未発見死体の謎を解け! 山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から』
『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズ最新刊は、何と現代の四ツ谷で発見された江戸時代の人骨を巡る捜査。ちょうどおゆうの活躍する時代で起きたらしい殺人事件を調査することになったおゆうですが、事件は謎が謎を呼び、意外な方向へと展開していきます。
現代では元OL、江戸時代では腕利きの女岡っ引きであるおゆう。彼女がコロナ禍の現代の東京で友人の宇田川から見せられたのは、四ツ谷の工事現場で発見されたという人骨でした。
刺し傷があり、謎の金属片とともに埋まっていたその人骨は、年代測定の結果、ちょうどおゆうの活躍して頃に殺されて埋められたと思しいというのです。
科学分析でいつも世話になっている宇田川の頼みだけに断れず、江戸時代の四ツ谷近辺を調べ始めるおゆうですが、その辺りは武家屋敷も多く、さっぱり収穫はなし。その上、周辺を縄張りにする悪徳岡っ引きに目をつけられる始末です。
そんな中、同心の伝三郎から、行方不明になったという紙問屋の若旦那探しを頼まれたおゆうですが――その若旦那には旗本の奥方と不義密通したという噂があり、しかもその旗本の屋敷は四ツ谷にあるというではありませんか。
いやな予感に調べてみれば、奥方は若旦那が行方不明になったのと同じ頃に変死していたという事実が判明。しかしそれ以上の調査は進まず、おゆうは人骨と一緒に発見された金属片の方を追うことになります。
奔走した結果、金属片の出処らしきものが明らかになり、関係する人間を追うおゆう。しかしその矢先、彼女は何者かの襲撃を受けて……
これで十一作目となる本シリーズですが、なんと言っても今回の最大の特徴は、現代で発見された江戸時代の殺人の遺体と遺留品から事件を解明するという趣向でしょう。
(発見された遺体がおゆうの時代のものというのは都合のよい事実かもしれませんが、それは物語の大前提として)
タイムパラドックスは存在しない、つまり歴史は変えられない世界なので、殺人を防ぐことはできないのですが、せめて犯人を捕らえ、この時代ではまだ見つかっていない死体の謎を解くことはできるかも――といっても、もちろんそれが容易いことではないのはいうまでもありません。
失踪した紙問屋の若旦那がその遺体なのかと思えばどうやらそうではなく、しかしその失踪事件が密接に絡んで、事件は複雑化していきます。
元々この件はレギュラーの宇田川が持ち込んだものですが、彼が黙って見ているはずもなく「千住の先生」として江戸に乗り込んできた挙げ句、彼をライバル視する伝三郎と角つき合わせたり――と、シリーズファン的にも楽しい展開が続きます。
そんな紆余曲折の末に、事件の背後の巨大な犯罪の存在が明らかになるのですが、それが時代ものにはありそうであまりなく、それでいて現代人にはすぐに理解できるもの――真面目な話、これを題材にした時代小説は、今までほとんどないのでは――なのにも感心させられます。
(ここでおゆうの元経理部という経歴が生きるのも楽しい)
しかし相手のしていることはわかっても、まだまだ硬い犯人の壁を突き崩すために、おゆうたちが取った手段とは――これがまたちょっと豪快すぎて驚くのですが、これはもう現代が発端の事件だからと思うことにしましょう。
その果てに本物が――とか、今回の事件がとんでもないところに繋がったりと、暴走気味のオチも、これはこれで実に愉快ではあります。
シリーズ恒例のラストも、おゆうを巡る鞘当ての要素が加わったことで、思わぬ方向に展開したりと、シリーズの巻数が二桁を数えても、まだまだこういう盛り上げ方もあるのか、と全編に渡って楽しめる快作です。