LSD《リリーサイド・ディメンション》第6話「不死の魔王と純白の剣」
*
もう、戻る場所なんてどこにもない。
あるとするならば……「この世界」だけだ。
「……レベル九十八か」
オレは、もう「あの世界」には戻っていない。
ドアの鍵をロックしたまま「この世界」にダイブしたから、ずっと放置されているのだろう。
「どうしようもないクズで、とんでもない両親だったわけだ」
しかし、オレの両親は正しい。「あの世界」での住人ならば当然の反応だ。
体力は限界に近い。あれからオレは「あの世界」で食べることも飲むこともしていない。
「だけど、オレは主人公だ。主人公はハッピーエンドをめざすもの。願いを叶えてみせるさ」
オレは装備を整えながら、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の最終エリアである魔王城へと向かった――。
*
オレが操作しているアバター――チハヤ《Chihaya》の髪が風になびく。肩にまでかかるようなストレートロングの黒髪だ。マントのように黒いコートも同じようにゆらゆらしている。鎧などの重さで邪魔になるようなものは装備していない。某スパイアクションの潜入捜査官のような姿をしている。しかし、軽装であるにもかかわらず、防御力が高い装備で構成されている。
戦闘。
……戦闘。
――さらに戦闘。
オレは最終エリア――魔王城の中で魔物との戦闘を行っている最中である。
「うらあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王城に潜む目の前の魔物――スライム、ゴブリン、ドラゴン……。
多種多様な怪物たちがオレに襲いかかってくる。
オレは魔物たちに向けて手を構える。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
空想力《エーテルフォース》。
フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》に存在するプレイヤーをまとう力である。
「ピギイイイイイィィィィィィッ!!」
スライムは風船のように破裂し、ゴブリンの四肢はゴムが千切れるように裂け、ドラゴンは魔王城の壁まで吹き飛んだ。
ほかの魔物がそんな様を見ても、オレに迷いなく攻撃する。
「さすが最終エリアってわけだ」
――だけど、身震いなんかしない。淡々と「作業」をこなすだけだ。
「レベル九十九は、もうすぐなんだ」
オレのアバター――チハヤ《Chihaya》のステータスはレベル九十八。
フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》のMAXレベルは九十九。
あと一レベルでMAXになる。
「オレは……オレの『願い』を叶えるんだ」
もう、あんな思いはしたくない。
「このゲームをクリアしたら、オレの夢は叶えられる。長年の想いが届かない現実なんか捨ててしまえばいいんだ――」
――楽になろう。
「つらい現実なんてクソゲーだ――」
――だからこそ……「この現実」だけでも変えなければいけないんだ。
「すべての魔物を……倒す!!」
オレの想いが空想力《エーテルフォース》に変換される。
「グラアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッ!!」
崩壊した壁からドラゴンが咆哮する。
「来いよ。おまえの相手は、このオレだ!!」
ドラゴンがオレに向かってくる。
続いて、オーク、グレムリン、インプ……。
わらわらと出現する魔物たち。
「百合《ゆり》の剣《けん》を使うまでもない。無銘の剣で、おまえたちを倒す」
もう、オレのレベルは微量の「心花《しんか》」の力を使うだけで上級魔物は簡単に倒せる。
オレは頭の中で空想《イメージ》した。様々な無銘の剣を。
「空想の箱、作成《さくせい》!! 空想の箱『長剣《ロングソード》』活性化《アクティベート》……空想の箱、開錠《かいじょう》!!」
オレは呪文短縮化《ショートカット》をおこない、千を超える長剣《ロングソード》を作成した。
魔物たちに複数の西洋剣の刃先《はさき》を向ける。
ドラゴン、オーク、グレムリン、インプ……。
様々な魔物が刃《やいば》の雨を受ける。
魔王城に存在する、すべての怪物たちが死に絶えた。
「ふう」
だが、そんなヒマはない。
「これで本当の最終エリアに到達だな」
魔王城――玉座。
玉座にはブラックホールのような渦がギュルギュル回っている。
渦は「空間」であり、その黒い穴から現れようとしているモノがいる。
「ラスボスの、おでましか」
強大で邪悪な空想力《エーテルフォース》を感じる。ラスボスは出現した――。
「――骨の魔物か」
肉がない。ゆえに痛覚がないのだろう。アンデッド。死ぬことを知らないバケモノ。
「『不死の魔王』というわけか。痛覚を感じないもの同士の戦いってわけだ――」
――やってやろうじゃねえか――。
「オレの願いを叶えるためになあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!」
そう言った瞬間、オレの周囲には「不死の魔王」が思念で形成した無数の剣や銃が浮いている。
「空想力《エーテルフォース》による武器の展開……オレの戦闘スタイルを学習したってわけか」
