島那三月
これまで投稿した読書感想をまとめています。
noteで投稿した小説をまとめています。
彼女の声を最後に聞いたのはいつだっただろう。 「明日も晴れるといいね」 小さなスクリーンに映る彼女の笑顔がまぶしい。部屋が薄暗いせいとか、そんな情緒のない話ではなく、本当にまぶしかった。すすり泣く声がまばらに響く。この場にいる全員が、彼女に釘づけだった。 ただひとり、先輩を除いては。 「駅まで送ってやるよ」 会場の外に出ると、ぼくは先輩にそう声をかけられた。背後に広がる曇り空が、重苦しくただよう。三年ぶりに再会した先輩の表情には、不自然に歪んだ笑みが浮かんでいる。
いつからか、水曜日を繰り返すようになっていた。 当時、大学は夏休みで、わたしは来る日も来る日も夜更かしをし、起きるのは大体お昼過ぎだった。バイトも就活も何もない。コンビニで売っている新商品はいつまでだって新商品だし、最高気温は決まって30度を超えることはない。金曜が来ないからロードショーも見れないし、テレビから流れる映像は馬鹿みたいに同じ景色ばかりを映し出す。いうなれば、わたしは水曜日に閉じ込められていた。 けれど、停滞は自分自身が望んでいたことでもあった。毎日つづ
最近ぜんぜん書いていなかったので、リハビリがてら書きました。よければ読んでください。
ときに私は、誰かに何かを伝える為に、身体を裂いていると感じます。だから傷口は言葉だと思うことがあります。でもいったい肉体を裂いて、誰に何を伝えたいのか、自分でもよく分かりません。(本文9頁) ご無沙汰しております。 久々の読書感想です。 今回読んだのは高橋弘希さんの「日曜日の人々」です。 物語は主人公の航が従姉の自殺をきっかけに、その死に関係していると思われる謎の集団「レム」との接触を試みるところから始まります。 レムは、拒食症や盗癖症、不眠や自傷行為など、多種多様な苦
空き箱のように殺風景な部屋で眠っていたわたしは、迷い人を知らせる放送で目を覚ました。 昨夜から未明にかけて、女性がひとり行方不明になっているらしい。年齢はわたしと同じ25歳で背格好も近い。仕事からの帰宅途中、行方がわからなくなったという。 つい最後まで耳を傾けていたわたしは、芽生え始めた取るに足らない感情をうやむやにするのもなんだか気が引けて、まどろみにまかせて「へぇ」と短い声を枕に埋めた。 ベッドから起き上がり、台所でコップ一杯の水を飲む。体内にゆっくりと流れつたう
うしろめたい気持ちに背をむけて、気づけば朝焼けの影に身をひそめていた。
「ノートを閉じている今、不思議と目に浮かぶのは、見知らぬ人々の生活を記した筆圧の弱い字より、その字を次の字へとつなぎあわせている余白の部分だった。」(本文114頁) 久しぶりに青山七恵さんの作品を読みました。 読んでみて思ったのは、やっぱり僕はこの人の小説が好きなんだなぁということでした。 独立した風景が淡々と連続するだけではあるものの、読み取るべきは登場人物の心情だけでなく、その風景と風景をつなげる余白にあると思いました。 書かれていない部分を読ませる、行間にある風
いつのまにか今年もあと2ヶ月を切ってしまいました。 世間はコロナによって新しい社会の形を見直されつつも、なんとか一年間に幕を下ろそうとしています。 今年はいろいろあって、個人的に一番大きな出来事だったのは、仕事を辞めたことでした。 今もまだふらついた感じに生活していますが、その中でも本を読んだり小説を書いたりと、気長に生きながらえている次第です。 今日は久々に本の感想を書いていこうと思います。 最近読んだ本でかなり良かったのが、河野裕さんの「昨日星を探した言い訳」で
