DRB《データレイド・バトルフロント》第5話「生徒会長・白草秋乃《しらくさ・あきの》」

  *

 朝陽がビルの隙間から射し込み、わたし――茶園夏葉ちゃぞの・なつははアパートを出て学校へ向かっていた。

 転入してまだ二日目だから、正直いろいろ不安だらけ。

 昨日はゾンビ型の情魔デーモンに襲われ、謎の死神に救われた――そんな衝撃的な体験をしながらも、何とか学校へ行ったが、今日はどうか平穏であってほしい。

 朱夏あけなつお兄ちゃんを探すのもまだ全然進んでないし、教室だって不穏な空気だったし……これ以上トラブルは勘弁してよ……。

 わたしは、ため息をつきながら、大通りを外れた細道を選ぶ。

 少し近道になるはずだけれど、ここが運の尽きだった。

 薄暗い路地に足を踏み入れたとたん、嫌な胸騒ぎがする。

「……あれ、また……?」

 視線を向けると、そこには灰色の毛並みに、ところどころノイズが走った奇妙な狼が立っていた。

 数日前に一度遭遇した、あの狼型の情魔デーモンではないか――。

 わたしは息をのむ。

 狼は低く唸り、今にも飛びかかりそうな態勢を取る。

「や、やめて……わたし、こんなの何回もごめんなんですけど……!」

 言葉にならない恐怖で足がすくむが、ここで立ち止まればアウト。

 狼がガルルと吠えるのを聞くや否や、わたしは背を向けて走り出した。

 四つん這いのひづめでも爪でもない、じゅるじゅるとした足音がすぐ後ろに迫る。

 どうして何度も出てくるの……! この街、ホントに危険すぎる……。

 必死の思いで角を曲がると、ようやく人通りのある道路に出られ、振り返ると狼の姿は消えていた。

 ハアハアと息が荒いまま、アパートへ戻るわけにもいかない。

 どうにか気持ちを立て直して、足早に色取学院の正門へ――。

  *

 正門が見えてきた。

 これでやっと一息つける……と思ったのもつかの間、またしても厄介な光景が目に飛び込んできた。

 数名の男子生徒が囲むようにして、華奢な黒髪の少年を脅している。

 わたしは遠巻きに様子をうかがい、一瞬でカツアゲだと理解した。

「おいコラ無能ォッ! 今日こそしっかり金出すんだろうなぁ? ああん?」

「……そんな、ありません……」

 黒髪の少年――黒木青春くろき・あおはるくんが消え入りそうな声で抗うが、不良リーダー格の男は聞く耳を持たない。

「ははっ、シケた面してんじゃねえよ。無能くんよお、きっちり出せっての。でなきゃ痛い目見たいか?」

 見るに耐えない光景。

 ほかの生徒は素通りするばかり。

 わたしは、昨日も何か似たような場面を見た気がするし、クラス内でも不良が騒いでいた。

「どうしよう……警察……! 警察しかない……!」

 脳裏をよぎるのは、わたしが転入初日に試みた110番。

 結果的にスマホを壊されてうまくいかなかったが、他に策が思いつかない。

 とりあえずやってみるしかないか――と決心し、スマホを取り出す。

「110番だよ! ウッ、ウッウッウッウーン!!」

 できるだけ声を張り、サイレンの真似をして注目を集める。

 不良たちが「ん?」と振り向き、わたしにギロリと鋭い目を向ける。

 心臓がバクンと高鳴る。

「てめえ、昨日から調子こいてる転入生だな? ああ?」

 リーダー格の男が口をゆがめながら、わたしへずかずか近づく。

 その目は明らかに怒気を含んでいる。

 わたしは思わず一歩後退してしまうが、それ以上下がれない。

「う、う、110番ですよ、警察に通報……あっ!」

 言い終わる前に、男がわたしの腕をぐっとつかみ、スマホをひったくる。

 すぐさま地面へ投げつけ、容赦なく足で踏みにじった。

「けっ、今時110番かよ。いい度胸してんじゃねえか。ほれ、スマホ壊れちまったなあ。どうすんだ?」

 バキバキと画面が割れる嫌な音。

 わたしはショックのあまり唇が震える。

 これは器物損壊でしょ……とか頭で考えるけれど、言葉にならない。

「おい無能、てめえをかばうヒロイン出てきたぞ? 笑わせんな。ヒロインのおまえも金出せよ、なんなら二人まとめてシメてやってもいいんだぜ?」

 リーダーは吐き捨てるようにそう言い、わたしを指さす。

 取り巻きの一人がククッと笑いながら「いいじゃねえか、二人分の財布ゲットだな」と悪ノリする。

 黒髪の少年――黒木青春くろき・あおはるはそれを聞いて、さらに肩を落としたまま黙り込む。

「てめえらッ! 誰も助けちゃくれねぇってのは、よーく分かったな?」

「…………」

 黒木くろきくんがうまく声を出せない様子を見て、不良グループはさらに嘲笑する。

 わたしは歯を食いしばりながら、「どうにかしなきゃ」と思うが、腕力では敵わないし、スマホも壊されてしまった。

 誰か助けて……!