空想力《エーテルフォース》――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》に存在するプレイヤーと魔物に集まる力である。
空想力《エーテルフォース》が数値化されたAPを利用することで、空想の箱からアイテムを作成できるし、APを使うことでHPやMPに変換できるのだ。
「HPとMPは、APが∞に近いオレだから大丈夫だ。だが、この『不死の魔王』……HPゲージが全然ひとつも減らねえ」
まさしく不死の魔王だ。
死すべき運命の否定というワードがついているだけあって、伊達じゃない。
「なすすべなしか?」
――声には出したけど、そんなことは思っていないが――。
「不死の魔王」の剣撃と銃撃がオレを襲う。
空想力《エーテルフォース》による武器の無限に近い錬成。
それに加え、地《アース》・水《ウォーター》・火《ファイア》・風《エア》の属性魔法の攻撃がオレに――。
「――くっ」
オレは攻撃を回避しない。
「空想力《エーテルフォース》、解放《かいほう》、超回復《ちょうかいふく》」
オレはオレに備わった特殊能力――「超回復《ちょうかいふく》」を発動《はつどう》した。
オレが「あの世界」で身に着けていた能力は、フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》でも発動《はつどう》できるようだ。
「だが、埒が明かない。このままじゃ、なにも終わらない。なにか攻略の糸口をつかめたらいいのに……」
「不死の魔王」との戦いの中でオレの思考には「願い」が渦巻く。
「願い」――それは「認められる」こと。
要するに承認欲求を満たしたいのだ。
オレの脳裏には「あのときの声」がよみがえる――。
『――そう思ってくれて構わない。このゲームを無事クリアしてくれれば、それでいい。では、頼んだよ。キミの人生に祝福があらんことを――……』
……――という声。
「オレのための世界――それがフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の存在する理由」
だから、勝者はオレでなくてはいけない。
目の前のラスボス――「不死の魔王」を見る。
オレは過去に遊んでいたRPGの出来事を頭に巡らせる。
「アンデッドの弱点――」
――あのゲームでは、どうだったか?
「水。それも、ただの水じゃない。聖水だ」
聖水……アンデッドの攻略に必要不可欠なアイテム――。
「――穢《けが》れを祓《はら》う――」
――それが聖水の能力だ。
「オレの所持アイテムに聖水は十個ある。だが、ラスボスに用いるのにも限度があるはずだ――」
――どうやって「不死の魔王」に用いる……。
「ひとつずつアイテムとしての聖水をチマチマ振りかけても効果は薄いはず。ならば――」
――空想力《エーテルフォース》で想いを込めて、空想の箱で大量の聖水を生成し、滝のごとく浴びさせる。
「不死の魔王」の剣撃、銃撃、属性魔法攻撃を受けながら――。
「――空想の箱、作成《さくせい》――」
空想の箱に所持アイテムの聖水十個を全部入れる。
「――空想の箱『聖水の玉』活性化《アクティベート》――」
――呪文を唱え――。
「――空想の箱、開錠《かいじょう》!!」
オレは空想力《エーテルフォース》と所持アイテムの聖水十個で大量の聖水を作成した。
「形成《けいせい》、聖水の玉!!」
聖水で構成された「巨大な水状の玉」を「不死の魔王」にぶつける。
「……! ――――ググッ……グワアアアアアァァァァァァ……!!」
「不死の魔王」への効果は抜群のようだ。
「……ん?」
オレは「不死の魔王」の胸に赤いガラス球の物が現れるのを確認する。
「それがおまえの弱点か!!」
オレは乱撃を受けながら「不死の魔王」の正面に向かい、百合《ゆり》の剣《けん》を胸部へ突き刺す。
「グワアアアアアァァァァァァッ!!」
オレは手ごたえを感じ――。
「――ビンゴ!!」
――追撃は決して惜しまない。
「空想力《エーテルフォース》、解放《かいほう》!!」
全神経――全部の体の感覚を空想力《エーテルフォース》で向上させる。
オレは空想《イメージ》した。
赤いガラス球の物体に百の刺突を連続で合わせて放つイメージを――。
「――百合連突《ひゃくごうれんとつ》!!」
「不死の魔王」の胸部は百の刺突を連続で合わせて放つオレの攻撃技――百合連突《ひゃくごうれんとつ》でコナゴナに砕け散る。
『パリン! サアアアアアァァァァァァ…………』
「不死の魔王」が消滅サウンドを奏でながら消えていく――。
「――終わりだな……」
……オレは、ラスボス――「不死の魔王」の最後の瞬間を見守った。
『ピロリロリ~ンッ!!』
……というようなサウンドが鳴った。オレはステータス画面を確認した。
『Chihaya――Level99』
――フラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》の攻略、完了――。
そう思った瞬間、激しい光が魔王城を包む。
「あれ……なんだ、この感覚は――」
――オレの心器《しんき》――百合《ゆり》の剣《けん》が純白に光っている。
激しいほど真っ白に輝いた左右対称の西洋剣がオレの手に渡る。
『Game Clear!!』
オレの目の前にはクリア画面が表示された。
表示された瞬間――オレの意識は、どこかへ消えた――。
――意識は「別の世界」へ向かっていく――。