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三つの怪事件 旅の新たな同行者の正体は? 神永学『月下の黒龍 浮雲心霊奇譚』
年末に『浮雲心霊奇譚』シリーズの最新巻『邪鬼の泪』を読んだのですが、よく考えたらまだ前作の『月下の黒龍』を紹介していませんでした。丁度今月文庫化されることもあり、ここで取り上げたいと思います。幕末の心霊探偵と土方歳三の京への旅は、新たに二人の同行者を加えてなおも続きます。
腕利きの憑きもの落としとして知られる男・浮雲――白い着流しに赤い帯、墨で眼を描いた赤い布で両眼を覆った異装の浮雲は、赤い両眼で幽霊を見る能力の持ち主であり、優れた洞察力を持つ男でもあります。これまでは江戸で気儘に暮らしてきた浮雲ですが、ある出来事をきっかけに自分の出生と向き合うことを決意し、腐れ縁の薬売り・土方歳三と共に京に向かうことになります。
前作の長編『火車の残花』では、川崎宿で起きた怪事件を才谷梅太郎と共に解決する姿が描かれました(集英社の「青春と読書」のサイトに私の紹介文が掲載されています)
一方、本作は全三話の連作形式で、新たな旅の仲間との出会いが描かれます。
箱根で、怪我をした遼太郎と名乗る青年と出会った浮雲と歳三。森の中で歌う女の生首に追いかけられ、逃げるうちに斜面から落ちたという遼太郎を加え、廃寺で雨宿りすることになった三人ですが、そこには四人の様々な身分の男女が先客としていました。
その晩、先客の一人が首を切り離された死体となって発見され、犯人として捕らえられた遼太郎。以前山賊から助けた旅芸人の娘に助けられ、その場から逃れた遼太郎ですが、再び女の生首が現れ……
箱根の関所を抜けようとした末に捕らえられ、首を斬られた娘・お玉の伝説。第一話「生首の陰」はそのお玉が化けて生首となった――というシチュエーションでの殺人事件の謎解きと、新キャラクターである遼太郎の紹介が描かれます。
この時点では氏素性は不明ながら、ある理由で追っ手から着の身着のままで逃れてきた遼太郎。初対面で皮肉屋の浮雲に絡まれても、冷静に反論できる聡明さを持つ遼太郎ですが、しかし本作に相応しいある特徴を持っていることが語られます。
それは、幽霊を見る力を持つ――だけでなく、幽霊に憑かれやすい体質であること。かくして以降の各エピソードでは、この遼太郎の体質(?)を踏まえて、一行が怪事件に巻き込まれ、解決していく様が描かれます。
第二話「絡新婦の毒」では、三島宿を騒がす絡新婦の怪――男たちが次々と干からびた死体となって発見されるという事件に遭遇した一行がその謎に挑むことになります。
そして、第三話「黒龍の祟り」では、かつて高潮の被害を受けてきた吉原宿で、かつて息子を黒龍の生贄にされた女と出会ったことをきっかけに、遼太郎の身に危険が迫る様が描かれます。
さて、本シリーズの特徴は、もちろん浮雲や遼太郎のように幽霊を見ることができる人物が登場する――すなわち、幽霊が実際に存在する点にあります。しかし、それだけでなく、浮雲は幽霊を見ることができるのみで、祓うことができるわけではない点に注目する必要があります。
それでは浮雲はどうやって憑きもの落としをするのか? それは彼がその洞察力によって、幽霊の心残りを解き明かし、それによって無念を晴らすことにあります。そこに本作がミステリとして成立する余地があるわけですが、さらに遼太郎が取り憑かれた幽霊の記憶を共有することができる能力を持つことで、ドラマ性が高まっているのが印象的です。
(この辺りは、一歩間違えれば便利すぎてミステリとちょっと相性が悪いようにも思いますが、遼太郎はあくまでも断片的にしか触れることができないという形でセーブされています)
そして本作におけるもう一つの謎、遼太郎は何者なのか、なぜ追われるのかという点については、第三話で明かされるのですが――さすがにそれは予想しなかった、と言いたくなるような意外なものとなっています(同様の趣向の作品はこれまで見た記憶はありません)。
それだけに個人的には驚きの方が先立ち、感情移入はちょっとしにくかったのですが――しかし浮雲や様々な事件との出会いが、少しずつ遼太郎を変えていくという展開は悪いものではありません。特に浮雲が遼太郎に見せる態度は、浮雲というキャラクターの魅力を改めて描いたものとなっているのも印象的です。
実は遼太郎の正体は、後々、歳三たちとも因縁がないわけではないのですが――その辺りの関係性も含めて、この先の物語に気になる点が増えたというべきでしょう。
ちなみにもう一人、本作の第二話から、これまでもシリーズに登場していた宗次郎――言うまでもなく後のあの人物が登場するのですが、まだ十三歳ということもあり、歳三とはまた異なる剣士キャラとなっているのも楽しいところです。