LSD《リリーサイド・ディメンション》第18話「お互いに納得できるようになるのは、いつだろうか?」
*
「これから、わたくしは……あなたたちエルフに質問させていただきます。よろしいでしょうか?」
マリアンがエルヴィンレッジに住まうエルフたちに問いかける。
エルヴィンレッジに住まうエルフたちは当然、女性である。
男性のエルフは、この世界には存在しない。
エルフたちは皆、美しい姿をしており、みにくい者はいない。
……というか、百合世界《リリーワールド》の住人は、まったくみにくい者はいない。
なんでだろう……なにか深い理由でもあるのだろうか?
……こんなことを思うオレは、性根が腐っているかもしれない。
「わたくしたちの先祖は、エルフのような亜人《あじん》たちをセントラルシティから追い出し、『断罪《だんざい》の壁《かべ》』を築き上げました。ですが、わたくしたちは後悔しております」
マリアンは決意を込めて。
「わたくしたちはお互いの納得できる位置を探しています。お互いがお互いに納得し、仲良くやっていける関係のことです。確かに、わたくしたちの先祖は、あなたたちを追い出してしまった。それで今、エルフたちの住まうエルヴィンレッジでは階級制度が存在してしまい、強者と弱者の間で格差が生まれています」
マリアンはエルフたちに最初の質問をする。
「そんなの、よくないですよね? いいはず、ありませんよね? みんな平等になるべきではないでしょうか? でも、わたくしたちのすべてが平等になるわけではありません。それでも、今のエルヴィンレッジの制度では完全に平等という制度は分離してしまっています。これは変えなければいけません。なんとしても平等に近くしなければいけません。だから、わたくしは言います。格差をなくすのに賛成ですか?」
エルフたちは、近くにいるエルフの顔を見合わせ……言った。
『……反対です。わたしたちは今の生活に満足しております。今のままでいいんです。不満なんかありません。この生活は、この人生は、一生……変わらなくてもいいです。今を生きるために、今の制度があるのです。このままで、いいのです。わかりましたか?』
「そんな……わけ、ないですよね?」
『いいえ。そんな……わけ、あるのです』
マリアンは落胆した。
「あなたたちは、ひどい想いをしながら生活するのですよ? 今のエルヴィンレッジに魔物が侵略してくるかもしれないんですよ。しかも、エンプレシアには『四帝《してい》』がいます。いずれ東《ひがし》の帝《みかど》である風帝《ふうてい》が来るのですよ? それでもいいのですか?」
『はい。それでもいいです。エルヴィンレッジの……いえ、ウィンダ・トルネードさまのために死ねるなら本望! 生きた価値があるものです』
「嘘ですわよね?」
『本当です。わたしたちは今の生活を愛しています。わたしたちは恵まれています。生きています。十分です』
エルフたちは声をそろえて言った。
なんだが洗脳されているというか、二千年間の今までが積み重なっているというか、なんだこれは?
まるでロボット……いや、それ以下の人工無脳ではないか?
全然、生きている感じがしない。
それに……妙な感じがする。
こんなに人数がいるのに、声をそろえて出すことができるなんて……言い方によどみがないというか。
……こんなにわかりやすい釣り針はないよな?
ツッコんでいいのかな?
「どうだ、エルフたちの回答は? 皆、あたくしを慕っているだろう、そうだろう……それでも、マリアン女王さまは、あたくしを有罪にできますか? ギルティになさるおつもりですか? さあ、言ってご覧なさい、さあ!!」
「……くっ!!」
くっ!! これは茶番だ!! こんな罠に引っかかるのは、よっぽどのバカじゃないと……。
「そんな……マリアン女王さまの提案が却下されるなんて、わたし……どうしたら?」
「あたし、こんなにいい提案をしているマリアン女王さまが、不憫で、不憫で、仕方ないです!!」
側近の護衛騎士もバカなのかよ!!
