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博士の愛した数式 創造のネタ
「俺、死んでんねん。」開口1番のお言葉。「生きてるように見えますが…。」マジマジと顔を見ながら返事をする。
介護士として仕事をして久しく、慣れた仕事に最初の感動も段々と薄れてきているが、利用者様との会話はやっぱり楽しい。
今朝も普段は言葉少ない利用者様が活気を帯びて、多弁になられている。朝起床介助のために居室におもむくと、ベッドの頭元から、私の方に顔を向け、手を差し出しておられる。ハイタッチをしてから、早々に起床の支度を始める。
「夢でも見ましたか⁈」と尋ねると、「俺死んでんねん。」と繰り返される。
足の裏をくすぐると、「痛い。」とおっしゃる。同じように足をゆっくりさすっても、しっかり歩行されている方は”くすぐったい”と言われるし、歩行を殆どされない方は、”痛い”と言われる。「痛いのは生きてる証拠。歩いていない証拠。しっかり足に力入れて立ってもらいましょうか。」と、布団をめくると、「俺はもう、死ぬねんわ。」と、またおっしゃる。「私の見立てでは、そんなに顔色の良い方は直ぐには死にません。〇〇さんは、今まで人生を謳歌してはったから、身体が動きにくいことに不自由を感じてはるのかも…」とお伝えすると、手で何かを揉むような仕草をされる。かなり女性にモテた武勇伝を持っていらっしゃる方。ワールドワイドなモテぶりの話は本人様の表情を明るくする。「はーい、それは夢の中でお願いしまーす。元気。元気!さぁ、起きますよー。」笑っておられる利用者様の両手をガードしながらベッドから車椅子への並行移動をする。
この利用者様は筋肉質の重い身体をしておられ、自分では何もやる気がなく、膝を曲げたままぶら下がり状態の足。ほぼ全介助で車椅子に移る。つま先でもご自身の足で踏ん張って下されば、介助も少しは助かるんだけど…
施設には認知症の方も多い。まるで、小泉堯史監督の『博士の愛した数式』のように、時がある一定の時間で止まっておられる方も見受けられる。短期記憶がないために、毎日が新しい1日。毎日おんなじ事、おんなじ会話を繰り返される方もいる。若年性認知症で若くして入所される方も、まだら認知症で、自分で自分が怖いと不安になられる方も、突然、気分が変わり凶暴になられる方も…様々な認知症状をお見受けする。
レビー型は幻覚を見る。殺人事件が起こっていたり、大量の虫が大発生していたり…大騒ぎされる。そりゃ、怖いよね。殺人も虫の大群も…
認知症の方もそうでない利用者様のお話も、どの方のお話も聞くことが大好き。特に日勤帯で働いていた時分は利用者様のお話を聞くのが楽しみだった。入浴時や、離臥床、ちょっとした隙間時間など、時間は幾らでも見繕えた。
今は自分の自由な時間を確保したいために夜勤専属勤務をしている。出勤日数も少なく、寝て頂くのが仕事となり、皆様が寝静まると職員も休憩がとれる。朝は、全員を朝食に間に合うよう、起床に忙しくて、話す時間も少ない。
私にとって利用者さんのお話はパラレルワールド。戦中、戦後、高度成長時代、時代の激動を生きて来られた方々。朝の連続テレビ小説を生語りで聞くようなリアルさがある。
自分では生きない時代背景に生き、人生の悲喜こもごもを懸命に生きられた、生きた時代の代弁者。私は利用者様の話に触発される。利用者様は1番素敵であった自分のことだけは忘れない。だけど、その前後の記憶の欠落が大きい。私は続きや、細部が聞きたいが大概聞けない。だから、欠けた記憶のピース、隙間の穴埋めに創造力を膨らませる。
いつか、時代もののシリーズで描いてみたいと思うような素敵な話ネタを胸に刻んである。
利用者様は、年齢を重ね、身体の自由が効かない方が多い。気持ちはみんな若いが、思うように動けないせいで、時に気力を失い、早くお迎えが来ないかと話される。生まれ変わったらまたしたいことがあると話される方も…けれどどんな方でも、寿命を全うするまで生きなければいけない。私たち職員は、日常の基本的なお世話の他、人間同士の温かい眼差しや笑顔を添えて利用者様に触れ合って、最後の余生を安心して過ごして頂きたいと思っている。
“神これを創り給へり蟹歩む”
皆様が幸せでありますように
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