LSD《リリーサイド・ディメンション》第73話「世界の夜明け」
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――麻薬であるLSDを大量に飲まされた後遺症によって、すべての感覚があいまいになり、自我を保てなくなった遊里道千早。
それが遊里道千早の反逆へとつながり、世界分割心器――百合の世界を生み出し、男と女の性別を持つ者を分割するに至った。
それが百合世界の歴史に記された百合暦XX年の記録である。
その記録は時間とともに湾曲していき、やがてリリア――遊里道千早のおこなってきたことが素晴らしいと言われるようになったのは、ある意味、洗脳と同じであることに気づいたのは約二千年後のことである。
リリアは自身を五つの存在に分割し、風のエルフ――アリエル・テンペスト、火のエルフ――フラミア・フレーミング、水のエルフ――ミスティ・レインウォーター、地のエルフ――ランディア・アースグラウンドを生み出した。
そして、自らも空のエルフ――エルシー・エルヴンシーズへと転生するのだった。
空《そら》のエルフであるエルシー・エルヴンシーズは人間には知覚されない神に近い存在だった。
それもそうだ。
なぜなら二千年後にチハヤ・ロード・リリーロードに転生する未来が待っていたから。
この物語は正確には異世界転生の物語ではなく同世界転生の物語である。
百合道千刃弥という存在は始めから存在していなかったのだ。
彼は、彼女は、我らを騙していたんだ。
そんな奴が正義を語るなんて、ありえない。
すべては我の正義のために、我を中心に流転していったほうがいいのだ。
彼に、彼女に、正義があるはずがない。
だから――。
『――宇宙の世界』
すべては宇宙によって具現化する。
宇宙があるから、世界が成り立つのだ。
『今、開錠した心器は、すべてを具現化する能力を持つ。その意味を理解できるか』
「…………さあな」
『なら、教えてやろう。我は、この宇宙に存在する心器を顕現させることができる。口上なしでな――』
*
――オレが最後の切り札である真百合の剣を開錠したあと、スカイ・コスモス・ワールドエンドは宇宙の世界という心器を開錠した。
スカイの目的は至って単純だ。
オレを捕獲して、スカイの望む宇宙を生み出すこと。
あらゆる秩序はスカイを中心に流転し、それはすべて、あのころの……前世のオレが大量のLSDを飲まされるような……人としての権利がない世界がつくられるということなのだ。
また第二の花人類をつくってしまう……そんなことになったら、オレたちに自由はない。
オレという宇宙と、スカイという宇宙の戦いが今、おこなわれているということ。
真なる自由のためには、オレたちは勝つ必要がある。
ニセモノの世界……だけど、その、すべてが統合しているということは、オレの中にある宇宙は確かに存在しているんだ。
「スカイ・コスモス・ワールドエンド……おまえを倒す」
『――――ふっ』
瞬時、オレの体が真っ二つに切れる――。
「――統合」
瞬時、オレの体は結合して、修復される――。
『それを繰り返すのか、おまえは? 痛いだろう、苦しいだろう……それが人を超える痛みだ。理解できるか』
「ああ、だけど、悪くない……」
『……いつまで耐えることができるかな? 無限の痛みが、おまえを襲うぞ』
「今も、オレを襲っているな――」
『瞬時に真っ二つ、瞬時に結合を繰り返している……人を超える痛みだぞ』
「ああ、でも、おまえ……忘れてるな。今のオレは痛みを感じないんだ」
『なるほど……ニセモノである百合道千刃弥を素体にしているからか。確かに、それなら痛みを感じないな』
「……正確には、痛みはあるはずなんだ。もともとオレは人間だったから。だけど、架空の存在であるオレをみんなが認めてくれたから、オレは、こうやって戦えるんだ」
『本当に、それが絆であると認識できるか?』
「いや、絆であるかどうかなんて、どうでもいい。オレは、みんなの平和を願っているんだ。オレが原因で生まれた苦しみは、すべてを理解できるはずがない。けど、オレは、オレたちは、ひとつの存在になった。だから、すべてを受け入れ、すべてで戦うんだ」
『ふん、言ってろ――』
――瞬時、真っ二つ、瞬時、結合、瞬時、真っ二つ、瞬時、結合を繰り返す。
だけど――。
「――オレの中には百体……いや、それ以上のリリアが存在する。それは知っているか?」
『パラレルワールド……すべての世界線をひとつにしたのか。その心の器には無限のリリアが存在するということだな』
「そう、それはオレがリリア――遊里道千早――になっただけじゃない。遊里道千歳がリリアになった世界もある。だから、オレたちは常に一緒だったんだ。千歳、顕現しろ」
「ええ」
ある世界では遊里道千歳はリリアになっている。
ボク――遊里道千早を殺して、だ。
その白い髪が懐かしさを感じてしまう。
「ボクは何通りの世界で顕現したリリアさ。ボクの想いは、この真百合の剣に乗せる――」
「――混合の世界……すべての花言葉を、この真百合の剣に――」
混合の世界には無限の花言葉が存在する。
それを真百合の剣に……全部の花言葉の情報をスカイ・コスモス・ワールドエンドに与える。
何度、真っ二つにされても、何度だって結合してやる。
「世終空……スカイ・コスモス・ワールドエンド、よく聞けよ。オレの名は百合道千刃弥。またの名をチハヤ・ロード・リリーロード。百合の道を行き、千の刃を弥し男だ。覚えておけ」
千、数多、無限の斬撃が来ようとも、オレは決して折れない。
粉々になろうとも、何度だって復活してやる。
「みんなを感じる。みんな、願っている! それを知っているオレは無敵なんだよっ!!」
これが最後の切り札であり、最後の技――。
「――真理之百合空斬」
『――――!!』
「宇宙のすべてを書き換える、改変の力……受け取れえええええっっっっっ!!」
すべての百合の剣をベースにつくられた真百合の剣。
その、百合のようで、あらゆる色に変化する虹のような剣は、過去も未来も書き換える能力……オレの、オレたちの望む世界を、新たな宇宙として顕現させる。
『――――ありがとう。それが、キミたちがたどり着いた真理の答えか…………ならば、受け入れよう。もともと我は複数の存在だった。けど、もともと、それぞれの存在だった。なら、この宇宙はキミたちのものだ』
「ありがとう、世終空……スカイ・コスモス・ワールドエンド。キミのおかげで世界は生まれ変わる。だから、いくよ。世界の、その先へ――」
――世界は終わらない。
世界の夜明けが始まるような感覚がオレたちには、あったんだ――。