LSD《リリーサイド・ディメンション》第68話「その魂は世界を見下ろす」
*
――彼とアスターは、お互いに意識を合わせ……念じあう。
『ユリミチ・チハヤの契約を承認しますか? YES OR NO』
アスターの目の前にはポップアップウィンドウらしきものが表示されているだろう。
「YES! 承認!!」
……と、口上し、許可を承諾する。
――彼は体色がめまぐるしく変わる……つまり、属性が一秒ごとに変化する「魔帝」を相手にする前に、「魔帝」の下にいる魔物……スライム、ゴブリン、ホークマン、イーグルデビル、オーク等を倒すため、アスターと魂の結合をおこなわなければいけない。
「アスター! いくぞっ!!」
「チハヤさまっ! いっていいですよっ!!」
「よし、いっちゃってやるぜっ!!」
「空想の鎧、着装!! 紫苑の鎧!!」
アスターは自身の空想の鎧である紫苑の鎧を着装したことで、彼の∞のAPを使いたい放題になる。
それにより、MPが何度でも使える。
APはMPに変換できる。
同時に彼はアスターの花言葉を使用できる。
「真・魂の結合」の本領は、ここからだ。
彼は百合の剣をホバーボード状態にして上に乗り、操り……空を飛び回る。
(魔物どもの攻撃が厄介だ)と彼は思った。
「でも、甘いぜっ! 百合千雨の発動で下級魔物をすべて、蹴散らしてやるっ!!」
彼はアスターと共有している属性を百合の短剣に付加する。
「くらえっ! 疾風之百合千雨っ!!」
風属性の千の短剣による雨が魔物たちを襲う。
「くらったなっ!!」
強烈な千の斬撃を食らった化物たちは悲鳴を上げ、消滅する。
彼は魔物たちの消滅を黙って確認する。
化物たちの消滅を確認した彼は、ホバーボード状態の百合の剣でイーストウッドとセントラルシティを旋回、「断罪の壁」を見る。
(やはり、オレが紫苑の花言葉を解析した結果が現れたか)と彼は思った。
「……紫苑の花言葉は『追憶』『キミを忘れない』『遠方にある人を思う』……だ」
つまり、紫苑の花言葉は「記憶」に関連するのだ。
「……オレはマリアンたちと魂の結合をおこなったとき、自分を見失いかけた。なぜか? それはオレの脳だけでは複数の記憶を管理できないからだ」
要するに、なぜ彼がアスターとの魂の結合を真・魂の結合と名付けたのかというと、やはり紫苑の花言葉は「記憶」に関連する効果を持っているから、だ。
魂の結合には、絶対にアスター・トゥルース・クロスリーである彼女の存在がいなければいけないのだ。それで魂の結合は真に完成するというわけ、だ。
「これから『四帝』と戦っていくことになるだろうが、自分を見失わないためにも彼女は、アスター・トゥルース・クロスリーは必要だ。オレがオレでいるためにも」
彼は自身で納得した。
(アスターの様子でも見に行くか?)