 そう思った瞬間、背後から澄んだ声が響いた。

「そこで何をしているんです? ずいぶん乱暴ですね」

 視線をそちらに向けると、そこには白い髪が印象的な少女。

 長身で、背筋をピンと伸ばし、端正な顔立ちからは落ち着いた雰囲気を感じる。

 でも、わたしは彼女を知らない――いったい誰……?

「……誰だ?」

 不良たちが一瞬きょとんとするが、少女は臆することなく近寄ってくる。

 どこか、高貴なオーラというか、それでいて冷ややかな眼光がある気がする。

 静かながらも威圧感を放っているようにも見えた。

「あなたたち……わたくしがここで見かけたのが運の尽きですね。何をしていたか――説明を願えますか?」

 白髪の少女が声を発するたびに、不良が後ずさりしているのがわかる。

「わたくしは白草秋乃しらくさ・あきの――この色取学院高等学校いろどりがくいんこうとうがっこうの生徒会長ですわ」

 少女は静かに名乗る。

 生徒会長――それを聞いたとき、不良たちの顔色がさっと変わった。

「せ、生徒会長……!? うそ、マジで……!?」

「チッ、そりゃやべえ……」

 戸惑う不良たちをよそに、秋乃は淡々と語る。

「DBD《データビッグバン・ディザスター》の影響で、この学院には被災した多くの生徒が集まっている。だからこそ乱暴な行為は見過ごせません。今の行為、わたくしには見逃せないですね。どうします? 強制的に退学処分を検討されても困るでしょう?」

 軽く言うだけで、不良たちは蒼白になり、顔を見合わせる。

 リーダー格が「やべえ……」とつぶやいたのが聞こえた。

「くそ……おまえら、退散だ! 生徒会長なんて巻き込まれたら面倒くせえ……」

 誰も反論できないらしく、悔しそうな唸りを上げながら、不良グループはさっと逃げていった。

 わたしはポカンと口を開ける。

 この人、実は生徒会長だったんだ……。

 そりゃ不良も逃げるよね……。

「……大丈夫でしたか?」

 白草秋乃しらくさ・あきの――今わかった名前だが、彼女は優雅にわたしのほうへ視線を送り、少し疲れたような笑みを浮かべる。

「え、ええと……助かりました、ええと、白草秋乃しらくさ・あきの生徒会長さん……? わたし、茶園夏葉ちゃぞの・なつはといいます……」

 混乱しながら、わたしはお礼を告げる。

 秋乃は「そう、茶園夏葉ちゃぞの・なつはさんね……」と相槌を打ち、そのまま黒髪の少年――黒木青春くろき・あおはるにも目を向ける。

「そっちのあなたも無事なのかしら? ……って、青春あおはるじゃない……」

 黒木くろきくんが、かすかに唇を震わせて答える。

「うん……大丈夫」

 わたしは視線を交互に見比べ、「あの……もしかして、お二人は、お知り合いなのでしょうか……?」と尋ねる。

「ええ、DBDの混乱期に出会った幼馴染といっていいかしら。何かあるたびにわたくしが守っているのだけど、本人はいつも一人で抱えこんでしまうのよ」

 秋乃がそう言うと、黒木くろきくんは少しだけ視線をずらし「大げさだって……」と苦い声を漏らした。

「幼馴染なんですね。でも、秋乃さんって生徒会長なんですね。こんな頼れる人がいるなら、もっと噂が広まっていてもいいのに……」

 思わず感想を口走ってしまう。

 秋乃が小さく笑みを浮かべる。

「……できるだけ、この学校を平和にしたいという気持ちがあるだけですわよ」

 黒木くろきくんは相変わらず黙ったままだが、その横顔には助けられた安堵が少しだけ見えるような気がする。

 白草秋乃しらくさ・あきのは、「わたくしは、このことを報告するために、これから職員室に寄らないと……失礼いたしますわ」と言い残し、足早に去っていく。

 その立ち姿は品格があり、まさか不良を追い払うほどの威圧感を隠しているなんて想像しにくい。

 黒木くろきくんは「あの……ありがとう」と言い残し、そそくさと校舎へ向かう。

 あの人、何か抱えてる感じがするけど……秋乃さんとは幼馴染なんだし、本当はもっと頼ってもいいのに。

 そんなことを考えながら、わたしは急いで鞄を持ち直し、ホームルーム開始前に教室へ駆け込む。

 あと五分ほどしかないかもしれない。

 結果的にまたギリギリの登校になってしまった。

 狼を振り切って、不良を撃退――ってわたしは何もしてないけど……。

 とにかく、今日も朝から波乱だらけだなぁ……。

 不安は尽きないけれど、一歩ずつ前へ進むしかない――そうやって自分を励まして、ノートを開いた。

 こうして、わたし――茶園夏葉ちゃぞの・なつはの転入二日目が幕を開ける。

 朝から再会した狼型の情魔デーモンに追われ、学院の正門では不良にスマホを踏みつぶされかける大ピンチ。

 だが、颯爽と現れた白髪の少女――白草秋乃しらくさ・あきのが不良を撃退し、彼女が生徒会長と知ったわたしは驚きながらも心強さを感じる。

 しかし、転入早々の波乱は、これで終わってくれるのだろうか?

 わたしの不安と期待が入り混じった色取学院での学校生活は、まだ始まったばかりだ。

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