LSD《リリーサイド・ディメンション》第1話「LSD――覚醒」
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LSD――たとえ、これが夢だとしても……。
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――幼馴染に告白して振られたオレは仮想現実空間の中で魔物と対峙していた。
ゲームでいう始まりの……魔物の森にいつの間にか転移しており、いきなりスライムと戦闘になっていたのだ。
「うわあ……弱いかもしれないけど、その粘液……いろいろ溶かすよね? 触れたくないんですけど」
だが、オレは戦える道具をひとつも持っていなかった。
「……なぜか、いつの間にかVRデバイスにダウンロードされていた、このゲーム……『願いが叶う』って宣伝文句だからプレイしたものの、いきなりピンチなんですけど……」
――ダマされたのかな……オレ、いじめられっ子だから誰かがイタズラで入れたのかもしれない……。
そう思ったが、突如、謎の声がオレの頭の中に響く。
――心花《しんか》を使うのだ。
「しんか……?」
――魂に刻まれた心《こころ》の花《はな》の力を使うのだ。そうすれば、この戦闘に勝利できる。
「心《こころ》の花《はな》で心花《しんか》ってことか? でも、どうやって……?」
――まずは箱をイメージするのだ。
「箱?」
――箱の中にイメージを注入するのだ。イメージは、この世界では空想力《エーテルフォース》と呼ばれている。空想《くうそう》の力《ちから》である空想力《エーテルフォース》はキミがまとう力そのものだ。その力で空想の箱を作成し、その箱の中に武器のイメージを流し込め。
「つまり『二重にイメージしろ』ってことかよ」
――そういうことだ。武器は自分が使いたいものをイメージするといい。心花《しんか》と武器として形成し、この戦いに勝利しろ。
「ところで心花《しんか》って、どんな花をイメージすればいいんだ?」
――それはキミが一番わかっているはずだよ。キミがなにを象徴し、なにを想うのか……一番大事だと思うものをイメージするだけだよ。
「オレの……大事なもの――」
――そんなの……決まっている。
「わかったよ。イメージすればいいんだろ? オレの一番大切なもので、一番大切なものを手に入れてみせる。それが、このフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》のクリア特典『願いが叶う』ってことだろ……だったら、やってやるさ――」
――オレは彼女のそばに……いや、彼女と対等な側につきたい。そのための次元へ行く。だから――。
「――イメージしてやる! レクチャーよろしく!!」
――まずは空想の箱、作成《さくせい》と叫べ。
「空想の箱、作成《さくせい》!!」
――次にイメージする花を咲かす命令文を。
「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ!!」
――空想の箱に心花《しんか》のイメージを注入したら、その次は空想の箱を施錠《せじょう》している鍵を壊せ。空想《イメージ》は本来、現実には存在しないものだ。ゆえに鍵を開ける解錠《かいじょう》ではなく鍵を壊す開錠《かいじょう》をおこなうのだ。そうしなければ「架空の物体」は世界に顕現できない。仮想現実空間で、空想《イメージ》を実現させろ。
「空想の箱、開錠《かいじょう》!!」
――そして、武器そのものを引き寄せる命令文を……この世界に武器を顕現させるのだ。その武器は心器《しんき》という。心花《しんか》が武器として形状化したものだ。
「来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣!!」
――なるほど。やはり百合《ゆり》の心花《しんか》を空想《イメージ》したか。ならば百合の一太刀で、あのスライムを倒せ。心器《しんき》にスライムの粘性は無効だ。そのまま、その空想《イメージ》通りに剣による攻撃をおこなうのだ。
「わかった。レクチャーありがとな! いくぜっ!!」
スライムは粘液を飛ばしながらオレに向かっていく。粘性で攻撃が通らないし、体を溶かす粘液特性がある。しかし、オレが心器《しんき》という武器を手にしたことで粘性は無効化されない。
オレは粘液をかわしながら相手の懐《ふところ》で技を放つ。
「くらえっ! これがオレの最初の技――」
ただ、百合《ゆり》の剣《けん》の一太刀《ひとたち》を丸い粘性の魔物に、くらわせる。
「――百合之一太刀《ゆりのひとたち》!!」
スライムは、その剣技で消滅した。
「ふう……マジでレクチャー助かった。改めて、ありがとう……で、これ……どこから声、出しているのさ?」
――気にするな。ボクは、ただの案内人さ。この世界を初めて知る者のための……ね。
「ああ、なるほど。このフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の初心者ガイドってところか」
――そういうことさ。ボクはキミが願いを叶えることを望んでいる。このフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》で唯一のゲームプレイヤーであるチハヤ《Chihaya》が、どんな冒険模様を見せてくれるのか、楽しみにしている傍観者というところかな? とにかく、ボクは楽しみに待っている。キミが願いを叶えることを。最終エリアである魔王城でラスボスと戦い、レベル九十九となりゲームをクリアする様子を見届けようじゃないか。
「やけにオレに肩入れしているな。つまり、これはオレが主人公になるためのゲーム……」
――そう思ってくれて構わない。このゲームを無事クリアしてくれれば、それでいい。では、頼んだよ。キミの人生に祝福があらんことを――……。
「……――消えた、のか?」
オレは様子を見守っていた声の主の言葉を聞き、確信した。
「オレは、やっぱり主人公なんだ」
オレの口角はニタリと上がった。
「オレの恋は終わった。だけど、新たに始めることはできる。こんな不幸な主人公っぽい人生だったからこそ、オレは願いを叶えなければならない。だから――」
ふふふ、ふはははは、と笑い声が出てくる。
「――オレはハーレムを作る。すべての女性を統べる後宮王《ハーレムキング》になる」
ここからオレの物語が始まる。少なくともオレは、そう思っていた――。