「携帯端末を使うか。ってか、なぜ今まで使わなかった、オレ……? アスター? 今どこだ? アスター……? おーい、アスター……大丈夫か?」
彼はアスターを見つける。そして言った――。
「――アスター……オレのことを気にする必要、ないと思うけどな」
彼女は彼に目を合わせる。
「……なにもかも、お見通しなのですね……チハヤさま」
「どうしてオレの過去を、そのまま受け止めたんだ?」
「それは、そういう花言葉、だからですよ」
彼女は彼の過去を思い出しながら。
「どうして、あなたの世界の人たちは、あなたを『敵』であると認識するのですか? それなのに、どうしてあなたは『味方』のいない世界に抗おうとしていたのですか?」
「……そっか。オレの記憶や感情が、すべて伝わったわけか。……あのさあ、気にする必要、ないよ。はっきり言わせてもらうけどさ、オレとアスターは違う人間だぜ。なぜ自分のことのように記憶をとどめる必要がある? 臭いものに蓋をするって言葉は、この世界にはあるのかな? 意味、わかるかな? あくまでも一時しのぎでやり過ごそう、そうしよう、なあ……アスター」
「そう、させて、いただき……ます」
「よろしいっ! では、席に戻っていいぞアスターくんっ!!」
「戻る席は、だいぶ遠くにありますけどね……私たちの学校が……」
「ならば、この世界を救う戦い第一弾を終わらせようぜ……みんなで」
「はいっ!!」
――……そんな感情が彼女から彼へと、伝わったような感じがした。
「私、決めましたっ!! 私は自身を覆う殻を捨てますっ! だからチハヤさまにいただいた、この心器《しんき》を使わせていただきますっ!!」
「おう、使え使えー! むしろ使わないつもりだったのか?」
「ええ。私は騎士である前に剣士として生きてきたつもりなのでっ!!」
「なるほど……今までは殻を破りたくなかった、と……」
「そうですねー。そうかもしれませんねー」
(……流せるようになったか、上出来だ)と彼は思った。
「では、いきますっ!!」
アスターは新しい心器の口上を唱える――。
「――紫苑の小銃!! 目標……スライム、ゴブリン、ホークマン、イーグルデビル、オーク……その他の魔物たちっ!! くらってっ! 私の、渾身の……銃撃をっ!! ――……流星連弾《りゅうせいれんだん》っ!!」
アスターは「魔帝」以外の、すべての魔物を……消滅させた。
『ピロリロリ~ンッ!! Aster――Level99』
彼らが「魔帝」を倒すための条件は、そろった――。
*
アスターのレベルが九十九になり、これで「魔帝」を倒す最後の条件がそろったわけだ。
彼らは動かなくなった「魔帝」を倒すため、断罪の壁の上で作戦を組み立てている。
「改めて……空想の眼、起動っ!!」
「魔帝《オレ》」が動けなくなった理由は、あのときは特にツッコまれていないが、今の「魔帝《オレ》」が思うに気まぐれではなく、万全な状態にすることで、今回、オレが「魔帝」になった本当の理由のために、そうしてしまったのだろう、ということがわかる。
それは、この出来事におけるオレが迎える最期に関係する。
レベルMAXなオレが、あの戦いで、できることをするためには必要なことだったのだ。
彼が騎士学院の生徒たちとイチャイチャして作戦を組み立てているころ、「魔帝《オレ》」は超回復をHPを全回復していく。
(……――ああ、そうだ、アリエルにも声かけなきゃな……)と彼は思った――。
――彼はアリエルに自身の過去を洗いざらい話していく。
けど、それがリリア――遊里道千早によってつくられた記憶であることを彼は、まだ知らない――。
「――……だから、みんなと一緒に戦おう! アリエル!!」
「はい! わたしはチハヤお姉さまの初めてのヒロインになります! だから、この薬指に指輪をはめてください!!」
彼は彼女の薬指に風玉の指輪をはめた。
彼女は顔が赤くなり、うつむかせた。
彼らは決戦の準備を整えていく。
もう、あのときのアリエルに会えない可能性を感じ、オレは悲しくなった――。
*
――彼らの準備が整って、また、あのときの戦いが始まろうとしている――。
「――おい。なぜ、今まで……なにもしなかったんだ なぜ、今まで、ぼうっと突っ立って、なにもしなかったんだ。おまえは、なにがしたいんだ?」
