DRB《データレイド・バトルフロント》第1話「DBD《データビッグバン・ディザスター》」
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それは、西暦二XXX年――人類が新たな可能性を手にした瞬間だった。
虚元素――物質をデータ化し、データを物質化するという、物理法則すら塗り替える奇跡の元素。
フィクティウムの発見は、科学の限界を超え、現実そのものを再定義する力を持っていた。
――無限のエネルギー供給。
――仮想空間で創られた食料が現実の皿に並ぶ時代。
――廃棄物ゼロ社会の実現。
ついに人類は夢を現実に変える力を手に入れた。
世界中の科学者たちは興奮し、フィクティウムによる未来を熱く語った。
人々は、それに胸を躍らせ、「フィクティウムの時代が始まった」と歓声を上げた。
しかし、その時、誰もがその裏に潜む深い闇には気づいていなかった。
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「全世界XR化計画」――この壮大なプロジェクトは、フィクティウム粒子を使って現実と仮想を完全に融合させ、物質とデータの境界を消すという、未曽有の試みだった。
計画の指導者は、世界的な科学者――黒木青人。この俺、黒木青春の父親だ。
彼はこのプロジェクトを「人類史上最大の飛躍」と誇らしげに語った。
「青春、これが完成すれば、誰もが自由に夢を形にできる時代が来るんだよ」
父はいつも未来への希望を語り、その言葉は幼い俺にとって絶対的な信頼だった。
計画の要は二つの技術だ。
①XR変換装置――物質とデータを双方向に変換し、現実と仮想の境界を取り払う次元の扉。
②フィクティウム粒子通信網――地球全体を繋ぐ超高速通信網。情報を瞬時に送り、物質の転送すら可能にする。
すべてが順調に進んでいるように見えた。
しかし、技術開発競争は熾烈を極め、政府、企業、軍事組織が水面下で暗躍していた。
未来への挑戦は、いつしか暴走へと変わりつつあった。
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西暦二XXX年XX月XX日――「全世界XR化計画」の始動式典が、世界中の注目を集める中、華々しく開催された。
その時、十一歳の俺は、九歳の妹、青葉と母、春葉とともに、父の晴れ舞台を見守るため、会場に足を運んでいた。
空まで届く巨大なXR変換装置が虹色の光を放ち、世界全体が幻想的な輝きに包まれていた。
「これが……未来なの?」
青葉が目を輝かせながら呟いた。
その無邪気な声に、俺も胸を高鳴らせた。
壇上に立つ父は、誇り高き笑顔を浮かべ、観衆に向かって堂々と宣言した。
「全世界XR化計画は、現実と仮想の壁を取り払い、人類の無限の可能性を広げる計画です!」
会場は拍手と歓声に包まれた。
「それでは――システムを起動します!」
――その瞬間、世界は音を立てて崩れ始めた。
――警告音が鳴り響く。
「システムエラー発生! エネルギー過負荷を検知!」
スクリーンには無数のエラーメッセージが映し出され、装置全体が異常な振動を始めた。
――虹色の光が赤黒く変わる。
会場全体が不気味な圧力に包まれ、空間そのものが歪み始める。
――そして、何かが現れた。
巨大で透明な粘液の塊――スライム。
それは意思を持つかのように蠢き、人々を飲み込んでいった。
次に現れたのは――ゴブリンたち。
狂気に満ちた笑い声を上げながら、観衆を無差別に襲いかかる。
そして、空を覆うように降り立ったのは――ドラゴン。
その咆哮は空間を震わせ、口から放たれた炎が天井を突き破った。
「青春、青葉! 早く逃げて!」
母の悲痛な叫びに、俺は現実に引き戻された。
俺は青葉の手を握りしめ、出口へ向かって必死に走り出した。
しかし――出口はすべて塞がれていた。
巨大な影が立ちはだかる――ミノタウロスだ。
ミノタウロスの手には、父である青人の頭が掴まれていた。
「逃げろ……青春、青葉、春葉……!」
その言葉が途切れた瞬間、ミノタウロスの手が父の頭を握り潰した――。
――この日から、すべてが失われる。
父が殺された光景が、目の前に広がっていた。
「お父さん!」
青葉の悲鳴が耳を裂く。俺は声を出すことすらできなかった。
「お母さん、早く来て!」
青葉が泣き叫びながら振り返った瞬間、巨大な戦斧が振り下ろされ、ミノタウロスの斧が母の体を貫いた。
「お母さん!」
頭が真っ白になり、息が詰まる。恐怖が全身を支配する中、俺は青葉の手を必死に握りしめ、その場から駆け出した。
会場を抜けた瞬間、息を呑む光景が広がった。
――街全体が破壊されていた。
スライムが道路を覆い、ゴブリンが建物を襲い、
上空には無数のドラゴンが飛び交い、炎を吐き続けている。
「お兄ちゃん……これ、どうなってるの?」
青葉の震える声。答える余裕もなかった。ただ、前に進むしかなかった。
そして、空間に異変が起きた。
上空に現れたのは、漆黒の渦だった。まるでブラックホールのようなそれは、周囲の瓦礫や魔物を飲み込んでいく。
「お兄ちゃん、助けて!」
気づけば、青葉の体が宙に浮いていた。渦が彼女を引き寄せている。
「青葉! しっかり掴まれ!」
