LSD《リリーサイド・ディメンション》第70話「LSD――超越」
*
――本番は、ここからだ。
アリエルがいなかったら、この戦いには負けていた。
アリエルの心器である風玉の指輪が破壊され、五闇の指輪によって修復されなければ、オレが風帝の意識に飲み込まれることはなかったし、無限ループの経験値アップをおこなうことができなかった。
なにより、オレはアリエルを選ぶ運命は過去も未来も変わらなかったという事実を知って、点と点が線によってつながる感覚がオレの中に芽生えた。
過去も未来も存在しないんだ。
そこに現実があるだけだ。
だから――。
『――うわあああああっっっっっああああああああああっっっっっっっっっっ!!』
オレたちは叫ぶ。
力がみなぎる。
オレたちは真・魂の結合をおこなっている。
オレが獲得した経験値は百合世界の騎士たちに伝播していく。
全員のレベルが∞になる。
「すべての百合世界の騎士たちよっ! 無限の力で敵をなぎ倒せっ! この戦いに勝利するのは……オレたちだっ!!」
『はいっ!』
「無駄だっ! 俺たちには無限の命が存在するっ! それをすべて削りきることはできないっ!!」
「それは、どうかな?」
「なにっ!?」
「くらえよ、リーダン……空想の箱、開錠――新百合の砲剣」
新百合の銃剣の攻撃力を向上させた新百合の砲剣を開錠する。
新しい武器である砲剣の心器は百合世界の騎士たちにも真・魂の結合によって共有してある。
そして、全員で放つ、この戦いで最後の技――。
『――無限之百合空斬』
リーダン、ブルーノ、ルイ、マンダリン、サニー、ハート、ラヴァンたち神託者を含む薔薇世界の騎士たちは、その攻撃を食らう。
速さも攻撃力も、こちらのほうが上だ。
だから、無限の輪廻によってつくられた円環の因果が俺たちにあるがゆえに薔薇世界の住人のHPを一にする。
無限に匹敵する命は零にはなっていない。
もう、彼らにあきらめさせるしか……。
「薔薇世界の住人たちよ、もう、この戦いを終わりにしよう。この戦いで、もう……終わりにしよう」
「終わり、だと……」
「ああ、オレたちには、ある解決策がある。新たな宇宙を生み出す方法だ。それを実現するためには薔薇世界と百合世界が手を取り合う必要がある。拒絶したのは前世のオレだが、今は、そうなってもいいと思う」
「どうして……?」
「本当に悪いのは、宇宙の創造を強要する新人類だからだ。だから薔薇世界《ローズワールド》の代表であるリーダン・ロリー・ローズゲートが新人類との橋渡しをしてほしい。それが、できるか……?」
「できない、と言ったら?」
「和解は、ない。譲るつもりもない。ここで命を奪ってやる」
けど――。
「――今回の出来事は、すべてオレに責任がある。オレが宇宙を創造する。最初から、こうすればよかったんだ……」
……ある心器を開錠する――。
「――灰百合の剣」
「その心器は?」
「灰百合の剣だよ。リリアの心器である白百合の剣とオレの心器である黒百合の剣を統合して、ひとつの剣にした。これはユリハとつくった新百合の心器とは違って純粋にオレとリリア由来の心器だ。なにが違うと思う、リーダン?」
「白百合の剣は放出、黒百合の剣は吸収の特性を持っている。つまり、その、ふたつの剣を統合したということは……あっ!!」
「そうだ。リーダンの白薔薇の剣も黒薔薇の剣も統合すれば灰薔薇の剣を生み出すことが可能だ。けど、リーダンには宇宙を創造できるほどの能力がない。でも、オレならば可能なんだ。わかるだろ? 今、オレたちは……少なくともオレはレベルが∞なんだよ。それは神にも匹敵するレベルの経験値を得ているということなんだ。つまり、今のオレには宇宙を創造する能力がある」
オレは想形空間にいるアリエルを転移させる――。
「――ありがとう、アリエル……全部キミのおかげだ。この世界は、いくらでも生まれ変わることができる」
アリエルに灰百合の剣を突き刺す。
「な、なにを……」
「リーダン、よく見ておけ……おまえの罪をなくしてやる」
風玉の指輪の核となるものを心臓付近に見つける。
「修復、完了……」
百合世界の騎士たちとエルフたちを見て、うなずく。
「もう、大丈夫だ……」
「あれ……? チハヤお姉さま……?」
『アリエルっ!!』
マリアン、アスター、メロディ、ユーカリ、チルダ、アリーシャ、フラミア、ミスティ、ランディアがアリエルのもとへ向かう。
「よかった……でも、まだだ」
「まだ、だと……?」
「ああ、リーダンには役目を果たしてもらう。新人類との対話の時間だ」
*
「オレたちは、もう知っているんだ。新人類の正体がなんなのか、を……」
「どういうことだ? おまえは、なにを知っている……?」
「リーダンには橋渡しの役割がある。新人類のアジトまで連れて行け」
「それは……」
「できない、ですか?」
ユリハが口を挟む。
「ワタシたちは知っています。ワタシの前世はチハヤに吸収された千道百合なる核から転生したものです。だから理解できるのです。どうして新人類が存在していたのか、を」
「続けてくれ、ユリハ」
「はい、チハヤ……新人類の役割は世界を監視することです。世界を監視することは新人類の下に存在する花人類の監視であるということ……つまり、ワタシたちは始めからニセモノの世界に存在していた、ということになります」
「ニセモノの世界だと……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。本来ならば、ホンモノの世界ならば、ビッグクランチという宇宙の収縮はおこなわれない。ビッグクランチなるものは存在しないのです」
「なんだって!?」
リーダンたち神託者は驚いた表情をする。
「ワタシは知っています。ワタシの前世が付き合っていた葉渡刃弥という人物について、です。葉渡刃弥の葉渡という名字はホンモノの世界には存在しない……ニセモノの名字なのです。それは……リーダンの前世の名前である茨門紅一の茨門も存在しません。ニセモノであるとは断言できませんが、モデルとなる名字は存在しているでしょう。ワタシには、なんとなく、わかります。おそらく概念操作技術を使っているからでしょう。ワタシたちは概念操作技術によって調整された存在なのです。だから、存在しない名字も存在するのです。ワタシの千道花という名字はチハヤの概念操作によって生まれた。チハヤの百合道という名字は遊里道千早であるリリアが概念操作した、という具合に概念操作技術を使う人間が存在する……それが、それぞれの世界の神託者と新人類なのです。が――」
「が?」
「新人類なるものは存在しているようで存在していない……空の器――空器です」
「どういうことだ?」
「ワタシの前世の恋人である葉渡刃弥は存在していないのですよ。ただひとり存在する新人類が存在する、という事実に目を向けなければいけません。今のチハヤには宇宙のすべてが理解できます。チハヤ、言ってください」
「ああ……」
オレは結論づける。
「この世界で唯一の人類であり、この世界を創造した神が存在する、という事実を薔薇世界の住人に知ってもらう必要があるということだ。ならば、それを証明するために……リーダン、その場所までオレたちを連れて行け。転移だ――」
――この物語はクライマックスに突入する――。