「おい、ポンコツ三人組! なぜ気づかない! あれは『呪術』だ」
『「呪術」?』
「ああ、あれは呪術による洗脳だ。ウィンダ・トルネードはエルヴィンレッジのエルフたちを呪術で洗脳している! これはウィンダ・トルネードの罠に過ぎない! こんなのにダマされるな!!」
「いいや、貴様たちの言ったことだ! 前言撤回はなしだぞ、人間ども! これはルールだ! あたくしは有罪にならない! 絶対に!!」
くっ!! この茶番、どう終わらせよう……お互いの納得できる位置って、いったい……どうしたらいいんだ!?
*
『そうですか……そっちは、そんな状況なのですね』
百合暦《ゆりれき》二〇XX年の技術を甘く見ることなかれ!!
電話だ!!
それもお互いの顔を見ることができて、複数の人数で会話ができる!!
ここまで技術が発達しているのは、オレのいた現実世界でも……あったような、なかったような?
『で、チハヤたちはどうするのよ?』
ちなみに電話の声の主はエンプレシア騎士学院にいるミチルド・ハイルートだ。
『ミチルドもケイも、ちゃーんとチハヤたちのことを心配しているよ?』
今の声はケイ・ホークナンである。
「こんな茶番、早々に終わらせたいんだけどね」
『茶番、ねえ……』
ミチルドとケイは声をそろえて言った。
『茶番……かなあ?』
「ふたりとも、どういう意味さ?」
『だって……言質《げんち》、とられちゃったんでしょ?』
「うん……」
そうだ……オレたちは言質《げんち》をとられてしまった。
言質《げんち》をとられたあとにウィンダ・トルネードを有罪にしてしまったら……エンプレシアの女王の、女帝《じょてい》としての株は下がるだろう。
だから質問する前に有罪にしてしまえばよかったのだ。
話せばわかり合える、は現実には存在しない。
そんなものは一方しか、わかり合えないのだから――。
――マリアンが想いを募らせながら言った。
「わたくしがエルフたちに賛同を得られると確信していた、にもかかわらず……ふがいないですわ」
『ホントだよ!!』
『マリアン女王さまが、あんなことを言わなければ……丸く収まっていたかもしれないのに』
『……まあ、反省してくださいね?』
「で、電話の要件なんだけど……オレたちに『呪術』についての資料を転送してくれ。ウィンダ・トルネードの『呪術』を解除する」
ふたりに説明する。
「『呪術』について理解するために『解除呪文』を作成する。そのために『呪術』のかけ方など、なんでもいいから……ありったけの資料を」
『わかった。騎士学院の図書館にはデータ化された資料がたくさんあるから、それらを転送するね』
「頼む。それと……アスターの様子は?」
『アスターお姉さまは、相変わらずだよ』
オレが思うに、もしかしたら彼女が……風帝《ふうてい》攻略の鍵になるかもしれないから。
オレは電話を切ろうとするが、気になったことがあったので……。
「で、なんで……ふたりは声をそろえているんだ? 人工無脳なの?」
『いいえ、わたし(あたし)たちの声がそろっているのは付き合っているからでーす。年齢イコール彼女いないのチハヤには味わえない感覚でしょーね』
「黙れ百合ップル! いずれオレのハーレムに加えるぞ!!」
『一生ありえませーん!!』
ブツッ!! 電話が切れた。ブチ切れだ。
ピンコーン!! 携帯端末が鳴る。
「さっそく『呪術』に関する資料が来たか。あのふたり、有能だな……無能じゃなかった」
「それはトップクラスの騎士だから当然ですわ。『A組』の騎士は一番って意味ですの。ミチルドもケイもチハヤもわたくしもトップクラスの組にいるのですわ」
「そういうランクみたいなのがあったのか。まあ、いろいろイラッとするふたりだが、ありがてえ……」
……「解除呪文」の作成に取りかかろう。
待っていろ、ウィンダ・トルネード!!