DRB《データレイド・バトルフロント》第6話「茶園夏葉《ちゃぞの・なつは》の携帯修理と情魔《デーモン》急襲」
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わたし――茶園夏葉は、今日も二年X組の自席に座っている。
机の上に散乱する破損した携帯端末の残骸を目にすると、胸の奥にずっしりと重くのしかかる虚しさと不安が、日常の温もりを奪い去ったかのように広がっていた。
割れた画面は、まるで未来への希望すら砕き散らしたかのような冷たい印象を与え、どんなに指先を触れても正確な反応を示さない。
わたしは、自分の無力さを痛感しながら、失われた日常と取り戻せぬ夢に、ただただ沈み込んでいくのを感じていた。
そのとき、ふと耳に澄んだ声が静かに響いた。
「茶園夏葉さん」
わたしはゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、色取学院高校の生徒会長、白草秋乃生徒会長だった。
彼女は、厳しさと温かみが同居する表情でこちらを見つめ、昨夜の絶望の闇に差し込む一筋の光のように、わたしに安心感を与えてくれる。
彼女の眼差しは冷静かつ優しく、わたしの心に潜む不安を少しだけ和らげるかのようだった。
「……白草生徒会長……?」
わたしは、思わず小さく呟く。
白草生徒会長は、穏やかでありながらも確固たる口調でこう告げた。
「はい、白草秋乃です。あなたの携帯端末の故障を確認いたしましたので、生徒会室にて応急修復を施させていただきますわ」
その一言に、胸の奥に長い間閉ざされていた希望が、かすかに灯るのを感じた。
震える声で「お願いします!」と返し、白草生徒会長の導きに従って、わたしはゆっくりと生徒会室へと足を踏み入れた。
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生徒会室の扉を開けると、そこはまるで小さな最先端研究所のような空間が広がっていた。
最新鋭の修復機器が整然と並び、棚には「フィクティウム修復キット」や「簡易復元モジュール」など、被災生徒の通信環境維持のために学院が導入した先端技術が展示され、部屋全体から未来への希望が漂っていた。
白草生徒会長は、ためらうことなく作業台へ向かい、わたしの壊れた携帯端末を丁寧に手に取った。
彼女の手際はまるで熟練の職人のようで、外装のネジを一本一本慎重に外しながら、内部の基板の状態を丹念に確認していく。
その一連の作業を目の当たりにすると、失われた日常を取り戻すための儀式のような重みがわたしの胸に迫り、温かい感慨が込み上げた。
しかし、割れた画面には激しい亀裂が入り、タッチ操作は依然として不安定で、完全な復元にはまだ程遠い状態であった。
「現状、応急措置としては最低限の機能は回復できる見込みですわ」
白草生徒会長の柔らかな口調と的確な作業によって、わたしの心に渦巻く不安はほんの少しだけ和らいだ。
彼女は特殊なカートリッジを携帯端末の液晶パネルに装着し、低く連なる電子音とともに修復装置を起動させた。
部屋中に機械の作動音が響き渡る中、割れた画面は徐々に明るさを取り戻し、通知アイコンや各種メニューが、不安定ながらも表示され始めた。
わたしは、その光景に、まるで魔法のような奇跡を見たかのように息をのみ、「すごい……本当に直ったんですね?」と呟いた。
「はい。応急修復は完了いたしました。ただし、端末は依然として不安定な状態です。万一、再びトラブルが生じましたら、再修復または別の手段をご検討いただく必要がございますの」
白草生徒会長の冷静な説明に、わたしは心から感謝しながらも、完全な復元には至らない現実に胸を痛めた。
しばらくの間、彼女の作業音とともに、わたしの思いは過去の記憶へと流れ、失われた日々への未練や、これから取り戻すべきものへの決意が静かに胸中を満たしていった。
「ありがとうございます……」
白草生徒会長は、柔らかな微笑みを浮かべながら、続けて告げた。
「学院全体も、被災生徒の通信環境維持のため、今後も対策を強化してまいります。何かお困りの際は、どうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ」
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応急修復が完了した携帯端末を手に、わたしは生徒会室を後にした。
外へ出ると、学院正門へ向かう途中、昨日と同じ光景が目に映った。
正門前では、不良生徒たちが黒木青春くんを取り囲み、執拗に金銭を要求し、怒声を上げながら暴力的な言葉を吐き出していた。
「おい、無能! 今日こそしっかり金を出せよ!」
黒木くんは、かすかに震える声で「……ないです」とだけ答え、身を縮めていた。
その姿を目の当たりにすると、わたしの心は、自分の無力さと学院の冷酷な現実に対する怒りで激しく揺れ、胸が締め付けられるような思いに襲われた。
わたし自身、何か行動しなければならないという衝動が内側から沸き上がるのを感じたが、どうすればいいのか、答えは見つからなかった。
