LSD《リリーサイド・ディメンション》第50話「運命の舞踏会《ダンスパーティ》」
*
――オレが決めなくてはいけない。オレの運命の相手を。
ダンスパーティの会場はキラキラしていた。
淡く光るシャンデリアが夜を明るくする。
オレンジ色の光に包まれて、もうオレはクラクラだった。
オレのいるべき場所じゃないように感じる。
オレの前世は不登校な高校生だったんだ。
そんな高校生だったオレが、前世とは無関係そうな場所で踊らなくてはいけない。
それがオレの運命の相手を決める場だなんて、考えただけで心臓がバクバクしそうだ。
少女たちがオレを求めている。
その事実が昔と今との差を感じるし、そのギャップでおかしくなりそうだ。
でも、この世界は平和になったんだ。
少しくらい楽しんでもいいだろう――。
「――チハヤお姉さま」
「メロディ」
最初に踊る相手はメロディだった。
メロディは、淡い赤色のドレスに身を包み、いつものように長い髪をまとめて結んでいた。
「わたしがチハヤお姉さまにとっての運命の相手でなくてもいいのです。ただ、近くにいてくれるだけで、うれしいのです」
「メロディ……」
「踊りましょう、チハヤお姉さま」
「ああ」
オレは、いつもの黒いコートの服ではなく、タキシードのような格好でメロディにリードされていた。
オレもメロディのように、長い髪を紐で結んでポニーテールっぽくしていた。
互いの髪がユラユラと踊るように喜んでいるように思える。
さすがはマリアンの護衛騎士といったところか。
当たり前だけど、オレより踊りが上手だ。
踊りにおける礼儀作法は幼いころから学んでいたのかもしれない。
メロディにリードされたまま、最初のダンスは終わった。
「チハヤお姉さま、ありがとうございました」
「いや、こっちこそ……メロディが最初じゃなかったら、コツがつかめなかったかも知れない。助かった。ありがとう」
「いえいえ、では――」
――メロディは去っていった。
「次は、あたしですよ。よろしくお願いします、チハヤお姉さま」
「ユーカリ」
ユーカリは淡い緑色のドレスに身を包んでいた。いつもの短めの淡い緑髪にヘアピンを付けていた。
「では、いきますよ」
「ああ」
ユーカリは力強いリードでダンスをする。
さすがは有加利の指金具を武器にして戦っただけのことはある。
荒々しさを感じるが、どこか彼女らしさを感じた。
オレはメロディにリードされていたときのことを思い出し、懸命についていく――。
「――チハヤお姉さま、ありがとうございました。少し強引すぎましたかね?」
「いや、オレはユーカリの踊り方、好きだな。パワフルな感じがして」
「それって褒めてます? でも、ありがとうございます。では……」
「ああ、またな」
「次は私だ、後宮王」
「アスター」
アスターは、淡い青紫色のドレスに身を包み、青紫色の髪はオレと同じポニーテールにしていた。
「病弱な私の体は、あなたによって完治した。もう踊っても平気だぞ」
「ってことはアスターって、あんまり踊ったことがないのか」
「そうかもな」
「だったらオレがリードするよ。下手くそだから、あまり期待はしないでくれよ」
「助かる」
オレがアスターをリードしなきゃ。
まず、メロディがオレにしてくれたことを思い出せ。
メロディの動きをオレがおこなう……よし、いい感じだ。
ゆっくり、ゆっくりとメロディの動きに近づけていく。
「アスターはオレに、そのままリードされてくれ」
「了解」
はい、はい、はいっ!
リズムよく、テンポよくっ!
