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島那三月
2019年3月16日 17:31
栄養ドリンクとチョコボールと履歴書が入ったレジ袋を持って、わたしはコンビニを後にした。ゆっくりと歩き出し、街灯も疎らな夜の道を歩く。袋を持つ手とは反対の手をパーカーのポケットに突っ込み、スマートフォンを取り出す。時刻は午後十一時二十二分だった。 大学四年生になって三ヶ月近くが経ち、周囲の学生たちは段々と内定を決める、もしくはインターンを始めるなどして、着々と自分たちの今後を見据えていた。そんな
2019年1月22日 03:54
アオイさんは雨の匂いに敏感な人だった。 まだ女子高生だった頃、隣の席同士だったわたしたちは放課後によく雑談をした。他愛のない会話の合間に、彼女が突然、「雨の匂いがする」と呟く。その時は降っていなくても、昇降口を出る頃には雨粒の跡が地面に点々とした模様を落としていた。 靴を履き終え、立ち込める雨雲を見つめるアオイさんの横顔は、嘘みたいに無表情だった。 日曜日の朝、そんなとりとめのない記憶が
2018年12月1日 21:43
普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を
2018年11月25日 23:46
旅先で映画を観た。 その内容が思いのほか今の自分と重なって、鈍く感傷的な気持ちを引きずったまま映画館を後にした。 まっすぐホテルに帰る気にもなれず、そのまま知らない街の初めての夜を迎えた。あてもなく商店街を歩く。思えばこの旅も、そんなふらついた気持ちのまま始まったように思える。映画なんて見るんじゃなかったと少し後悔した。知らない街で知らない映画を観る。そのとりとめのない行為に、どこか自傷的な
2018年9月9日 03:37
ある日、家具商人の店に初老の男が訪ねてきた。 男は、以前から気になっていた玩具をようやく手に取った子供みたいな目で、店内を眺めていた。特に椅子に注目していた。店内に他に客はいなかった。 随分と熱心に眺めていたため、商人はその男に「どんなものをお探しですか」と声をかけた。すると男は、「時の流れを忘れられるくらい、心安らぐ椅子を探している」 と答えた。 商人は少し戸惑ってしまったが、できる
2018年9月4日 00:41
近所の公園のベンチで昼下がりを過ごすのが、いつしかわたしの日課になっていた。何をするでもなく、ただぼんやりと、雲の流れとか、ボール遊びをする子供たちとか、ジョギングをする高齢の夫婦とか、池の鴨が獲物をついばむ姿なんかを眺めている。決まっていつも、池に沿った遊歩道に等間隔で並ぶベンチの一つに座る。眺めが特別いいとかそういうわけではなくて、大した理由はない。あえて理由をつけるなら、等間隔に配置された