そのとき、背後から再び澄んだ声が鳴り響いた。
「そこで何をなさっているのですか? 乱暴な行為は決して容認できませんわ」
振り返ると、堂々たる白草生徒会長が再び正門前に姿を現していた。
彼女の一喝により、不良生徒たちは一斉に顔を曇らせ、リーダー格の男すら青ざめた表情で「……退散だ」と呟きながら、その場から姿を消していった。
白草生徒会長は、落ち着いた口調でわたしに近づき、やさしく問いかけた。
「青春、怪我などございませんか?」
黒木くんは震える声を堪えながら「……ありがとう」と答えた。
わたしは白草生徒会長の頼もしさに心が救われたと感じると同時に、自分にも何かできるはずだという焦燥感が胸に募るのを感じずにはいられなかった。
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放課後、授業が終わり自宅へ帰る途中、夕暮れが辺りを覆い、街灯の明かりが徐々に薄れていく路地裏で、わたしはふと足を止めた。
静まり返った夜の空気の中、これまでの出来事やこれからの未来への思いが次々と胸に押し寄せ、孤独と不安、そしてかすかな希望が入り混じる複雑な感情が、わたしの心を激しく揺さぶった。
その瞬間、遠くから情魔の低いうなり声が、これまで以上に迫ってくるような気配となって伝わってきた。
わたしは一瞬、全身が凍りつくような感覚に襲われ、額から冷たい汗が滲み出るのを感じた。
どうすることもできず、立ち止まる間もなく必死に逃げ出そうと足を動かしたが、背後から迫る重苦しい足音と、風に乗って耳元に届く獣の呻きが、次第にその実体をはっきりと浮かび上がらせた。
「……あの情魔だ……!」
恐怖に体が硬直する中、わたしは後ろを振り返ろうと必死に目を凝らした。
すると、闇夜の中から鋭い眼光を放つ情魔が、狼のような姿で猛然とこちらに向かって走り出してくるのが見えた。
その獰猛な体躯は、学院内に漂うフィクティウムのエネルギーに呼応するかのように、凶暴なオーラをまとっていた。
わたしの心臓は激しく鼓動し、全身に冷たい恐怖が走った。
必死に逃げようと足を動かすも、狭い路地は私の逃走を許さず、足元の不規則な石畳がわたしをつまずかせ、転倒しそうになる。
背後から迫る情魔の咆哮が耳に突き刺さり、わたしはもう逃げ場がないのではないかという絶望感に捕らわれた。
「逃げなきゃ……!」
必死に走り出そうとするも、全身に走る冷たい衝撃と、鋭い牙や爪の音が次々と迫り、わたしの心は締め付けられ、足はもはや自分の意思に従わなかった。
背後から聞こえる足音は、まるで時間の感覚すら奪い去るかのように、私の背中に重く迫ってくる。
全身が冷たい恐怖に支配され、逃げるための最後の力すら失いかけているのを、わたしは痛感した。
「……どうして、こんな……!」
絶体絶命の状況下、わたしは今、自分が全てを失いかけていることを痛感した。
全身に染み渡る冷たい恐怖と、心の奥底から湧き上がる孤独が、わたしを包み込み、思考すらも麻痺させようとしていた。
情魔の猛々しい咆哮が耳に突き刺さる中、わたしはもう逃げ場がないと悟り、心が砕け散るような絶望感に襲われた。
その瞬間、闇の中でも、わたしはわずかに灯る希望の灯りを感じた。
失われた日常、取り戻せない過去に打ちひしがれながらも、朱夏お兄ちゃんの手がかりを探り、学院の闇の中に隠された真実を知りたいという思いが、再び胸に湧き上がった。
しかし、その希望は、情魔の猛然たる突進とともに、夜の闇に飲み込まれそうになっていた。
「まだ、あきらめたくない……!」
絶望と恐怖の中で、わたしは自分自身に叫びかけ、立ち上がろうと必死に体中の力を振り絞ろうと試みた。
しかし、体はすでに冷たく重く、足は動かず、冷たい汗と涙が額を伝い落ちる。
逃げ出すための最後の一歩すら、情魔の猛然たる突進によって吸い取られ、わたしの心は次第に希望の光が遠ざかっていくのを感じた。
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その後、夜も更け、学院の裏手に広がる薄暗い路地裏では、街灯がまばらに照らす中、風が冷たく吹き抜けていた。
今、わたしは、今日の出来事を何度も反芻しながら情魔から逃げていた。
白草生徒会長の温かな導き、黒木くんの静かな存在――それらは、わたしにとってかけがえのない支えであり、未来への小さな希望の種であった。
しかし、同時に、学院内に漂う不穏な空気と、どこからともなく聞こえる情魔の呻きが、わたしの心を不安で満たしていた。
走りながら、わたしは自分の内面に問いかけた。
「どうしてこんなにも不安に苛まれるのだろう。失ったものはいつか取り戻せるのだろうか。朱夏お兄ちゃんの手がかりも、学院の闇も、わたしには遠い夢にしか思えない……」
その思いは、走るたびに心に重くのしかかり、足取りを鈍らせた。
そして、再び情魔の低いうなり声が、これまで以上に鮮明かつ不穏に耳に届いた。
背後から迫る足音が、まるで時間そのものを止めるかのように近づいてくるのを感じた。
冷たい風が頬を撫で、心臓の鼓動が激しくなる中、わたしは思い切って振り返る決意を固めようとしたのだった。