LSD《リリーサイド・ディメンション》第20話「風帝の出現による風のエルフの覚醒について」
*
――深夜。
今にも壊れそうな「拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》」の前で二十メートル以上はあるであろう風帝《ふうてい》を見ながら、ウィンダ・トルネードの策略に気づいてしまった。
「……ああ、そういえば……チハヤお姉さまたち、ウィンダさまが『呪術』を使っていると言っていたっけ……なんだ。ウィンダさまは『呪術』を利用して、わたしをこんなところまで移動させたんだね。ここは『拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》』。魔物たちの現れる危険領域。ウィンダさまは……ウィンダ・トルネードという存在は、わたしに死んでほしかったんだ」
アリエルは目の前にいる風帝《ふうてい》に視線を合わせる。
「風帝《ふうてい》は、わたしを認識しているのだろうか? わたしがウィンダ・トルネードの『呪術』によって、だまされた存在であると理解しているのであろうか? いや、さすがにそこまでの思考には至れないか? 風帝《ふうてい》は神じゃない……よね? 要するに魔物の中で上位の存在ってだけだよね? でも、予言に伝えられる存在だから、やっぱり神なのかなあ……。っていうか、なに余裕でベラベラしゃべってるのわたし!? だまされているとしたら、風《かぜ》のエルフなんだよね、わたし……なんなの、この……とりとめのない感じ……つまり、バカってこと!?」
風帝《ふうてい》は巨大な剣を構え、「拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》」を破壊しようとする。少しずつ間合いをとり、武装している烈風剣《れっぷうけん》を振るおうとする。その近くにいるアリエルも当然、被害をくらうだろう。
アリエルは覚悟した――が……。
「……チハヤお姉さま」
アリエルはオレの名を呼んだ。
オレの名前を呼んだだけで、目から涙があふれてきそうになる。
数日間に過ぎない出会いでも、アリエルを受け入れようとしてくれた……チハヤお姉さま。
彼女の言葉を思い出すと、不思議と心が温かくなるような……そんなふうに思ってしまう。
そんな者に出会うことなんて、ないと思ったのに。
アリエルは、あふれてくる想いに従う――。
「――こんなところで死にたくない、です! わたしはチハヤお姉さまと一緒にセントラルシティで暮らしたい! いやですよ! これが最期だなんて思いたくない! 思いたくない……けど――」
――もう、無理……なのかもしれませんね。
そんな声がアリエルの心に響く。
その言葉、感情から目を背けたかった――。
風帝《ふうてい》の剣の構えが完全に「拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》」を破壊する姿勢になる。
振るうだけでアリエルの人生が終わるだろう……。
(……さようなら――)
自分の人生が終わることを。
風帝《ふうてい》はアリエルの想いをくんで、剣を振るおうとする瞬間――。
「――てめえにアリエルの人生を終わらせる資格はねえ!!」
オレは風帝《ふうてい》の剣による攻撃が壁を破壊する前に、アリエルに衝撃を与えないために、オレの体でアリエルを包み、「拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》」の石壁の欠片から守った。
「――! ……あっ……ああ……! チハヤお姉さま……だ、大丈夫ですか!? ……どうして……どうやって、ここまで……」
「ああ! オレから見ればアリエルは大量の風素《エア》の塊のような気を感じるからな!!」
「そうですか……そんなことより、チハヤお姉さま……ケガは大丈夫なのですか!?」
「大丈夫だよ! オレには自動的に回復する能力である『超回復《ちょうかいふく》』があるからな!!」
「すごい……! まるで神さまみたい!!」
「そこんとこ、実際どうなんだろうな……オレは未来での予言の勇者であるチハヤ・ロード・リリーロードみたいだし! よくわかんねえけど、な!!」
アリエルは戸惑った表情でオレを見る。
「でも、まあ、アリエル……キミは、ホントに……バカだよな!! アリエル、キミはキミ自身を理解できないわけがない。なのに、理解しないふりをして……ホントに……ほかの奴らの言葉や力を信じてしまうんだな!!」
オレは想いを伝える。
「キミは、もっと自分を信じるように生きればいい。そうすれば、キミは……誰よりも自分を信じ、魅力的になると思う。だから、この状況をなんとかしようぜ!!」
アリエルは涙を流しながらも決意を秘めた瞳でオレを見る。
そして、オレたちは風帝《ふうてい》と戦う覚悟を決めた。
*
――深夜。
魔物が活発になる時間帯だろう。
敵は風帝《ふうてい》だけじゃない。
オレは携帯端末を空想《イメージ》で浮遊させて三人に通信する。
「マリアン! メロディ! ユーカリ! オレはアリエルの救出に成功した! あとは、ここにいる魔物全部をブッ倒すだけだ! この戦いは全員の力を合わせて戦い、勝利するぞ!!」
『了解!!』
「『あの空想の箱』は、いつでも使えるようにするんだぞ! 頼んだぞ、みんな!!」
初めてのとの戦い……どれくらいの確率でうまくいくだろうか?
