雑味で勝負する時代 〜AIになんて負けない〜 ー堀井美香
元TBSアナウンサーの堀井美香さんは、50歳でフリーに転身。ラジオやナレーションのお仕事に引っ張りだこです。
堀井さんはある日、ナレーションの仕事で打ち合わせに参加しました。
「今回のナレーションはこんな感じです」
そう言ってディレクターに聞かされたデモ版の女性の話し方が、上手過ぎて、堀井さんはびっくり。
滑らかでありながら、しっかりと発語されていて聞きやすい。でも、よくよく聞いていると若干アクセントがよじれることがある・・・
「この方は誰なんですか?」
堀井さんは尋ねました。
「これ、A Iなんですよ。」
ディレクターの答えに堀井さんはたじろぎました。
まさか、AIがここまでのレベルまできているとは・・・
これを超えるナレーションを求められていることに、プレッシャーすら感じるくらいでした。
後日、収録の日がやってきました。
この日は制作の関係者も揃っています。
「AIって本当に上手いんですよね〜」なんて言い訳を挟みつつも、堀井さんは緊張していました。
「AIに負けてなるものかぁ!!!」
みんなのいる前で失敗は許されません。内心ドキドキしながら真剣に仕事をこなします。
無事、人間のアナウンサー代表として、AIとの戦いを制したものの、堀井さんの中にはモヤモヤとしたものが残りました。
それはAIへの嫉妬の気持ちでした。
TBS時代、新人にナレーションを教えていた時のことを堀井さんは思い出しました。
そのスクールでは、何十人もの若者が辿々しくも、一生懸命に原稿を読んでいました。
何を言っているのか、単語も伝わらないような話し方でしたが、そこには真似できないそれぞれの独特の味がありました。
その話し方の「癖」に堀井さんはとても感動したことを思い出したのです。
スクール初日に発音の仕方を教えると、新人達はたくさん復習してきました。
翌日はあんなに訛っていたラ行もしっかりと発音するようになっていて。
正しいことを教えているはずなのに、堀井さんはちょっと戸惑いを感じたと言います。
情報を伝えるプロのアナウンサーとしては必要な技術ではあったのですが、その子の持ち味が薄まっていくような勿体なさがそこにはありました。
まさに、そうやって教えていた正確さや精密さといった「型」を突き詰めてきたことで、私は今AIと競うことになっちゃったのよね。
それはそれで必要だけど、それよりもっと大切なことは、その人にしかない「味」を持ち続けることなんだ。と堀井さんは気付きました。
堀井さんはこの話を、ジェーン・スーさんとの人気ラジオ番組「OVER THE SUN」で話しました。
ジェーン・スーさんはすかさず、
「私たちなんて雑味80%で生きている者だから。AIにはそこは真似できないわよ!」
と返します。
そう、堀井さんは30年というアナウンサーの経験もありながら、AIには予測不能の切り返しのできる輝ける中年女性なのです。
「これからは雑味を売りにして生きていくしかないわね!」
と覚悟した堀井さんなのでした。
参照:TBSラジオ「ジェーンスーと堀井美香のOVER THE SUN」エピソード177