LSD《リリーサイド・ディメンション》第58話「転生――チハヤ・ロード・リリーロード」
*
――白百合の庭園……かつてオレが百合世界の平和を願い、百合世界を救うと誓った場所。
今はチルダがつくった想形空間で、それを模した場所として再現されている。
「これから転生の儀をとりおこなう」
『転生の儀?』
「そう、オレはユリミチ・チハヤではなく、チハヤ・ロード・リリーロードになるべきだったんだ。みんなが……神託者が、自分の名前を転生して英名風に変えたように、オレも倣って英名風にする。そうしなければ、この世界に対応できない」
「神託の間に示された通りに、本当に、その通りに、その伝説にあやかる、という意味でするということですか?」
メロディ――聖光院奏音がそう言った。
百合世界の伝説……それはオレが予言の勇者として、この世界にやってきたとき、神託の間に示された、あの文章のことだ。
『それは闇をまとう光である。いずれ百合世界の危機を救う勇者となるであろう。勇者の名はチハヤ・ロード・リリーロード。過去の名はユリミチ・チハヤ。百合世界に召喚されたリリアに代わる主である』
「勇者の名はチハヤ・ロード・リリーロード。過去の名はユリミチ・チハヤ」……これはオレが、まだユリミチ・チハヤとして生きているから……チハヤ・ロード・リリーロードとして生きてこなかったから……まだ、その予言が達成されていないから……まだ、この世界を救えていないから……つまり、オレの選択肢は――。
「――オレが彼女の希望だったんだ。きっとオレはニセモノの存在なのかもしれない。でも、彼女がつくった物語の主人公として……オレは彼女を救う。オレたちには、その力がある。世界を……次元を超えた物語をつくる力が――」
――今のオレは彼女と同化している。だから――。
「――よく見てくれ」
オレは服装を少女が着用するようなものに変えた。
スカートを捲り上げる。
「オレのスカートの中は、どうなっている……?」
白百合の庭園にいる神託者たちとエルフたちに問う。
ユーカリ――越岡有加利が応じる。
「なにも……ありません、です。ツボミが存在しません。前に見たときはツボミがついていましたのに……どうして……?」
「それは、オレが完全な状態で転生していないからだと思う」
「完全な状態で、転生ですか?」
メロディが応じた。
「そう、オレがオレになるためには、オレを捨てる必要がある。オレがチハヤ・ロード・リリーロードになるためには、ユリミチ・チハヤという過去を捨てる必要があったんだ。神託者のみんなは、そうやって転生してきたのだから、オレにも、その必要があった」
つまり、完全な男になるためには――。
「――オレは、名を変える。ユリミチ・チハヤという過去を捨てる。チハヤ・ロード・リリーロードという未来を手に入れる。オレにスカートは、いらない」
オレは女ものの服装を解除し、もとの黒衣の普段着に戻す。
「これは、オレが真の男になる物語だったんだ。オレはニセモノなんかじゃない。オレはホンモノだ。ヒーローは『架空の存在』なのかもしれないけど、オレは、オレのできることをやる。オレは『架空の存在』として生きているわけじゃない。ホンモノとして生きているんだ」
オレは、すべてを救ってやる。
「オレは過去も未来も受け入れる。転生する。チハヤ・ロード・リリーロードとして」
改めて宣言する。
「『それは闇をまとう光である。いずれ百合世界の危機を救う勇者となるであろう。勇者の名はチハヤ・ロード・リリーロード。過去の名はユリミチ・チハヤ。百合世界に召喚されたリリアに代わる主である』……オレは、この世界を……少女たちを救う。だからボクが……オレがやった罪と罰を受け入れる。新世界の創造、やってやる。オレは、もう一度、薔薇世界に行く」
「チハヤさま、本気なのですね」
ミスティが相槌を打つ。
「ああ。だから、みんなも行こうっ! この世界を救うためにっ!!」
『はいっ!!』
みんながいてくれるから、オレは、がんばれる。
そんなふうに思えるから、もっと、がんばれるんだ。
行こう……世界の果てへ――。
*
――アリエルのいる寝室にやってきた。
「アリエルは、まだ意識が戻らない……ですの?」
マリアン――向郷万里奈が言った。
「ああ、これから五闇の指輪を使って風玉の指輪の修復をおこなう」
五闇の指輪は五光の指輪と対になる指輪である。
五光の指輪はエルフたちに対応して五つに分かれていたが、五闇の指輪は、その五つの指輪が融合し、ひとつになっている。
五闇の指輪の能力は「融合」だ。
粉々に砕け散った風玉の指輪の欠片をすべて集めて修復する――それがリーダン・ロリー・ローズゲートの提案だったのだが、それをオレたちにさせるメリットが存在するのだろうか?
「……修復を開始する」
すべての欠片を集め、ひとつにしていく。
少女たちが、その様子を見守る。
オレは五闇の指輪の能力をフルに引き出そうとする――。
「――修復、完了」
風玉の指輪は修復された。
「これでアリエルが目覚めますのね?」
……と、マリアン。
「ああ……」
少女たちが心配してアリエルを見守る――。
――アリエルが目覚める。
「起きたか? なんとも、ないか? 大丈夫か?」
「…………」
「自分が、誰か、わかるか?」
「…………ウッ、ウワアアアアアッッッッッ!!」
「アリエル!?」
「ウッ、ウウウウウ、ウアアアアアッッッッッ!!」
アリエルの様子がおかしい。
眼が黒くなり、まるで化物のような声を出す。
どうして、アリエルは、おかしくなってしまったんだ……?
「それが僕たちの狙いだからですよ」
ブルーノ・ホリホック・マロウがチルダの形成した想形空間に現れた。
「闇に汚染された精神は、もとには戻らない。残念ですが、もうアリエル・テンペストは闇に落ちました。もとの状態になることは不可能でしょう」
「オレたちを騙したのか?」
「僕たちの目的は新世界の創造です。まずは、ふたつの世界を完全に融合すること……五闇の指輪を渡したのは、アリエル・テンペストの精神を汚染し、五光の指輪の『拒絶』の能力を発動させないようにすること……すべては新世界のためなのです」
「どうしてオレたちを騙すんだ? オレたちは薔薇世界のアジトに行って、新世界を創造しようとしていたのに! どうして!?」
「それは、あなたのことを信用していないからですよ、チハヤ・ロード・リリーロード」
「なんで……?」
「あなたが完全に転生したことを知っています。すべては、あなたのつくる物語の予定通りです。完全に転生するとホンモノのユリミチ・チハヤの核を取り出すことは不可能だ。あなたは、これから新世界を創造しなければいけない。あなたという存在を失ったとしてもだ。リーダンはリリアに恋しているんだ。あなたは必要ない」
「でも、オレは彼女に、リリアに、必要とされたから生まれたんだ! オレはボクが望んで生まれた存在だから、オレが、おまえたちに必要とされていないとしても、ボクはオレを望んでいるんだっ! それを否定するなんて、許せないっ!!」
「だったら、戦いますか?」
ブルーノはオレから真意を引き出す。
「この世界に反逆する意志は、ありますか?」
「ああ、オレは……本当の意味で、世界を変える。オレたちには、その力がある。だから、世界に抗ってでも戦ってみせる。本当の新世界をつくるためにっ!!」
化物になったアリエルの意識を気絶させ眠らせる。
アリエルを本当に取り戻すため、少女たちも決意し、心器である剣を構える。
そして「虹の少年たち」がチルダの想形空間に現れ、再び、ふたつの世界は完全に融合されようとしていた――。