「ドーナツに穴が空いているのはなぜなの?」 わたしのした何気ない問いに、彼はしばらく沈黙したあと、「なぜだと思う?」と返した。わたしは小さく首をひねる。すぐには思いつかなかったので「知らない」と答えると、彼は「そっか」とつまらなそうに呟いた。わたしの注文したフレンチ・クルーラーを無愛想に手渡しながら、「じゃあまた今度だね」と言い残して彼はカウンターの裏へと消えてしまった。もどかしく靡く暖簾を見つめながらフレンチ・クルーラーを囓る。欠けた穴をぼんやり眺めながら口の中で味を噛み
映画を撮りたいと思ったのは19歳のころ。でも何から手をつければ良いのか分からず、大学の掲示板にあった貼り紙を頼りに映像研究同好会に入会した。 「好きな映画は?」 「ゴーストワールド」 「知らないなあ」 「……」 「映画を志したのはどうして?」 「映画の世界に憧れたから」 ぼくの答えに彼女は沈黙で返す。突き返されるかと思ったけれど、「いいね、素敵」と笑われて終わった。やたら匂いのきつい煙草が印象的な人。彼女と出逢ったのはそれが最初だった。 映像研究とは謳いつつも、実際は
目が醒めて雨の音が聞こえると、かえってわたしの心は晴れやかな気持ちになった。寿命が一年延びるような、感謝の思いでいっぱいになる。 ピアノを弾くのが許されたのは、雨が降った日か、親がいない日のどちらかだった。前者は親が決めたこと、後者はわたしが決めたことだ。 雨が降った日は気分がいい。親がいなければ尚良かった。わたしは今にも踊り出してしまいそうな気持ちを抑えつつ、ピアノカバーを払い退け、椅子の高さを調節し、ジムノペディの楽譜を開く。 鍵盤に指先が触れるとき、命の先端に触
「大人になると、ぼくらは幼い頃の記憶を失くすらしい。まるで記憶喪失のように、みんなぜんぶ、大事なことさえも忘れるんだ」 彼があまりに真剣な眼差しで話すので、わたしは同情するような気持ちで答える。 「いずれ忘れちゃうなら、今こうして話していることも忘れるんだろうね」 「そう。だからぼくらは、こうして卒業アルバムに言葉を残すんだよ。今の自分たちを忘れないために」 「そんなの、アルバムを開けば分かることじゃない?」 「思い出に浸るだけなら日記で十分だよ。卒業アルバムなんて、人生で
九月の終わりごろだった。ぼくは地元の土手沿いを歩いていた。小中と通学路で何度も通った道だけれど、こうして歩くのはだいたい十年ぶりくらいになる。 東京と違い、高い建物がないだけ視界が広い。街を囲うようにして連なるあの山は、なんという名前だっただろう。遠くで学校の予鈴が鳴る。もうすぐ昼休みも終わるころかもしれない。こんな風に、気ままに時間を送るのは久々だ。煙草の代わりに、胸いっぱいに空気を吸い込んでみる。むせ返るほどの安心感があった。 駅前の商店街に出る。かつて空地だった場
夢を見た。 そこは高校時代、登校の際に使っていた高崎線の車内で、いつもと違うのは、乗客はわたしともう一人だけということ。それから、そのもう一人が制服を着たわたし自身だということだった。互いにボックス席の斜め前に座り、わたしは、うたた寝する自分の姿を眺めている。相変わらず口元には大きなほくろがあるけれど、化粧気のない頬や長い睫毛に少しどきりとしたし、幼気な無防備さを見て思わず下唇を噛む。なにより、制服を着ているという事実が大きく伸し掛かかった。 手にはウォークマンが握られ
「じゃあ君はシューゲイザーが好きなんだね」 バイト先の飲み会でフリーター二年目の先輩はわたしにそう言った。居酒屋の喧騒と薄っすらと回り始めた酔いの中に取り残されないよう、わたしはテーブル一つ挟んだ彼にほんの少し身を乗り出して、声を張り上げた。 「なんですかそれ」 「シューゲイザー。ロックのひとつだよ」 手に持っていた煙草を灰皿に押し潰しながら、先輩もまた声を大にする。ちょうどわたしたちは音楽の話をしていた。先輩がギターをやっていて、時折、大学時代のバンド仲間と一緒にスタジ