絵本出版工房をたずねて ~絵本づくり体験レポート~
物語をさがして vol.18
出版社の人間がスキルゼロから本気で絵本を作ってみた
ある日、ポストにこんなDMが届きました。
三恵社は名古屋に本社のある、今年で創業53年の出版社。東京にも事業所があります。
一般書籍やテキストの刊行を行うほか、絵本出版工房もあり、少部数からの絵本出版企画でクリエーターを支援・輩出したり、企業向けの絵本制作を通じてPRやメッセージを伝えたりとあたたかくユニークな事業を展開されています。
私も絵本『おつきみどろぼう』『ゆうやけどろぼう』の出版をはじめ、お仕事でも大変お世話になっています。
さて、DMのキャッチコピーでは
「出版社の人間がスキルゼロから本気で絵本を作ってみた」
と銘打ってありますが、そうは言っても絵本作りのプロ集団。きっと楽しい試みがあるに違いなく、わくわくしながら三恵社で開催の展示会に出かけました。
今回の展示は、三恵社にこれから生まれようとしている絵本教室の第0期生として、社内のスタッフ(営業・編集・デザイナーなどの方々)が教室の講座生となり、絵本を1冊完成した、その展示会として企画されたのだそうです。
講師の先生も三恵社の絵本作りのプロですが、この教室の開校に先立って1年間、絵本講座で学ばれたのだそうです。
展示の棚には完成した絵本がズラリ!
絵本作品は色とりどりで興味を惹かれます。
これから、こんな楽しい絵本が仕上がるような絵本教室ができるのかと思うとわくわくしてしまいますね。その中から、ちょっとだけ絵本を紹介します。
『言っておきたいことがある』 作 キマ
木全社長の絵本です!表紙の背中がなんとも味わいがあります。父からお子さんへのメッセージという形ですが、「目の前の人を 喜ばせることができる人に なるように」というメッセージがまっすぐに伝わってきて、自分にとっても心に響く内容でした。
『うちのこ はるちゃん』作 つよポン(写真左)
こちらも、表紙のはるちゃんのまなざしが印象的。家族のように愛らしい、保護猫のはるちゃんとの生活を描いた作品でした。描き方も、写真の撮り方も、とてもいとおしくてたまりません。つよポンさんはよっぽど猫を愛していらっしゃるのでしょう。ですがプロフィールに「実は猫アレルギー」とありました。なかなかうまくいかないものですね。
『恐竜のラジオ局』作ドッピー(写真右)
恐竜の時代、DJティラノが語るラジオ局。そんなロマンチックな世界が描かれます。そして恐竜の絶滅・・思いもよらない設定なのですが、ついラジオに聞き入るように引き込まれてしまいます。絵本の力はすごいですね、
『コミュフル』作ZAWA(写真左)
センシティブなタッチ、色使い。そうそう、こうやって人間関係を推し量ったりしながら難しく考えてしまうことってあります。そっと共感したり、気づきをもらったり、こういうことってあるよね、と共有したりできる心模様を描いた素敵な絵本だと思います。
『どうしてダメなの?』作ミートくん(写真中)
ワンちゃんに食べさせるといけないものを子どもにも分かりやすく伝えています。意外に大人でも知らないことがあって、そうなんだ?そうなんだ!とひとしきり驚きつつ読了しました。身近な家族や飼い犬がモデルになっているせいか愛情がひしひしと伝わってくるようでした。
『まりちゃんち』作ナカノサン(写真右)
デザイナーのナカノサンの描く絵は魅力的で、落ち着いたあたたかな色合い。初めて見るのに懐かしいような感じもします。まりちゃんが幽霊一家とでくわすシーンはどきどき。絵柄も楽しくて心躍りました。
通常の業務もこなしながら、勉強をして、1冊の絵本を仕上げることがとても大変だったと営業・編集の林さんがおっしゃっていましたが、どの作品も読みごたえがあり、出版社のさすがの本気を感じました!
そのほかの絵本展示もご紹介。
ほんとうに、たくさん心が動いて、とても勉強になる展示でした!
三恵社製本体験
展示のほかにも製本工場の見学と体験ができました。
一度拝見したいと思っていた製本の工場、格好のチャンス到来です。
印刷、製本はこの建物で行われています。レトロで素敵な雰囲気でしょう?
