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数百文字から数千文字の話です。
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#ほろ酔い文学

ペトルーシュカ和音

ペトルーシュカ和音

彼女の創る作品は荘厳で仰々しい代物ばかりだ。

今、僕の目の前にある作品はその中でも特に異質である。

大きな白鳥が羽ばたく瞬間を立体的に切り取ったような石膏像に、大きな茶色い傘のきのこが無数に散りばめられており、大小の異なるきのこはそれぞれがそれぞれに対して恐怖を煽っている。

加えて、全体がペトルーシュカ和音の実際的な具現化であり、鑑賞者に対して畏敬とも喜びとも恐怖とも言い難い複雑な感情を呼び

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白うさぎ

白うさぎ

 宇宙が好きな友達がいる。

彼は森羅万象になんらかの因果を求めるタイプの人間で、それはとても真剣な意味での宇宙を愛している。

彼は、

「白色光が綺麗だって言うのはナンセンスだよ。白色光っていうのは雑多な光が混ざり合っていて、吐き気がするぐらいだよ」

とかそんな具合に、世の中の一般に対して攻撃的になることが多くある。

格好はいかにもインテリジェンスな好青年という風である。

若手俳優が演じ

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湿気、置き時計

湿気、置き時計

 目が覚めると、眼前の世界は明らかに今までのそれとは異なっているように感じられた。

僕の肌を覆った鬱陶しい湿気をたっぷりと含んだあの空気も、あれほどまでに必死に僕を外とつなぎとめようとしていたセミの煩わしい喧騒もない。

空気は明らかに清潔であり、小さな虫たちによって震えてもいなかった。

ベットの脇に置いてある時計に目を向ける。

針は10時ごろを指す。

正確な時刻は必要ではないし、そもそも

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いつからだろう。

いつからだろう。

 いつからだろうか、風鈴の音が室内に入らなくなってしまったのは。

 いつからだろうか、打ち上げ花火に気がつかなくなってしまったのは。

 いつからだろうか、蝉が啼くの声が耳に入らなくなってしまったのは。

 それもこれも全てこの酷暑による気だるさからだろうか。それとも私から来るものによってなのか。

 私は田舎にいた頃縁側に寝転びながら、セミの大合唱の中をかき分け風鈴の音に耳を傾け、花火が上がる

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マティーニ、浮かぶオリーブ

マティーニ、浮かぶオリーブ

 暗い木目調のバーカウンターで、マティーニに浮かぶオリーブがきらりと光る。
暗がりなバーで私は1人マティーニと対峙している。

カクテルグラスの細い足をそっと持ち、口に運ぶ。

そして一口飲む、今日はそう簡単には酔えないような気がした。

ネイルを確かめるとそれはやはり美しかったし、シルバーのリングとブレスレットはお互いに調和が取れている。

少し派手すぎるかもしれないと思ったこの深紅のワンピース

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