

 青葉がブラックホールに吸い込まれて、いってしまった……。

 状況を理解した俺は心が抑えられなくなり。

「――うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっ!!」

 天に向かって大声で叫んでしまった。

 でも、もういいよ。

 どっちにしろ、世界は終わるんだろ?

 魔物が俺に気づいたのか、こっちに向かってくる。

 俺も……終わるのだろうか?

 終わるな、これは。

 変えようがない現実だ。

 父——黒木青人の発明が世界の技術を飛躍的に上昇させるものではなく、その技術によって世界を終わらせてしまったのだ。

 そして、俺には、その血が半分、流れている。

 恥だ。

 恥以上のナニモノでもない。

 まぁ、いいや。

 俺も終わろう。

 この世界と、ともに——。

 俺は目を閉じる。

 そして、終焉を迎えるのだ。

 ——そう思っていた。

「————」

 人間には言語化できないような言葉が、俺の耳から通じて、脳を通り抜けるような感覚だった。

 おそらく、それはブラックホールに吸い込まれなかった全人類の脳に認識されたことであろう。

「——!」

 瞬間、エクスクラメーションマークの感覚が脳に残る。

 ブラックホールは消滅し、魔物の軍団も全地球から消滅していく……ような感じだった。

 災害が一時的に止まった……のか?

「…………」

 俺は言葉を失ってしまう。

 とても、この地球で起こったかのような展開に思えなかった。

 こうして俺は天涯孤独の身になってしまったのだった。

  *

 情報爆発災害データビッグバン・ディザスター——通称:DBDと名付けられたその災害の原因は、DBDで亡くなった黒木青人くろき・あおと博士の全世界XRクロスリアリティ化計画のシステムプログラムが発端の原因であると情報として確定された。

 そして、俺——黒木青春くろき・あおはるは黒木青人の忌み子として、全世界から拒絶されることになる。

 俺は孤児院で生活することになったのだが、その孤児院でも孤児たちに拒絶されていく。

「お前の親父のせいでオレの家族は……父ちゃんと母ちゃんは魔物に襲われて亡くなったんだぞっ!!」

「分かってんのかよ、おいっ!!」

「なんとか言ったらどうなんだよっ!!」

 俺は孤児たちに暴力を振るわれる毎日を過ごしていた。

 ——なんで俺は生きているのだろうか……?

 生きる意味を失っていく。

 地球もDBDで変化していく部分があった。

 それは西暦せいれき何年か、分からなくなってしまったのだ。

 おそらく西暦二XXXにせんトリプルエックス年……という具合に、もう人類のすべての情報がマンデラ効果エフェクトのように一致しなくなった。

 というか、マンデラ効果は電子機器にも影響を及ぼし、バグやウイルスが交錯し合い、本当の正しい情報と呼べるものを人類は確定できなかった。

 というか、全地球の平行世界パラレルワールドが組み合わさり、完全に融合してしまったようだ。

 それはXGエックスジーという通信技術が全XR化計画のシステムプログラムによって現実と仮想が混ざり合い、エルフやドワーフのような仮想の種族やRPGに登場する魔物が現実世界に出現するようになる。

 その時をもって、こよみは西暦から合暦ごうれきに変更され、新たな惑星として生まれ変わった地球は多元地球ギャザースと呼ばれることになり、そこから新しく歴史を始めることになったのであった。

  *

 合暦ごうれき一年になった世界で俺——黒木青春くろき・あおはるは生きていた。

 確定している情報は俺が生きているということ。

 確定していない情報は俺の記憶が錯綜しているということだ。

 もはや、過去の記憶が本当に正しいのかも、よくわからない。

 俺の両親は黒木青人くろき・あおと春葉はるはの間から生まれた息子なのだろうか?

 妹である青葉あおばは、どこへ行ってしまったのか?

 どうして俺はヒトリなのだろうか?

 ただのヒトリじゃない。

 孤独という意味の独りだ。

 天と地の間が保たれるようになったこの世界でも、俺はこの世界が地獄であるように思う。

 これから先、どうやって生きていけばいいのだろうか?

 家族がいない。

 味方もいない。

 もしかしたら、もしかしなくても生きる意味がないのかもしれない。

 ——死のうかな……。

 刃物を手に、心臓を一突きすれば簡単に終わる人生だ。

 孤児院のキッチンから包丁を持ち出して、孤児院の近くにある公園で死のうと思った。

 そう思っていたのだけど、誰かが俺に声をかける。

「——黒木青春くろき・あおはるさん、ですね」

「……誰ですか、あなたは?」

「キミに力を与える者です。家族を取り戻したくはありませんか?」

 俺――黒木青春くろき・あおはるくろ青春せいしゅんが始まる。

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