さて、最新のオンデマンド印刷機で刷られた原稿を製本していきます。
印刷された絵本の原稿はまだトンボ(カットする目印)がついて余白がたくさんあります。本文の全ページを1セットに組んだものを、中心のところでミシン掛けします。
本に合わせた設定がされているので足を踏むだけではあるのですが、一冊ずつの手作業です。ビビると紙送りがゆがみ、コツをつかむのにしばらくかかりました。
この後本文は完成サイズに裁断され、中央を折って中身が完成します。
表紙の裏側に糊付けをし、台紙を貼り付ける工程です。
スケールがあるので定位置に台紙を置けるようになっていますが、これも1冊ずつの手作業。紙の折り返しもこの台でできるようになっています。
四隅の紙の重なるところは、ヘラでていねいに織り込み、ぐしゃっとならないようにひと手間をかけています。
表紙が完成したら、本文と接着します。
まずは背表紙に糊付けをし、表紙を逆さにします。
下にセットしておいた本文が機械で上にせりあがってくるのを待ち受け、背表紙の真ん中で受け止めて接着します。
表紙と見返しが、いいバランスでくっつくように全神経を集中させなければなりませんでした!
この後、背表紙の溝をしっかり圧着・整形して、絵本が完成します。
絵本工場には工夫され、洗練されたプロの道具がありながらも。基本的には、手作りで1冊1冊、製本をするということには変わりありません。自分も絵本企画の提案用にダミー本を作ったり、遊びで豆本を製本したりということはよくありますが、それと基本的にはまったく同じなのが驚きでした。
思いのほか、人の勘が頼りで、集中力や丁寧さが問われる職人仕事なのでした。
家に帰ってきてからも三恵社絵本を開いたり閉じたりしながらこれまでの「あたりまえ」が急に普通ではなく感じられるようになりました。教えてくださったのは、大窪さん。本当にありがとうございました。
「返本or実売」(デッドオアアライヴ)
なんと、三恵社は本だけを作っているのではありませんでした。社内には「ボドゲ部※」なるものがあり、新しく考案したというカードゲームも体験してきました。 ※ボドゲ=ボードゲーム
その名も「返本or実売」(デッドオアアライヴ)
なんと、『返本』のリスクを減らしつつ、『実売』を増やすという、ハラハラドキドキの出版社体験ゲーム!
私も体験させていただきました!
書店のリクエストを受けて、手札からどのジャンルを出版するか考え、ジャンルがほかのメンバーと被ったか、単独だったかによって、アクションカードを獲得。
出版すると、返本があったり、実売があったり。大当たりの実売×2があったり!
なんと、私の会社は本をいちばんたくさん売り、ゲームに勝利しました。起業しようかな。
写真は、ゲームの開発に携わった片山さん。
こちらは、東京ビッグサイトにて開催されたゲームマーケット2022春に初出展、新商品としてお披露目、販売が行われ、多くの方が購入されたのだそうです。
ゲームマーケットでは、書店員さんが、「返本ですか!?」と強く興味を示されお求めになられたエピソードもお聞きしました。業界人の心をとらえるゲームに間違いありません。
私も、ふだんはイラストやお話といった作品づくりのことばかり考えているのですが、書物になって、それを実際に流通・販売することまではうまくイメージできていませんでしたので、とてもいい体験になりました。
Café de Nyalista(ニャリスタの喫茶店)
ほかにも面白いものを発見!
それは・・・・
ネコミミコーヒーフィルターの“ミィミ”.
ちっちゃいミミのついたコーヒーフィルターです。(写真右)
そういわれてみるとフィルターの形は猫の顔にそっくりのような気がしてきました。
こちらは今年8月に行われたクラウドファンディングで実現した、遊び心あふれるアイテム。その際のリターンには、このネコミミフィルタのほかに、オリジナルコーヒー(富士コーヒー株式会社・写真中央)、絵本「マロンとアリサ」(写真左)のほか、ポストカードやジュート製のかわいいバッグもありました。
私も“ミィミ”を手に入れてきましたので
家に帰って、ゆっくりとコーヒーをいただくことにしました。
手に取ってみる「本」は、ますます豊かに
本を読む人が少なくなったとか、読書離れだとか、そんな話も聞きますが、手に取って見る「本」はデジタルなどの進化によって変化する中でもその本質は決して消滅はせず、ますます楽しく豊かに発展を遂げていくのではないでしょうか。
そしてそれは、とっておきの「物語」や「情報」を届けよう、広めようとする企画者・編集者・出版社の熱意あってのものなのだなと改めて実感し、私も一読者・一制作者としてこのエンターテインメントの一翼を担っていきたいなと思ったのでした。「本気」で。しかし、「遊び心」を忘れずに。
そんなことを教えてもらった展示会でした。
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