LSD《リリーサイド・ディメンション》第72話「最後の切り札」
*
――オレは宇宙の中を漂っていた。
目の前にいるのは、真の敵。
薔薇世界の住人が真に倒すべき敵であると認識していたオレだが、それは違う。
新人類という存在は、オレたち花人類を利用して新たな宇宙をつくろうとしていた。
でも、その必要はなかった。
なぜなら新人類はオレたち花人類を騙していたからだ。
宇宙をつくるということはミクロコスモスである人間をすべて内包するマクロコスモスに拡張するということになる。
「一は全、全は一」という宇宙のあり方を示す書物があった。
万物は流転する。
宇宙には目に見えない大きな流れがある。
オレたちは、ひとりが集まって、みんなになる。
一は全であるとも言えるし、全は一であるとも言える。
オレたちは宇宙の一部であり、宇宙の中にいる人間なんだ。
だから、オレは、オレたちは宇宙そのものであると言える。
今、オレの中にいるミクロコスモスたちは、オレというマクロコスモスに内包されている。
世界統合心器――混合の世界を使って、すべてを内包する宇宙になったオレは、もうひとつの宇宙と戦う運命にある。
スカイ・コスモス・ワールドエンドこと世終空はオレと対立する、もうひとつの宇宙。
その戦いは、これから始まろうとしている――。
『――宇宙の剣』
「――灰百合の剣。――新百合の砲剣」
スカイは一振りの剣――宇宙の剣を手に持ち、オレは右手に新百合の砲剣を、左手に灰百合の剣を構える。
『そんな装備で大丈夫か?』
「大丈夫だ、問題ない。聞き返すが、おまえこそ、そんな装備で大丈夫か?」
『大丈夫だよ、ぜんぜん問題なんかない。この宇宙の剣だけで十分だ。おまえのすべてを受け入れるつもりはない。なぜなら、この宇宙の剣は、この世界に存在するだけで能力を発動できる――』
――瞬時、斬撃がオレの胸を切り裂く。
『これが宇宙の剣の能力、事象の改変だ』
「事象の改変……だと?」
『ああ、この剣は心器として心のままに世界への干渉することができる。つまり、我が望んだことはすべて現実になる。その能力を止めることはできるかな……?』
「あっそ、ならオレも――」
瞬時、斬撃がスカイの胸を切り裂く。
「オレも、その能力を持っているんだよね……灰百合の剣で事象の改変をおこなった。それにより斬撃を飛ばしたんだ」
『さすがだな。あらゆるシミュレーションに対応してきただけのことはある』
「シミュレーションね……今までの戦いを『シミュレーション』と言うのか……だけど、それはオレたちにとって現実だったんだよ。シミュレーションなんかじゃなく、オレたちの現実だ。それを否定することは許されない」
『いや、ニセモノはニセモノだ。なぜなら、そのニセモノの世界は我が創り出したものだからな』
「知ってるよ。オレは、オレたちは宇宙のすべてを理解している。だから、おまえのことも理解している。おまえに干渉されない特異点としてな」
『無限の経験値を獲得した影響か……いいだろう。おまえを利用することなんてわけないわ。そもそも、そのためにニセモノの世界を創ったんだからな』
「オレたちの世界を創った理由は、新たな宇宙を創造する特異点を創り出すこと……おまえは、オレの誕生を待っていたんだ。物語の主人公として存在する『名も無き英雄』――無名を、おまえは求めていたんだ」
『そうだ。あらゆる物語の主人公は同一的な存在として英雄になる力がある。だから、それらの物語の主人公の因子を統合し、ひとりの「名も無き英雄」を生み出したかったんだ。その主人公は世界を変える力がある』
「その主人公はオレなんだな?」
『ああ。そして我も、その世界の一部なんだ。おまえという英雄が世界のすべてを書き換えるエネルギーを発生させること……その潤沢のエネルギーを新たな宇宙を生み出すために使えたら、それで世界はハッピーエンドを迎えることができる』
「その目的のためにオレにLSDを飲ませたんだな……むごいことをするよ、新人類は……」
『新たな宇宙を生み出せれば、新天地へ行くことなど造作もない。我は限界だったのだ。古き世界は、どちらにせよ滅びる運命にある。我らの地球は、もう存在しないんだよ』
「やっぱり、ホンモノの世界には、もう地球のような惑星は存在しないのか」
『そういう、ことになるな。我らが真に求めていたのは宇宙ではなく、地球だった。人類が進化せず、ずっと地球にとどまることができていれば、こんなことにはならなかったんだ』
「こんなこと、ね……」
『人類は進化しすぎたんだ。あらゆる者は交わり、子孫を残していった。でも、それだけでは足りない、なにかがあった。地球が太陽に飲み込まれる未来を回避するために新天地へ行く必要があったんだ。でも、数には限りがあった。だから、すべての人間を統合したんだ。それが我、人類概念統合体――世終空であり、スカイ・コスモス・ワールドエンドなのだ』
スカイ・コスモス・ワールドエンドはオレたちにわかるように説明するが――。
「――知ってるよ。そんなこと、は……な。つまり原子番号零の元素――ニュートロニウムが、あるときに空素に置き換えられた。人類はエーテルを加工したエーテリウムを使って新天地をめざしたんだろ?」
『…………』
「その技術は今のオレたちにも活かされている。空想の箱として。オレたちの武器は『それ』のおかげで顕現できている」
『今の我らの戦いは空素ができている戦いであることを理解したな』
「もちろんだ。お互い特異点なんだから、お互いに譲るつもりがない戦いにしようぜ。人類概念統合体、世終空さまよ。今はオレたちの世界に習ってスカイ・コスモス・ワールドエンドだっけ?」
『わかっていることを聞くなよ』
「そう、オレたちは宇宙だ。だから理解している……みんな、オレに力を貸してくれっ!!」
『了解っ!!』
「オレたちも、完全に統合しないとな……スカイのようにはなりたくねえけどっ!!」
『もう、なっているよ』
「世界統合心器――混合の世界、開錠《かいじょう》」
オレの宇宙にある、すべての生命体がオレの力になる。
雌雄同体になる――オレはリリアで、ボクはチハヤ……確かに、ここに、いる。
白、黒、灰の順にオレの髪の色と眼の色が変化する。
そして、透明になる。
透明な空想力をまとい、本当の最終決戦に挑む。
オレたちは真に統合していく。
すべてが、つながる。
来い――。
「――真百合の剣」
これがオレたちの、最後の切り札だ――。