LSD《リリーサイド・ディメンション》第52話「運命の瞬間」
*
――ダンスパーティから一日が経過したあとのことだった。
ルイーズが、アリエルと少し話がしたいと言っていた。
アリエルの持つ五光の指輪のひとつである風玉の指輪を調べたいと言っていた。
なにやら過去の百合世界の歴史において五光の指輪は薔薇世界の侵略から守る役割があった、とのことで、その効果を調べたいとのことだった。
要は、なぜ百合世界が薔薇世界の侵略から守られたのか、なぜ二千年もの間、その効果が持続したのか、をルイーズは調べたかったらしい。
今後、薔薇世界の侵略がある可能性をルイーズは知りたかったのだ。
本当に薔薇世界からの侵略がないと言い切れるのか、オレたちにはわからない。
もしかしたら、また魔物たちが侵略するなんて可能性もある。
だから、オレはルイーズに任せた。
ルイーズが本当に百合世界を守るために行動してくれていると思ったから。
そしてルイーズが本当に百合世界のために行動してくれていることが、オレには、うれしかったんだ。
だから、ルイーズにすべてを託したんだ。
それが平和につながると思っていたんだ……少なくとも、オレたちは――。
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――その瞬間、事件は起こった。
ルイーズ・イヤーズ・パレスアリーが事件の犯人であることを知ったのは、そんなに時間はかからなかった――。
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――ルイーズが神託者たちとエルフたちを集めて、「見せたいものがある」と言った。
エンプレシア城のバルコニーで、エンプレシアの国民にも「それ」を見せると言っていた。
「それ」は百合世界の危機が訪れることを表していたのだ。
ルイーズは、アリエルが生成した風玉の指輪を手に持ち、こう言った。
「この世界は呪われている。だから、この世界を終わらせる」
ルイーズは風玉の指輪を空中に投げ、自身が持つ心器――稲穂の槍で、それを貫いた。
そう、貫いたのだ。
それはアリエルの精神を破壊したことと同意義だった。
アリエルの精神は死んだ。
ここで、オレはリリアに言われた台詞を思い出したのであった。
『心器の破壊は『心が壊れる』ってこと。それだけは覚えておいて』
どうして……どうして、こんなことをするんだ――。
「――なにやってんだよっ!!」
オレはルイーズの胸ぐらをつかんだ。
「ルイーズっ! おまえ、自分が、なにをしたのか、わかってんのか!?」
「わかっているよ、チハヤ。もう、アリエルは、この世界には存在しない。おまえの婚約もなくなったというわけだ」
「おまえ、まさか……薔薇世界の……」
「そう、おれはルイーズ・イヤーズ・パレスアリーとして、この世界に侵入していた。本当の名は、タケキ……いや、ルイ・イヤーズ・バンブーツリー、ということにしておこうか」
「ルイーズ……おまえは……」
「男、だよ。おまえたちを欺くために心器である稲穂の衣をまとっていたんだ。ちなみにそのときの性別は、しっかり女だったんだ。そうしなければ、この世界には存在できなかった。おれの目的は薔薇世界と百合世界を統合し、ひとつの世界にすること。そのためには条件があった。それは五光の指輪のひとつを破壊すること。ひとつさえ破壊すれば誰でもよかったんだよ。でもね、どうせなら、おまえが一番、好きな相手を壊すことが一番いいと思ったんだ。おれから大事なものを奪った、おまえからな」
「どういう意味だよ、それ」
「おまえは、おれから『マリナ』を奪ったんだよ。ずっと、ずっと……このときを待っていた。二千年は長かった。でも、おまえに帝を倒させないと、こちら側の目的が完成しない。だから、待つ必要があったんだ」
「待つ、だと? 薔薇世界は百合世界を侵略するのが目的じゃないのか?」
「違うな。おれたちの目的は新世界の創造だ。ふたつに別れた世界を統合し、この……消滅する運命の宇宙を再生することだ。それをな、おまえが邪魔したんだよ……ユリミチ・チハヤ」
「オレが、だと?」
「まあ、おまえは忘れてしまうことはわかっている。彼女によってな……いや、おまえ自身が意図的に都合のいいように忘れるようになってるんだ。そこをおれが心器である稲穂の衣を使って、この世界に上書きしたんだ。ルイーズ・イヤーズ・パレスアリーが最初から、この世界に存在していたという情報を作ってな」
オレの感覚は間違ってなかったのか……。
……ルイーズは稲穂のような黄金の髪を緑色の髪の毛に変え、体格も格好も男の姿になった。
「これが、おれ……ルイ・イヤーズ・バンブーツリーとしての姿というやつだ。女装は、あまり好きじゃなかった。でも、仕方ないんだよな。『マリナ』に会いたかったから」
「ルイ・イヤーズ・バンブーツリー……『マリナ』って誰だよ。この世界には存在しないはず……」
「いや、存在する。この国の女王であるマリアン・グレース・エンプレシアこそが、おれが探し求めていた『マリナ』なんだ」
「わたくしが!?」
「ああ、会いたかったよ……マリナ。二千年という時が流れてしまったけど、今、こうして会えることを楽しみにしていたんだ。早くキミを取り戻したかったんだ……」
ルイは瞳から涙を流した。
「キミを洗脳の呪縛から解き放ってあげたかった。でも、それはできなかった。ユリミチ・チハヤによって洗脳されたキミたちを解放するのには、ものすごく時間が必要だったんだ」
「オレが洗脳だと。オレたちは必死だったんだ。いや、オレは、この世界を救いたかったんだ! 救うために帝を倒してきたっんじゃないかっ!!」
「それは、おまえの絵空事だろ。おれたちは、おまえから洗脳された少女たちを救うために、世界の融合を試みたんだ。そして今、それが現実となるっ! アリエル・テンペストは死んだ。だから、この世界は、ひとつになるんだっ!!」
「ふざけるなっ! アリエルの魂を返せっ!! アリエルは、おまえに殺されたんだっ! ふざけんな、ふざけんなっ、ふざけんなっ!!」
「どれだけ嘆こうが過去には戻れない。ただ、方法は、あるぜ。おれたちのアジトに来ればいい。おれたち薔薇世界にも指輪は存在する。五闇の指輪という心器が存在する。五闇の指輪の能力を使って風玉の指輪を修復すればいい。そのための道を示そう」
「そんなこと信用できるわけないだろっ! アリエルを返せっ!!」
「落ち着け……すぐに少女たちをおれたちのアジトに転移させる。一瞬で終わる」
ルイは空想の箱を開錠した。
おそらく空の空想の箱だろう。
それによる転移をおこなおうとしているのだ。
「転移、開始――」
――オレたちの世界は、溶け合い、ひとつになった――。