オレは今、アリエルをお姫さま抱っこして風帝《ふうてい》の周囲を走っているのだが……。
「…………あの、チハヤお姉さまは、この戦いに勝利する……おつもりなのですか?」
「もちのろんのもちろんだよ!!」
うーむ……このまま作戦を言っていいのだろうか?
もしかしたら風帝《ふうてい》は人語を理解できるかもしれないし……。
ならば、直接……脳内に――。
(――アリエル)
(――! チハヤお姉さまの声が、わたしの頭の中に……)
(ああ、すまないが脳内で会話を頼む。これは空想力《エーテルフォース》を利用した会話方法だ。まあ、要するに脳内でおこなわれる電話みたいなものだな。なれないかもしれないが、このスタイルで頼む。もしかしたら風帝《ふうてい》は人語を理解するかもしれないからな)
(……わかりました。では、このスタイルで会話させていただきます。では、さっき言ったことですが……どうやって勝つつもりなのですか?)
(答えは単純だ。アリエルの能力を覚醒させてバコーンと風帝《ふうてい》にぶちかまして勝利だ)
(ええっ!? なんてざっくりアバウトな……もっと詳しく説明してもらえませんか?)
(じゃあ、言うぜ! アリエル、キミは今まで恋をしたことがあるかい?)
(恋、ですか? ないと思いますけど……)
(オレのことを魅力的な人間だと思っているか?)
(えっと、それは……というか、なんで戦場になっているこの場所で、そんなことを聞くのですか?)
(それはなあ、オレがアリエルに恋させるのが、この戦いの勝利条件なんだよ、困ったことに)
(……えっ!? どうして、それが勝利条件なのですか!?)
(この百合世界《リリーワールド》の神さまであるリリアさまが言っていたんだぜ。オレを予言の勇者として転生……降臨させた理由は、よくわかんねえけど……とにかく『四帝《してい》』に勝利する条件が、この百合世界《リリーワールド》に存在する四人のエルフに恋させる。つまり、アリエルの中にある心器《しんき》――風玉の指輪を覚醒させること。それが条件みたいなんだ)
(……でも、それって言うのマズくないですか? 逆に言われてしまったことで恋ができなくなってしまうような……)
(あ、やっぱり……言わなきゃよかったか!!)
(そう、だと思いますけど……聞いたわたしはバカなのか?)
(いいや、そんな自分を責めるなって。興味があることは当然だって! なんにでも興味を持つことがアリエルの魅力だと思うぜ!!)
オレはムリヤリにでもアリエルを褒めて褒めて褒めまくる。
そして、恋をさせる。
そういう作戦なのだが、うまくいくのだろうか?
(オレはさ、アリエル・テンペストという人を初めて見た瞬間、美しいって思ったんだ! 実際にエルフを見るのが初めてだったからかもしれないけど、そう思ったのは事実、だぜ!!)