俺は彼女の手を必死に握りしめた。だが、渦の力は強すぎた。
「絶対に放さない! お前を助けるんだ!」
青葉が微笑んだ。
「お兄ちゃん、ありがとう――」
その瞬間、彼女の手が離れた。
青葉の体は漆黒の渦へと飲み込まれた。
「青葉あああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!」
俺の叫びも虚しく、渦は消え去り、青葉は戻ってこなかった。
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DBD――情報爆発災害。
それはフィクティウムの暴走によって発生した、史上最悪の大災害だった。
世界は一夜にして崩壊し、文明は終焉を迎えた。
この日から数か月が経過した後、人類は「合暦」という新たな時代に突入することになる。
だが、俺にとっては、なんの意味もなかった。
――俺にとっての、すべてが失われたのだから。
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DBDから、さらに数か月が経過した後に合暦一年を迎えた俺は、家族を失ったために孤児院へ送られた。
そこは行き場のない孤児たちが詰め込まれる地獄だった。
「お前の親父がDBDを引き起こしたんだろう!」
「なんでお前だけが生き残ったんだよ!」
孤児たちから向けられるのは、純粋な憎悪。
親を失った子供たちにとって、黒木青人の息子である俺は憎むべき存在だった。
俺は、顔を殴られ、体を蹴り飛ばされ、日々を痛みに耐えながら生きていた。
ある夜、孤児院の裏庭に座り、ぼんやりと夜空を見上げた。黒い空。星も光もない。
「なんで俺は、まだ……生きているんだ?」
この日、俺は決心する。
孤児院の包丁を持ち、公園で命を絶とうとした、その時――。
「黒木青春さん、ですね?」
背後から声が聞こえた。振り返ると、一人の人物が立っていた。
「誰ですか、あなたは?」
「家族を取り戻したいと思いませんか?」
その言葉が、俺の止まった時間を再び動かした。
*
――合暦五年四月一日。
日本のとある基地。そのモニターに映し出されていたのは、圧倒的な存在感を放つ一体の生物だった。
「一体の情魔の情報波形を検出! これは――」
「ドラゴン型だとぉっ!? 東京を襲撃している!」
その報告に、基地内が一瞬で緊張に包まれる。スクリーンに映し出された巨大なドラゴンは、黒い鱗に覆われた巨体で街を蹂躙していた。口から放たれる灼熱のブレスが東京のビル群を焼き払い、全てを灰に変えていく。
「どうする……? これを食い止められるのは――」
別のモニターに映し出されたのは、三人の姿だった。
黒い衣装の少年が進み出る。
その少年は冷静な瞳で画面の向こうの街を見つめていた。彼の隣には灰色の衣装をまとった中性的な少年。そして、白い衣装を身にまとった少女が続いている。彼らは炎と混沌の中に現れた。
「――行くぞ」
黒い衣装の少年の短い言葉に、他の二人が頷く。
「『統一』術式、発動」
灰色の少年がそう呟くと、空間が静かに揺れた。彼の力が街を覆う炎の中に光の筋を作り出す。破壊と混乱の中に生じたその調和は、ドラゴンの圧倒的な暴威を打ち消すようだった。
「『破壊』術式、発動」
黒い少年が続けて術式を発動する。手に握られた剣の刃が光を帯び、彼は瞬時にドラゴンの目前に姿を現した。
戦闘が始まる。
ドラゴンの咆哮が轟く。その声が空気を震わせ、破壊の予兆を感じさせる。しかし、黒い少年は一切動じることなく剣を構えた。
「終わりだ」
彼の言葉と同時に剣が動く。剣先がドラゴンの鱗に触れた瞬間、術式が発動し、硬質な皮膚がポロポロと崩れ落ちる。ドラゴンは力を失ったかのようにその巨体を揺らした。
「……無駄だ」
黒い少年がどこからともなく黒い大鎌を取り出す。
「黒狩」
彼の動きには迷いがなく、次の瞬間、大鎌がドラゴンの首を狩り取った。
刹那、ドラゴンの巨体が霧散し、その場から跡形もなく消え去った。
白い衣装の少女が前に出る。彼女は手を掲げ、静かに呟いた。
「『修復』術式、発動――」
放たれた光が街全体を包み込む。炎に焼かれ、廃墟と化していた街が元の姿を取り戻していく。破壊されたビルは立ち直り、焦げた大地は再び息を吹き返した。
「これで……終わりね」
彼女の囁きに応えるように、東京の街は元の静けさを取り戻した。
基地の中、彼らの活躍を見守る者たちが言葉を交わす。
「これがDRB――情報襲撃戦線の切り札、無彩隊の実力か」
「まさか、子供たちに頼らなければならない時代が来るとは……情けない話だ」
嘆きの声が漏れた。しかし、別の男が冷静に答えた。
「だが、我々には彼らを支える役割がある。それがこの基地の存在意義だ」
「分かっています。でも、この状況はどうしようもない」
「結局、未来を背負うのは若者だ。我々にできるのは、その土台を作ることだけだ」
彼らは無彩隊の実力を見つめながら、自分たちの無力さを痛感していた。
その頃、黒い衣装をまとった少年が静かに呟いた。
「先のこと、か……」
彼の手にはロケットペンダントが握られていた。その中には、一人の少女の写真が入っていた。
「……もうすぐだな」
彼の瞳には確かな決意が宿っていた。運命に抗い、奪われたものを取り戻す。それが、彼の唯一の目的だった。