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助産師と陰陽師、新たな命のために奮闘す 木之咲若菜『平安助産師の鬼祓い』

 古今東西を問わず、新しい命のために心身を振り絞る一大事である出産。本作は、平安時代を舞台にその出産を助ける助産師を主人公とした、第6回富士見ノベル大賞入選作です。産神の祝福を授ける助産師の異名を持つ少女・蓮花が、青年陰陽師・安倍晴明と共に難事に挑みます。

 関わるお産は安産になることから、年若いものの「産神の祝福を授ける助産師」と周囲から呼ばれる典薬寮管轄の「助産寮」所属のの助産師・蓮花。実は彼女は、生まれつき体の内外に蠢く微細な「鬼」が視える特異体質の持ち主でした。
 そんな彼女は、あるお産で、妊婦に巣食った鬼に手を焼き、祈祷の手伝いに来ていた陰陽師の青年――安倍晴明に助けを求めたことをきっかけに、彼と知り合うのでした。

 そんなある日、蓮花はその評判を買われ、異例の抜擢を受けることになります。帝の子を宿した女御――右大臣藤原師輔の娘・安子の出産の担当として、彼女は指名されたのです。
 ただでさえ気性が激しいと噂される上に、その直前に師輔のライバルである中納言・藤原元方の娘が男児を出産し、プレッシャーに悩む女御。しかしその姿を垣間見た蓮花は、女御を心身ともに支えることを改めて誓います。

 そんな中、宮中で鬼を操る怪しげな男を目撃し、彼が女御に害意を抱いていると知る蓮花。自分の力の秘密を見抜き、晴明の過去をも知るらしいその男に対するため、蓮花は晴明に助けを求めます。
 しかし謎の男の邪悪な罠は蓮花に迫り、彼女は思わぬ窮地に……


 最近の中華風/和風ファンタジーのトレンドの一つと言ってもよいと思われる後宮医術もの。様々な意味で題材に事欠かない後宮を舞台としつつ、お仕事小説的な色彩を与えられる(そして過度に性愛的な要素を避けられる)点が理由かと思いますが――それはさておき、本作もその系譜にある作品といえます。

 しかし本作の特にユニークな点が、その医術が産科であることなのは言うまでもないでしょう。子供を産むという後宮の最も重要な役割に密着しながらも、物語の主役として描かれることは少ない、お産を助ける存在をメインに据えることで、本作は独自のドラマ性を――出産そのものの困難さに立ち向かう主人公の奮闘と、皇位に関わる赤子の出産を巡る陰謀劇を、並行して描くことに成功しています。

 そして本作がさらにユニークなのは、主役級のキャラクターとして安倍晴明が登場していることからわかるように、本作が「和風」の異世界ではなく、史実を背景にしていることでしょう。
 もちろん、史実には平安時代に助産師という役職はなかったわけで、その点は大きなフィクションではあります。しかしそこは物語の根本を支える大きなifと考えるべきでしょう。
(なにより、陰陽寮の陰陽師がいるのだから助産寮の助産師がいても、というのには妙な説得力があります)

 しかし本作が魅力的なのは、設定や物語展開の妙もさることながら、主人公である蓮花のキャラクターにあると感じます。
 生まれつき人間の体内の「鬼」を見ることができるという異能を持ちながらも、それに頼るのではなく、自分の仕事への熱意で――かつて経験した悲しい出来事を背負い、無力であった自分を乗り越えるために、そして何よりも同じ悲しみを感じる人を一人でも減らすために、彼女は助産師として奮闘します。
 そんな彼女の真っ直ぐな部分は、一歩間違えれば息苦しくなりかねないところですが、適度に抜けた部分を描く筆も相まって、素直に共感できる、思わず応援したくなるキャラクター造形になっていると感じます。

 そしてそんな彼女に興味を抱き、力を貸す晴明のキャラクターも、他の作品のそれとは異なる独自の設定なのですが、蓮花の人物像と共鳴し合い、本作ならではのハーモニーを生み出しています。

 なお、本作に登場する「鬼」は、いってみえば人を病にするという「疫鬼」に近いものなのですが、描写的にはむしろウィルス的な存在なのがユニークです。
 そのため、蓮花の対処も、むしろ衛生的なそれであったり、陰陽師たちの鬼を祓う術がウィルスごとに違うワクチンを用意することを思わせるものである点に不思議な説得力があり、面白いところです。

 というわけで、類作が多い題材を用いつつも、独自の設定とストーリー展開、好感の持てるキャラクター像が印象的な、完成度の高い本作ですが――これが作者のデビュー作であることには驚かされます。

 時代背景的にもまだまだ様々な題材が考えられるだけに、ぜひ続編にも期待したいところです。


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