(くっ! どうして、わたしというエルフは……こんなにも言葉に敏感なのでしょうか!? わたしは、チョロいのでしょうか!?)
(そうかもしれない! でも、そこもすごく魅力的だぜ! 魅力的なエルフだぜ! マジで!!)
オレは彼女の髪の感想を述べる。
(オレはキミの緑髪を見た瞬間、なんだか風を強く感じた! だから、オレはアリエルのことが好きだな! いいや、大好きだ! 大大大好きだ! この戦いが終わったらオレの彼女になってくれませんか!?)
(マジですか? ホントですか? 現実ですか? こんなとってつけたような言葉に、わたしは反応してしまう! バカですか!? アホですか!? チョロチョロですか!? わたしは、この言葉に従えばいいのでしょうか?)
(従おうぜ! なんでも信じるキミが魅力的さ! だから洗脳されやすかったんだろ! でも、オレは愛してみせる! 最期までな!!)
(わかりました! 結婚しましょう! わたしたち!!)
(ああ、結婚しようぜ! 最期まで一緒になろう!!)
こんな会話を繰り返しているとアリエルの胸から緑色の光が輝く。
アリエルの中にある風玉の指輪が覚醒した。
あとは発動《はつどう》するタイミングだ。
もっと強力な力が必要だ。
「で、さあ……普通の会話に戻すけど、オレにラブラブなアリエルは気づいているんだろ? ウィンダ・トルネードの陰謀に」
「……わたしは、わたしの中にある力を知っていたはずだった。でも、ウィンダさまの能力で、わたしが力なき者だと『呪術』に従わされていると……本当にそうなのかもしれない、って思えてしまって……」
「……そうか。そうだよな。周りの奴らに否定されると、本当にそうなんじゃないかと思えるときが……オレにもあったさ――オレもキミが好きだよ。そんなアリエルが大好きだ」
そんな会話をしている合間に「拒絶《きょぜつ》の壁《かべ》」を破壊した風帝《ふうてい》が百合世界《リリーワールド》の……エンプレシアの……イーストウッドの中へと侵入する。
「アリエル、オレに風玉の指輪を装備させてくれ!!」
アリエルは心の中にある風玉の指輪をオレに譲渡した。
これで準備が、ひとつ終わったわけだ。
「空想の眼……起動!!」
オレは空想の眼という解析スキルを唱えた。風帝《ふうてい》の能力を理解するためのものだ。
「当然だけど属性は風《エア》だよな。HPが一になった場合、同属性でレベルが九十九の攻撃が必要である――この攻撃がなければ倒すことができない……か。ほかのも同じ条件っぽそう……」
オレはアリエルを風帝《ふうてい》や魔物が来なさそうな安全な場所へと移動させて。
「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣!!」
オレは百合《ゆり》の剣《けん》をホバーボードのように足を乗せた。
要するに百合《ゆり》の剣《けん》をホバーボードのように扱っているのだが、始祖《しそ》の剣《けん》と九十九パーセント同じ成分でできているらしいから、ちょっと罰当たりな気もするが、なにをしたいのかというと……。
「……この『ホバーボード』を使ってオレは、風帝《ふうてい》をブッ倒してくる!!」
アリエルは困惑した。
「剣に乗ったら、どうやって攻撃するのですか?」
オレは某・王妃風に解説する。
「剣がなければ、剣を増やせばいいじゃない!!」
オレは口上を述べる。
「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣! ――×二《に》!!」
オレは手に二本の百合《ゆり》の剣《けん》を装備する。
「あとは……三人とも、『あの空想の箱』を使用してくれ! オレとの契約を承認しろ!!」
オレは、さらに残りの百合《ゆり》の剣《けん》×九十七本を開錠《かいじょう》し、風帝《ふうてい》のもとへと向かった。