LSD《リリーサイド・ディメンション》第33話「オレが望んだ『異世界転生』の物語」
*
「とにかく、あと三体の帝《みかど》を倒さなければいけませんね」
ミーティング中、マリアンが皆を仕切る。
「風《かぜ》のエルフの転生者、アリエル・テンペストは見事に覚醒しました。これで残る指輪は三つ……ですわね」
「質問、いいかな?」
「なんでしょうか、チハヤ?」
「風玉の指輪は五光《ごこう》の指輪《ゆびわ》のひとつじゃないか? なら……あと四つ、あるんじゃないのか?」
「…………そう、ですか。説明が必要ですか。わかりましたわ。確かに五光《ごこう》の指輪《ゆびわ》は五つ存在しますわ。風玉の指輪、火玉の指輪、水玉の指輪、地玉の指輪……そして、空玉の指輪」
「空玉の指輪……?」
「ええ、だから本来は五つなのです。しかし、空玉の指輪は……実際に存在するかどうかも怪しい……オカルト的なアイテムですの。……それに、言い伝えでは間違いなく『四帝《してい》』ですから、あっても必要のないものかもしれませんわね」
「そうか、ありがとう。ならば、オレのやるべきことは……ひとつだ」
オレは宣言する。
「オレは、誰も悲しませることのない……すべての女性を守って救う後宮王《ハーレムキング》になってみせる! いつまでも幸福に満たされるような世界を作ってみせる! だから、みんな……手を貸してくれ。世界を救う始まりのために!!」
これは悪しき世界の侵略から守るための物語の序章。
終焉に向かう始まりに過ぎないのだから――。
*
オレは「白百合《しらゆり》の庭園《ていえん》」と呼ばれるエンプレシア最大の名所――白百合の花が何輪も咲き誇る場所――にいる。アリエルを連れて。
ここでオレは伝えようと思ったのだ。彼女への想いを。
まあ、想いは……あの戦いで大体は言ったのかもしれないけど、あれは勢いだったし……だから、改めてって思ったんだけど、それは……特に今日は無理なのかもしれない。
だって、複数の視線を感じるのだから。
オレは仕方なく質問だけをする。
「アリエル、オレはキミ以外のエルフを探さなければいけない。それは、つまりキミ以外のエルフも恋をさせなければいけない。それでも、いいかい?」
「いえ、わたしとしては、よくないです。でも……世界のためです。仕方のないことです。ですが……」
アリエルは頬を赤に染めて。
「チハヤお姉さまの初めてのヒロインは、わたしだけのものです。それだけは譲りません」
「アリエル……」
「……だから、この世界を統べる後宮王《ハーレムキング》になってください。いろんな人に恋して、いろんな人と愛を育む……そんな一番の王さまに。わたしは、それを強く望みます。もっともっと長く生きていたいから。この恋が愛に変わり、永遠になることを信じています」
この世界の住人は大人になれない。それは、おそらく薔薇世界《ローズワールド》の邪気が影響しているのだろう。
少なくとも魔物の侵攻は日に日に増していくだろう。
風帝《ふうてい》は倒したが、残りの炎帝《えんてい》、氷帝《ひょうてい》、地帝《ちてい》が残っている。
オレの脳の負荷がかかりすぎる魂の結合は、もう長くは使えない。
そんな状況だけれども、オレは……この世界を――。
「――アリエル。それにみんな」
『――!!』
びっくりするくらい生命の反応がある。いや、すでにわかっていたことだ。彼女たちはオレとアリエルのことを気にしている。
「……いつから気づいていたのですか?」
青紫の髪色をした彼女が、そう言った。
「いや、そりゃ気づくだろ……アスター、それにメロディ、ユーカリ……そして、マリアン」
「ですよっ!?」「ですっ!?」「ですわっ!?」
そんな反応、今どき聞かねえよ……まあ、ここ異世界だけど。
「オレは、おまえたちも愛してみせる。それがオレの使命で……夢だ。ずっと願っていた。オレは女の子を守りたいって。悪い奴らから、すごく守ってやりたいって。それが、この世界に転生した理由だって……オレは信じている」
特に、この中で一番、オレを気にしていた黄金の彼女を見て。
「特にマリアン。オレはキミに最初、出会ったとき……すごく警戒心を抱いていた。だってオレ、鎖で体を拘束されて、身動きが取れない状態になっていてさあ、足蹴にされていたんだぜ」
「うっ、それは……あのとき、予言の勇者だったことを知らなかったから……ですわ」
「そのあと、予言の勇者であることを知ってベッドに連れ込もうとして、おまえホントに大丈夫かよと思った。裏表が激しすぎるって思った」
「そ、それは……王さまになろうとしている人ですもの。女王であるわたくしと結婚するのが普通でしょ」
「でも、オレはキミが『近い』気がする。もっと『遠く』へ行ってもいいような、そんな感覚になることがある」
「……どういう意味、ですの……?」
「それは、オレにも……よく、わからない。だけど」
「……だけど?」
「オレはマリアンに純粋な意味で恋して欲しいな……ホントの意味で純粋な恋」
「……? 純粋ですけど」
「まあ、オレの考えは、あくまで思い込みに過ぎない。けど、オレと『貝合わせ』をしたいのなら、もっと仲を深めてからにしような。ちなみにオレの法律では結婚するまで『貝合わせ』はしちゃいけないんだ。女の子同士ならしてもらっても構わないけど」
「なに言っているのですわ?」
「でも、オレは誓ったんだ。すべての女の子を守る後宮王《ハーレムキング》になるって。だからオレは寛大な心で全員の女の子と付き合うつもりさ」
「寛大なって……まあ、あなたがそう思うなら、そうなのですわね。ちょっとドン引きですけど」
「え?」
ちょっと、みんなの様子がおかしいのだけど。さすがにみんな、みんなで「貝合わせ」しないのかな……そういう良識は持ち合わせているのか?
「こほん、まあ、いいぜ。だけど、オレは、この百合百合しい世界を救い、すべての女性を束ねる後宮王《ハーレムキング》になる予定さ。みんな、もっと生きたいだろ? 大人になりたいだろ? だから……」
オレは決意を胸に秘めて。
「オレを後宮王《ハーレムキング》にしてくれ! この世界を統べる王さまとして!! 絶対に、この世界を救ってみせるから!! オレと一緒に世界を守ろう!! この世界の平和は約束してみせる!! だから、世界の果てまで一緒に生きていこう、みんな!!」
美しい少女たちが笑顔になって。
『チハヤお姉さま!!』
オレのもとへ駆け寄って抱きしめる。
その衝撃で、何輪も、何輪も、百合の花が、空を舞う。
その光景は、とても美しかった。
みんなの体は、とても柔らかかった。
いつまでも味わいたい感覚だった。
そんなオレは、確かに、ここにいた。
だから、もう答えは決まっていた。
たとえ、これが夢だとしても……オレは、この世界を生きていく。
この世界《せかい》の百合《ゆり》の花《はな》は、いつまでも白《しろ》く、穢《けが》れのない夢《ゆめ》のようであった。