……そんなことを思っているうちにアスターとのダンスは終わった。
「ありがとう、後宮王。今日のことは、いい思い出になりそうだ」
「ううん、こっちこそ合わせてくれてありがとな」
「では、な」
「ああ」
「次は、わたしです」
「チルダ」
チルダは淡い桃色のドレスに身を包み、セミロングの桃色の髪からはいい匂いがした。
「わたしもダンスは未経験です。できればリードをお願いしたいです」
「わかった」
要はアスターにやったことと同じことをすればいい。
コツはアスターのときにつかんだ。
リズムよく、テンポよく、を心がけて。
音楽に合わせて踊る感じで……しかし、軽いなチルダは。
まあ、あの館の幽霊だったことが原因かな?
それゆえの軽さか。
少し力を入れたら壊れてしまいそうな儚さを感じる。
慎重に踊らねば――。
「――チハヤお姉さま、ありがとうございました」
「こっちこそ、ありがとう。またな」
「はいっ!」
「……次はワタシです」
「アリーシャ」
アリーシャは純白のドレスに身を包んでいた。女王百合――カサブランカを思わせる、その巨体はオレでもリードできるか不安だ。
「アリーシャは生まれて間もないだろう? オレがリードするから合わせてくれよ」
「いいえ、その必要はないです。ワタシにかかれば『ダンス』がどういうものかくらい理解できています。ワタシはフィリスさまに作られた存在なのですから」
「よーし、じゃあオレとアリーシャ、どっちがうまくダンスできているかを勝負しようぜ」
「望むところです」
オレたちは張り合うようにダンスした。
オレは、あのときのことを思い出す。
アリーシャと初めて戦ったときのことを。
あのときのアリーシャはオレを敵として認識していた。
オレから生まれたハイブリッドクローンなのにだ。
そのときは敵だったのかもしれないけど、一緒に帝を倒した戦友なんだよ、オレたちは。
だから、もう敵同士じゃないよな……。
「……引き分けかな?」
「だな。いい勝負だった」
「そうですね」
「また機会があったら踊ろうぜ」
「はい」
「またな」
アリーシャとのダンスは終わった。次は――。
「――私です。チハヤお姉さま」
「ルイーズ」
「ルイーズ・イヤーズ・パレスアリー……チハヤお姉さまと踊るために今、ここにいます」
「じゃあ、踊るか」
「はい」
ルイーズ・イヤーズ・パレスアリー……オレの記憶には存在しない神託者だ。
稲穂のような色のドレスに身を包み、オレとダンスするためにここにいる。
一緒に帝と戦った記憶がないからかもしれないが、ルイーズとの絆はオレにはないのかもしれない。
まるで、なかったことをあったことのように上書きされているような……そんな感じがする。
でも、オレの脳は風帝との戦いで損傷し、あったことさえも忘れてしまっているくらいだ。
もしかしたら、オレの見えないところで、戦っていたのかもしれないな……。
「……ありがとうございました、チハヤお姉さま」
「こっちこそ、な」
「では」
「ああ」
「次は、わたくしですわよ」
「マリアン」
マリアン・グレース・エンプレシア……エンプレシアの女王であり、帝に対抗するために女帝と名乗ったこともある高貴な人物だ。
オレンジ色のマリーゴールドの花びらのようなドレスに身を包み、ウェーブのかかったオレンジ色の髪が本当に女王さまであると思わせる……てか、女王さまだ。
彼女はこなれたダンスをする――さすが女王さまだ。
オレがリードしようとしたら従ってくれるし、マリアンもリードしてくれたりして合わせてくれる。
たぶん、彼女が神託者の中で一番の好意を抱いてくれている、ように感じる。
でも、オレが彼女に思う違和感は、なんなんだろう?
まるで、自分に近い存在のようにも感じる。
きょうだい? おや? しんせき? そんなレベルの近さだ。
血が濃いようにも感じてしまう――本当は無縁のはずなのに。
なんで、なんだろう……。
「……チハヤ、ありがとうございました。わたくしを選んでくれることを期待していますわよ」
「…………う、うん……考えておくよ」
「また踊りましょうね」
「ああ、また」
これで神託者たちとのダンスは終わった。
次は、エルフたちだ――。