「風は気まぐれなんだ。風が吹くと、コロッと考えが変わってしまう。気持ちいいのだ。おまえも感じるだろう? このイーストウッドに流れる風を。風だけじゃない。真意はある。どうせなら、おまえたちの全力を見たいと思ってな。全力のおまえたちと戦うことで、おまえたちの心をへし折れる。こんなに気持ちいいことはないと思ったのさ」
「どうかな? さっきまで苦戦していたじゃないか。風帝、雷帝、双帝、合帝……瞬間的にやられているじゃないか。どうせ今の魔帝も瞬間的にやられる……いや、やれると思うぞ。オレたちならな。オレたち全員で戦うんだ。そんな気まぐれだとか風が気持ちいいとか言っている場合じゃないぞ。覚悟しろ」
「おい、おまえ……初めての帝との戦いだからって焦るなよ。オレのアビリティは確認したか?」
「は? どういう意味だ?」
「オレの、魔帝としてのアビリティを確認したのか、と言っている。ちゃんと確認させてやる。あくまでチュートリアルとしてな。空想の眼をちゃんと使え。それができなければ、これからの帝の戦い、誰かを犠牲にしてしまうぞ。油断するな」
「『油断するな』って、おまえはなんなんだよ……」
彼は空想の眼を起動した。
「アビリティ……『超回復』……だと?」
「ああ、オレもおまえと同じ『超回復』アビリティ持ち、ということだ。ちゃんと確認しなかった罰だ。おまえがのほほんと仲間たちと心を通わせている間、これでオレはフル回復したってわけだ。オレは、ただの気まぐれじゃないぞ」
「くっ…………――敵に塩を送るだけで終わらせない。オレたちは、おまえを倒すために全戦力を持って、叩き潰すからな。ミチルド! ケイ! 『名誉生徒会長』のアイテムを使え!!」
『ラジャー! みんな、いくよ! 空想の箱、開錠!! 来て! 空想の小銃!!』
「――この戦いで騎士は銃士となる。騎士学院の全戦力を持って、おまえを倒すんだ。おまえも重々、覚悟しろ! なあ、世界を天秤にかけた戦いをしようぜ! 帝さまよ! いくぜ、みんな! 魂の結合だ! 空想の鎧を着装しろ!! 騎士学院の銃士たちよ! 今からキミたちがおこなうことは、たったひとつだ! 全属性を付加した銃弾を魔帝に乱れ撃て! 回復の隙を与えるな! ただ、ひたすら撃ちまくれ!!」
『了解!!』
銃士たちは断罪の壁から「魔帝」に銃弾を撃ちまくる。
「そうだ。それでいい。いくぜ! 神託者たちよ!!」
『了解!!』
「断罪の壁を降りるぞ! 着いてこい!!」
彼は百合の剣を足に乗せ、ホバーボード状態で移動する。
「ふっ、それがオレに勝つ方法か。バカバカしい」
「バカバカしいとは、何事だ。このドアホ! せっかく人が考えたアイデアを否定するなんて……」
「……人、とは?」
「……なぜ疑問形?」
「おまえは本当に人なのか、と言っている」
「どういう意味だ、風帝?」
「だから魔帝だ、百合道千刃弥よ。おまえは自分の存在を疑ったことはないのか? なぜ、おまえはこの世界にいる? なぜ、おまえはここで生きているんだ? そんなことを考えたりしなかったか? ここへ来て、もう一ヶ月近くになるだろ?」
「妙に詳しいじゃねえか……。なぜ、そんなことを言う?」
「そうだな。おまえがこれからどうなるのか、本当に楽しみだよ」
「思考を読み取った、だと?」
「……いや。読み取ったのではない……そう、思ったのだ! 来い、風家臣!!」
「なん、だと!?」
「もともと帝は帝を守護する家臣を三体従えている。だがな、オレのプライドよ。まずはおまえたちの戦いを味わおうと思ったのだ。だが、そういう状況じゃあなくなってきた。ゆえに風家臣、オレを守れ」
風家臣は魔帝を中心に三角形の陣を作り、空想の小銃から放たれる銃弾を「風」で無効化した。
つまり、もう魔帝には銃弾は届かない……わけがない。オレは、すべてを知っている。
「くそっ、せっかく立てた作戦が台無しだ……」
「そういうことだ。奥の手、というのは……あとに見せるから映えるのだ。それもわからず魂の結合なんかするから、こんな状況になってしまう」
……銃弾は、すべて風家臣の「風」で届かない――。
「――なすすべなし、なのか……?」
まだ手段は、ある。オレは未来を知っている――。