LSD《リリーサイド・ディメンション》第55話「LSD――崩壊」
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――夢ならば、どれほど、よかったでしょう……。
……これは夢ではない。
現実だ。
オレが生きていた西暦二〇XX年は彼女がつくり出した幻影だった。
オレは彼女であり、彼女はオレだったのだ。
すべては「ボク」の願望……「ボク」が「オレ」になるための物語。
「理解したか? おまえの罪を」
リーダン・ロリー・ローズゲート……いや、茨門紅一から転生した存在は、オレにわからせるように告げる。
「おまえは百合道千刃弥ではある。だが、それは幻であり、本来なら存在しない存在なんだ。本当に存在していた人間は遊里道千早だったんだ」
リーダンはオレの胸に指をさす。
「おまえは偽物の英雄なんだよ。彼女によってつくられた架空のな」
「彼女……?」
「もう、わかっているだろ……」
リーダンは断言する。
「百合道千刃弥の中には少女が存在する。それは遊里道千早という十四歳の少女だった。その意味がわかるか? おまえは遊里道千早という少女が心器である黒百合の衣をまとって転生した存在だということだ。問題は、その遊里道千早が何者であるのか、だ」
「それって、もしかして……」
……まさか、そんなはずは……だって彼女は、オレとは別の――。
「――リリアだ。新世界の神であるリリアは、おまえの中にいるリリアとなった遊里道千早は世界をふたつに分けた。百合世界と薔薇世界にな。そして自分の体を五つに分けた。風のエルフであるアリエル・テンペスト、火のエルフであるフラミア・フレーミング、水のエルフであるミスティ・レインウォーター、地のエルフであるランディア・アースグラウンド、そして、空のエルフであるエルシー・エルヴンシーズ……そのエルシー・エルヴンシーズも、おまえの中にいるということだ」
「じゃあ、オレは……」
「おまえは人間じゃない。おまえは人間心器だ。黒百合の衣をまとった架空の……ニセモノだ」
「オレが、ニセモノだと……」
「そう、この世界を救うのは、おまえじゃない……俺たちだ」
リーダン・ロリー・ローズゲート、ブルーノ・ホリホック・マロウ、ルイ・イヤーズ・バンブーツリー……それらが意味する名前は日本語に訳される。
リーダン・ロリー・ローズゲートは《Redone Rory Rosegate》と英語に変換できる。
リーダンはレッド・ワン……紅一を意味し、ロリーは赤の王を意味する……そしてローズゲートは薔薇の門……茨門だ。
つまり、この融合された世界ではリーダン・ロリー・ローズゲートと名乗ることが決まりになっているのか……?
ブルーノ・ホリホック・マロウは《Blueno Hollyhock Mallow》。
ルイ・イヤーズ・バンブーツリーは《Louis Ears Bambootree》。
ブルーノは葵青菜、ルイは竹木類を意味する。
それだけじゃない。
百合世界の神託者だって、よく見れば日本人の名前に変換できる。
マリアン・グレース・エンプレシアは向郷万里奈、アスター・トゥルース・クロスリーは十原紫苑、メロディ・セイント・ライトテンプルは聖光院奏音、ユーカリ・ピース・オーバーヒルは越岡有加利、アリーシャ・クラウン・ヘヴンズパイルは天山有紗、チルダ・メイデン・ゴーストバレーは幽谷映子に対応する。
つまり、オレが……いや、リリアが、この世界を創造したんだ――神話として、つくり上げた。
ボクが世界の消滅を望んだから、オレは物語の主人公になれた。
オレたちは、もとから、ひとつだったんだ――。
「――その事実を知ったな。つまり、もう、おまえは、おまえではなくなる」
「どういう意味だ?」
「俺は、この終わりつつある世界から脱出するために創造計画をつくり上げたんだ。そのためには、おまえの中にいる遊里道千早を取り出さなくてはいけない」
「遊里道千早……つまり、リリアをか?」
「そうだ。それは百合道千刃弥という十七歳の少年である人格の消滅を意味する」
「オレが消える、だと……?」
「ああ、もう少女の願望を叶える時間は残されていないんだよ。だから単刀直入に言う。百合道千刃弥、この世界から消えるんだ。そのあとに彼女を利用して新たな宇宙を創造する」
「それは……どういう、こと……なんだ……?」
「おまえが自分自身で納得できたとしても、彼女が納得できるとは限らない。黒百合の衣は彼女の心の壁であり膜であり殻だ。真実を知ったおまえが納得できたとしても、消滅のプログラムは回避できない。黒百合の衣は心器なのだから、なにかしらのダメージがあれば崩壊するのは必然だ。もう消滅は、始まっている……」
「えっ……?」
オレの体から光の粒子が噴出する。
チリチリと、オレの体が消えていく。
消えて、なくなってしまう……このまま、だと。
「うわあああああっっっっっ!!」
心も、体も、記憶も、すべてなくなっていく。
オレは、もともと存在しない存在だったんだ。
彼女――リリア――エルシー・エルヴンシーズ――遊里道千早はオレの中にいる。
オレが空の民だった理由は、遊里道千早がリリアとなり、リリアがエルシー・エルヴンシーズとなり、エルシー・エルヴンシーズがオレになったからだ。
オレの体は原点に戻ろうとしていた。
少女がつくった模造の少年がオレだったんだ。
オレに生殖能力がなかった理由、それは彼女が男というものを完全に再現できなかったからなんだ。
オレは、今日、ここで消滅してしまうんだ――。
「――ああああああああああっっっっっっっっっっ!!」
なにもかもニセモノだった。
本当の世界は、ここにあったんだ。
かつてオレが生きていた西暦二〇XX年は彼女がつくり上げた架空の……ニセモノの世界だった。
もとからオレたちは、ひとつだった。
ユリミチ・チトセは……本当はオレが殺したんだ。
それが負い目だったボクは彼女をニセモノの世界で誰かに殺されたということにしたかったんだ――。
「――ああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
オレの初恋の相手である千道百合は本来ならオレよりも、一回り年上だった……でも、百合のそばの次元に行きたくてニセモノの世界ではオレと同い年だった。
ということは、あのときオレを襲った赤髪、青髪、緑髪の少年はリーダン、ブルーノ、ルイを模した人物だったのか?
彼女がオレに彼らは敵だと認識させるための――。
「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
痛くないはずだった体が痛みを感じるようになっていく。
本来、神に近いオレの体は、ちょっとのことでは痛みを感じないようにできているが、それは心器である黒百合の衣が時間を巻き戻していたからだ。
そうしてオレは自分で自分の体を超回復していた。
だから自分で自己の体を回復できていたんだ――。
「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
オレが、なくなっていく――。
――もう、感覚が、なかった――。
――黒髪の少年は消滅した。代わりに白髪の少女が、その少年の中から出てきた。
ボクの名前は遊里道千早。
新次元の世界を創造するためにつくられた神、リリアであり、ちょっと空想が好きな、ひとりの花人類の少女だ――。