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黒崎リク『呪禁師は陰陽師が嫌い 平安の都・妖異呪詛事件考』 世間知らず呪禁師と将来の大陰陽師が挑む怪事件

 今なお衰えを見せない人気の陰陽師ものの中でも、本作は少々変わり種――というよりも、正確には陰陽師ものではなく呪禁師もの。呪禁の技を操る外法師の青年・竜胆が、若き陰陽師・賀茂忠行に引っ張り回されて都を騒がす怪事件に挑むという、いささかユニークな物語です。

 京の外れの化野でひっそりと暮らす青年・竜胆。腕は確かですが人付き合いが苦手の彼は、育ての親であり、数年前に姿を消した千種から伝えられた技で、人々を癒す薬師を営んでいます。
 しかし、彼が師から伝えられたのは薬師の技だけではありませんでした。実は呪禁師の末裔だった千種から、竜胆は今では禁忌とされている呪禁の技をも伝えられていたのですが――彼は過去のある事件を機に、自らに呪詛を行うことを厳しく禁じていたのでした。

 そんなある日、竜胆のもとを、賀茂忠行と名乗る陰陽寮の学生が訪ねてきます。彼は物の怪に憑かれたという権中納言のために祓を行ったものの、その最中に権中納言の容態が急変し、もがき苦しんだ末に息を引き取ってしまったというのです。その責任を問われ、真相を突き止めようとするも陰陽寮に味方がいない彼は、腕利きの外法師として知られる竜胆を頼ってきたというのですが……

 そのおどろおどろしい字面もあってか、あまり良いイメージのない、いやむしろ悪役が使う技という印象すらある「呪禁」。しかし本来呪禁は、道教由来の呪いに対する防御的な術としての性格を持ち、奈良時代には典薬寮所属の呪禁師・呪禁博士・呪禁生が設置されていたという、れっきとした国の機関だった過去があります。
 もっともその後、厭魅や蠱毒との関わりから危険視されるようになり、さらに陰陽道の台頭もあって、取って代わられるような形で呪禁師の制度は廃止されてしまったのですが――本作はこうした史実を背景に展開されていきます。

 この歴史を呪禁師側から見れば、彼らが「陰陽師が嫌い」というのも無理はないように思えます。しかし本作ではその呪禁師の流れを組む主人公・竜胆が、後世にまで名を残す陰陽道の大名人(の若き日)である賀茂忠行と心ならずもコンビを組み、様々な呪詛絡みの事件に挑むことになります。
 しかし呪禁師と陰陽師の因縁に加えて、竜胆は非常に大雑把にいえばいわゆる陰キャ(愛宕山の天狗やら信太の森の葛葉狐やら、人間以外の友達はいるのですが……)で世間知らず。一方、忠行の方は口八丁の上に、竜胆を利用する気満々――と、何か起きない方がおかしいわけで、物語は、都で起きる怪事件に、忠行に無理矢理引っ張り出された竜胆が挑んでいくのが基本スタイルとなります。

 この二人のちょっとおかしなやりとり(というか忠行の一方的な振り回し方)が本作の特色の一つではありますが、しかし副題の「妖異呪詛事件考」が示すように――そして呪禁師である竜胆が絡むことからわかるように、本作を構成する全三話は、非常にシリアスな内容が並びます。(特に第二話は、子供好き・猫好きの方には事前に注意が必要なほど、辛い内容です)
 そもそも竜胆自身、法では禁じられた呪禁師であるために表に出にくい身分であり、また上で述べたように、基本的に忠行に利用される形であるために、本作の読後感はいささか重いことは否めません。

 それでも本作には、人を呪うという行為を決して肯定しない、竜胆の強く真っ直ぐな心が、大きな救いとして存在します。
 本作では、呪詛は弱き者がすがる最後の手段として描かれていますが、しかしそれは決して人を救わない――いや、それどころか苦しむ者をさらに苦しめるものであると竜胆は考え、それ以外の道を求めます。そして、そんな彼の姿は、いつしか忠行の心を大きく動かすのです。

 物語的には、第三話に同じく呪禁師であり、竜胆のことをもよく知る道摩が登場(ちなみにこの道摩、やっていることは明らかに許せぬことながら、単純に悪人とは評しがたい個性の持ち主なのが面白い)。そして数年前に竜胆の前から姿を消した千種の真実が語られ、物語は大きな転機を迎えることになります。

 敬愛する師の真実を知りながらも、なおも真っ直ぐ歩もうとする竜胆の、そして忠行のこの先はどうなるのか――特に序の描写を読むと強く感じます。2020年の刊行から数年が経過した今でも、続編を読みたいと思わせる作品です。


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