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掌編小説「としをとる」

 普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。
 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。
 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を抜けて、国道沿いを歩き、やがて静かな住宅街へと入る。

 団地の自転車置場にママチャリが並ぶ。
 学校指定のステッカーが貼られたママチャリは、なぜか青春映画のワンシーンを呼び起こさせて、少しだけ泣きそうになった。

 何か考えている時ほど、何も考えずに歩く。そんな時ほど、冷静になる。
 ひとしきりの虚しさを覚えるほどに、あてもなく歩くには自分はすでに大人と呼べる場所まで来てしまったのかもしれない。そんなことをふと思う。
 辺りを見回して、大通りや、路地や、公園の先を見る。次はどこに向けて足を動かすべきなのかを模索する。それは決して、アプリの地図機能では見つからない。
 もう十二月かと思った瞬間、冷たい風が吹きつけた。
 身を震わせ、体が冷えないように全身に力を入れる。

 そして、視線の先に向き直り、再び歩き始めた。

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