LSD《リリーサイド・ディメンション》第36話「館の幽霊――チルダ・メイデン・ゴーストバレー」
*
――幽霊の館。
それはエンプレシア騎士学院の校舎の南側に位置する、いわく付きの館である。
その館には幽霊が出ると噂になっている。
まあ、だから「幽霊の館」と呼ばれているわけだが。
……まるで「ペケモン」に出てくる「森の洋館」のような造形をしている。
ぶっちゃけ、かなり怖い。
だって幽霊なんてオカルト要素、異世界だから普通に存在しそうだもの。
……というか――。
「――オレたちって肝試しに来たんだよな?」
「はい、ですよ!」
メロディは答える。
「最近、蒸し暑いですしね。湖に浸かって、ひんやりするならば、心の底からもひんやりする必要があるかと思いまして」
「で、オレたちは、この館に入らなきゃいけないのか?」
「ですです!」
「どうしても?」
「ですわ!」
「はあ」
まじかよ。
「べ、別に怖がってるわけじゃないけどさ、必要性……ある?」
「それは、ありますわよ」
マリアンも答える。
「この、いわく付きの幽霊の館はホントにいわく付きなのですわ。なぜなら、ホントに幽霊が出てくる、という証言があるんですもの」
「マリアン、それ、そのまんまの情報を言ってるだけじゃねえか」
ホントに出るのかな、ブルブル……。
「着きましたわよ。ここが、その幽霊の館ですわ」
目の前には、いかにオンボロな建物があって、ホントに幽霊が出るんじゃないか、と思えてくる。
「では、入りますですよ」
「ですです」
メロディとユーカリを先頭にした二列で、オレたちは幽霊の館へ入っていくのだった。
*
「ホントに幽霊が出そうなくらいに中身もオンボロですわね」
「ですよ」
「ですです」
「で、なんで、おまえら最終的にオレを先頭にしてんの?」
「それは後宮王《ハーレムキング》であるチハヤさまが一番、頼りになるからだよ、ブルブル」
マリアン、メロディ、ユーカリ、オレ、アスターの順にしゃべる。
列は、オレ、アスター、メロディ、ユーカリ、マリアン、ミチルド、ケイの順で並んでおり、アリエルはオレの隣でギュッと抱きしめるように歩いている……え、アリエル?
「アリエルさん、どうしてオレに……」
……胸、押しつけているんですか?
ちょっと待ってよ、オレ、男だよ。
胸を押しつけられているなんて、そんなの興奮しないわけないじゃないか……!
「……その、チハヤお姉さま、わたし、幽霊が怖くて、仕方ないんです……だから、こうしてチハヤお姉さまのぬくもりを感じられて、今、ものすごく安心してしまっているのです」
「だからって、オレたちは異なる性別を持っている……だから、それ以上くっつくのはオレが、ものすごく緊張するというか……もう、くっつくの、やめてほしくないけど、やめたほうが、筋が通るというか……」
「ラブラブだね」
「ヒューヒュー」
アリエル、オレ、ミチルド、ケイの順でしゃべる。
「ミチルド、ケイ……茶化すなよ!」
「ミチルドは知っている! チハヤがアリエルのこと好きだってこと」
「ケイも! ホントにお熱な、お二人だねえ」
「ちょっとお待ちください!」
その声は、マリアン――。
「――わたくしだって、チハヤさまのぬくもりを感じていたいですわ! だって、王と女王ですもの。わたくしとくっつくのが筋じゃなくって!」
マリアンもオレに胸を押しつけてくる。
ちょ、ホントに、これ以上は、やめて……って、っていうか、今、肝試し中、なんだよね。
緊張性の欠片もないというか――。
――オレたちは幽霊の館の奥へ進んでいく。
すると、どうだ?
――ごとん……という音が聞こえる。
「……なんですの?」
「ちょっと、お待ちくださいですよ」
マリアンの疑問にメロディが応じる。
「……音は聞こえたのですが、なにも見つかりませんですよ」
「ちょっとメロディ、ちゃんと探したのです?」
メロディに続いてユーカリも音の正体を探ろうとするのだが。
「なにも見つからないです」
音の主は、どこにも感じられなかった。
『……あの』
『――!』
声がする。オレを含む全員が気づいた。
「誰だ!」
『ここです。ここ』
目の前には大きな扉があった。
そこから、声が聞こえる。
「行くぞ、みんな」
オレたちは扉を開く。
これは、ただの肝試しじゃないと気づいたのは、そんなに時間がかからなかった。
*
目の前には、少女がいた。
桃色の髪をしている、とても可憐な少女だ。
しかし、彼女に足がないと気づいた。
彼女は、もしかしたら――。
「――キミは幽霊なのか?」
扉を開けたとき、その少女の正体に気づいた。
「……はい。わたしはチルダ・メイデン・ゴーストバレーと申します。幽霊ですが、ちゃんと生きてます。よろしくお願いしますね」
「幽霊ですが、ってホントですの?」
「いえ、正確には幽霊ではないかもしれません。霊体になりやすい人間とでもいいましょうか……」
「ん、ちょっと待て?」
チルダ・メイデン・ゴーストバレー……神託者《オラクルネーマー》なのか?
「メロディ、ひょっとして最初から、それが目的だったのか?」
「はい、そうなのですよ! 神託《しんたく》の間《ま》の予言にチルダ・メイデン・ゴーストバレーさまの名前が書かれておりましたですよ」
やっぱり、そうだったのか。
「神託者《オラクルネーマー》は、これで、オレ、アスター、メロディ、ユーカリ、マリアンとチルダの六人になったというわけか」
オレたちはメロディの肝試しの真の目的を理解して――。
「――これで目的は達成されたな。それでチルダ、キミは、どんな能力を持っているんだ?」
「わたしは霊体になるのが得意です。つまり、触れるものを透明化できる能力を持っています」
「そうか、それなら戦闘の時に魂の結合をおこなって全員を霊体化できるというわけか。なるほどな。……よし、じゃあ、よろしくな、チルダ。みんな、騎士学院へ戻ろう」
『はいっ!』
オレたちは肝試しの目的をちゃんと理解し、幽霊の館を出るのであった。