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読書:『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒

書名:ラブカは静かに弓を持つ
著者:安壇美緒
出版社:集英社
発行日:2022/5
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771784-6

 評判が高く、気になっていた作品。
 音楽教室のレッスンで使用する楽曲に著作権使用料がかかるか否か。数年前にニュースでも流れ、今現在もまさに係争中の案件ですね。ほんの数日前にも記事が出ていました。


 著作権を管理する全日本音楽著作権連盟の職員の橘は、大手の音楽教室ミカサに潜入捜査を命じられる。生徒として二年間通い、ミカサが著作権的に違反をしている証拠を集めるという職務で、橘は命令どおり身分を偽って潜入し、チェロを学び始める。
 ある意味で不幸であったのは、橘が冷酷な人間ではなく、講師の浅葉が人好きのする好青年であり、また、出会うチェロ仲間がみんな感じのいい人ばかりであったことか。
 時が経つにつれ、橘はチェロを純粋に楽しむようになり、潜入スパイという自分の身分に悩み始める。

 企業スパイものであり著作権問題を扱った作品ではあるけれど、主眼は、人と人のつながり、親しくつきあううちにはぐくまれる信頼というもの、そして、裏切り。
 橘はやむをえず上司の命令に従っただけなのだけど、自分がしたことに傷つき、他人も傷つけることになる。
 橘が悪いのかというとそうではないのですよね。彼はあくまで命令に従っただけ。しかも法的にもこちらの方に理がある。このあたり、なんとも言えない気分になりました。企業のおかげで、本来うまくやれていたはずの当事者どうしがただ傷ついている、ということ。

 この音楽教室に生徒として2年潜入、というのは、JASRACが現実にやったものなのですよね。
 このとき潜入した人が2年間どんな生徒であったのか、またどんな気持でいたのか……などはニュース記事からはわかるはずもないものだけど、もしかしたらこの人もひそかにつらく苦しい思いをしていたのかもしれない。ニュースなどではわからない人の気持や事情というものが必ずあるはず。

 実際にあった事件からこの作品を着想したのは間違いないところですが、潜入捜査員の内面に着眼し、人と人の信頼と裏切りというテーマにもっていったところにハッとさせられるような良作でした。

 人とのつながりをもつのが苦手な橘のその人物像もよかったですね。少しずつ……チェロとこの事件を経て橘は少しずつ変わっていく。それは最後に、「だけど、その予感は外れた」という浅葉の言葉に現れる。

 ただひとつだけ、ラブカにつなげすぎなのが少し気になりました。講師がたまたま選んでくる曲がラブカ。上司の話がラブカ。そして、アレもラブカ。
 ……とはいえ、この作品の中では、有名な曲ということになっているのかな。それならあまり違和感はないといったところでしょうか。
 そして、ラブカから引き出される真っ暗な深海のイメージは、確かに魅力的でした。



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