LSD《リリーサイド・ディメンション》第49話「稲穂の騎士――ルイーズ・イヤーズ・パレスアリー」
*
――その少女は稲穂のような黄金をまとう騎士だった。
それはマリアン・グレース・エンプレシアとは別のベクトルの黄金……瑞々しい稲穂のような髪を持つ少女――ルイーズ・イヤーズ・パレスアリーだ。
彼女の記憶は、オレの中には存在しなかった、はずなのに、なぜか、この百合世界では神託者のひとりとして存在している。
オレが気づいていないだけで、本当は存在していたのかもしれないが、真相は不明だ。
オレは彼女に疑問を抱いている。
だから、こうして模擬戦という形の中でコミュニケーションをすることは、いいことなのかもしれない。
「ルイーズ……いくぞっ!!」
「ええっ、チハヤお姉さまっ!!」
エーテル・アリーナで心器の顕現をおこなうオレたち。
オレたちを見守るのは、かつての神託者の六人とエルフの四人だ。
ほかにはミチルドとケイのような心器を持たない騎士もいた。
少人数ではあるけど、緊張するなあ――。
「――咲《さ》け! 百合《ゆり》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――百合の剣!!」
「――咲《さ》け! 稲穂《いなほ》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――稲穂の剣!!」
オレは灰色の刀身の剣――百合の剣を装備し、ルイーズは稲穂のような色をした刀身の剣――稲穂の剣を装備した。
あくまで、これは模擬戦だ。
本気を出す必要は、ない。
「模擬戦だからといって本気を出さないってのは、なしにしてください。帝と戦ったとき以上の覚悟で挑んでください」
…………あれ?
「いきますよ。稲穂斬」
稲穂のような黄金の斬撃がオレを襲う。
「百合斬っ!!」
百合斬で技の中和をおこなう。
「なるほど、それで技を防ぎますか。なら、心器の力を解放しましょう」
ルイーズは稲穂の剣の装備を解除し、空想の箱を構える。
「――咲《さ》け! 稲穂《いなほ》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――稲穂の槍!!」
ルイーズの片手に稲穂の槍が装備される。
「稲穂突」
ルイーズが槍の先で攻撃してきた。
百合の剣で防御するが、その攻撃は心器である百合の剣にヒビを入れた。
オレは心器である百合の剣の装備を解除した。
「本当の本気を見せてくださいよ」
オレは、どうやらルイーズに本気を見せなければいけないらしい。
「わかったよ」
なら、やるしかないか……。
「――咲《さ》け! 白百合《しらゆり》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――白百合の双銃剣!!」
これがオレが出せる最大の本気だ。
二振りの白き銃剣がオレの両手に装備される。
「なら、こっちも、いかせてもらいます」
ルイーズも心器である稲穂の槍を解除した。
「――咲《さ》け! 稲穂《いなほ》の花《はな》よ! 空想の箱、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――稲穂の双銃槍!!」
彼女も覚悟を決めたようだ。
「二百合弾斬」
「二稲穂弾突」
本気の、さらに本気の一撃でオレたちは、ぶつかり合う。
オレは白きビーム状の刀身で攻撃し、ルイーズは稲穂のような黄金の銃槍から放たれるビーム状の刃で攻撃する。
閃光のような戦いだった。
でも、その攻撃が放たれたあと、オレは彼女の首に剣を構える。
「オレの勝ちだ」
ルイーズは降参の合図をする。
「私の負けです。ありがとうございました――」
*
――ルイーズとの模擬戦が終わったあと、ダンスパーティの計画がおこなわれようとしていた。
オレが、ひとりの少女を選ぶ、ということがエンプレシアでは話題になっていた。
あの後宮王が、ひとりの少女を選んで添い遂げる、という噂が、オレの耳にどこまでも聞こえていた。
でも、これでよかったのかな……。
オレの心は、すでに決まっていた。
オレが、あの中で、ひとりを選ぶとしたら――。
「――チハヤお姉さま」
アリエルがオレに声をかける。
「チハヤお姉さまは、もう決めているのですか?」
「そう、かもな」
ダンスパーティのあとに婚約者を決める。
そのことについて、アリエルは聞いているのだろう。
「でも、あればマリアン女王さまが勝手に言っているだけです。チハヤお姉さまは後宮王のままでいいんですよ」
「そうかもしれない。けど、オレもひとりを選びたい気持ちがあるのは確かだ。オレが前にいた世界の国である日本は一夫多妻制は認められていない。……だからってわけじゃないけど、オレは後宮王の称号に甘えるわけにはいかないんだ」
「称号に甘える?」
「そう、オレが百合世界に存在する唯一の男だとしてもだ」
「それはチハヤお姉さまが筋を通したいと思っているからですか?」
「そうだ。オレは、やっぱり、ひとりしか選べない」
「たとえ、選ばれなかった人が存在してもですか?」
「それでもオレは、ひとりを選びたい」
「……わかりました。わたしも、このエンプレシアの中の、チハヤお姉さまに選ばれたいと思っているエルフとしてダンスパーティに参加したいと思っています」
「……そうか。ありがとな」
「いいえ。わたしはチハヤお姉さまが好きですから」
「わかっているよ。……なんだか照れくさいな」
「えへへ。じゃあ、ダンスパーティで踊りましょう」
「ああ、踊ろう」
「またね、チハヤお姉さま」
「ああ、またな」
アリエルはオレのもとを去っていった。
「オレは、もう決まっているんだ。本当は、なにもかも、お見通しなんだろ? リリア――」