武内涼『あらごと、わごと 呪師開眼』超能力バトル! 「立ち向かう者たち」を描く平安伝奇開幕編
大作『謀聖 尼子経久伝』など、近年は歴史小説での活躍も目立つ武内涼。しかし作者の原点にしてもう一つのホームグラウンドは、時代伝奇小説であります。この六月に続編も刊行された本作は、居丘ど真ん中の超伝奇活劇――平安時代を舞台に、数奇な運命に立ち向かう二人の少女の物語が始まります。
平安時代中期、常陸の豪族・源護の館で働く少女・あらごと。幼い頃に何者かに故郷を襲われた記憶を持つ彼女は、流浪の末に常陸に辿り着いたものの、下女として過酷極まりない毎日を送ることになります。
折しも館では、不気味な犬の遠吠えが聞こえた後、下人・下女が消えるという噂が流れ、高まった不安は騒動に発展。その渦中で大犬の忌まわしい正体を知ったあらごとは、窮地の中で、触れずして物を動かす力をはじめとする謎の力に目覚めるのでした。
同じ頃、京で暮らすあらごとと瓜二つの少女・わごとが仕える女流歌人・右近の屋敷では、呪詛による怪異が発生。魔を祓うために現れた高僧・良源は、わごとに常人と異なる力の持ち主・呪師であることを見抜きます。
一方、京では呪師の才能を持つ子供たちが次々と行方不明になる事件が発生。その背後に巨大な魔の存在を感知した良源の師・浄蔵は、良源にわごとの護衛を命じます。しかし時すでに遅く、魔の手は彼女の周囲に迫り……
実に文庫本で600ページ強と、相当のボリュームにまず圧倒される本作。そこで描かれるのは、その量にふさわしい質の、圧倒的なパワーを放つ伝奇活劇の序章です。
本作のサブタイトルに冠された「呪師(のろんじ)」――本作におけるそれは、呪禁師とも呼ばれ、常人にはない異能・通力によって、人ならざる魔と戦ってきた者たちを指します。
作者はこれまで発表してきた時代伝奇小説の多くで、人の世を窺う魔と対峙する異能者たちの死闘を描いてきましたが、本作もその系譜に属する作品です。そして本作の主人公である二人の少女もまた、この異能者――呪師であることは、いうまでもありません。
しかし本作がこれまでの作品と一風異なっているのは、その異能が術法や技能というよりも、むしろ超能力というべき力であることでしょう。
そう、本作で展開するのは、まさに超能力バトル――懐かしさすら感じさせる言葉ですが、本作のそれは、作者ならではのシビアかつ無駄を削ぎ落とした筆致で以て、「今」の作品として違和感を感じさせません。
そしてこうしたバトルを更に盛り上げ、そして同時にこのバトルによって盛り上げられるのは、巧みに史実を踏まえ、巧みに実在の人物を盛り込んで展開する、伝奇物語としての面白さです。
実に本作の登場人物の多くは、実在の人物です。あの人物がこんな役割を、この人物にはこんな秘密が――というのは伝奇ものの醍醐味ではありますが、本作に次々と登場する人々の使い方の面白さは、まさに伝奇を知り尽くした作者ならではと感じます。
特にわごとを助ける強力な呪師が浄蔵と良源というのは、彼らの逸話を考えればこれ以外ないはまり役というべきでしょう。そしてまた、あらごととわごとの前に立ちふさがる魔人の名も、日本における魔の系譜を考えれば、納得するほかありません。
しかし本作は実在の人物たちを配した派手な伝奇活劇を描きつつも、同時に作者ならではの視点で、物語を描き出します。
それは弱者を顧みない権力者たちへの怒りを克明に描き、その暴戻に立ち向かう人間たちに寄り添う視点――時代伝奇小説だけでなく、作者が歴史小説においても常に持ち続けてきたこの視点は、本作においても健在です。
いや、それは本作の主人公が、呪師として稀有な力を秘めつつも、しかし肉体的・社会的にはか弱い存在に過ぎない二人の少女であるからこそ、より鮮烈に感じられるというべきでしょう。そしてその視点は、下女として人間扱いされない暮らしをしてきたあらごとの物語において、より強く感じられるのですが――その先であらごとを助ける人物の名を見れば、納得できるものがあります。
その名は平将門――源護の名が出た時点で気付いた方もいるかもしれませんが、本作は実に、平将門の乱を描く物語でもあるのです。
本作の結末において始まった平将門の戦いが、あらごとたち呪師とどのように交錯していくのか――プロローグというべき本作では、それはまだわかりません。
しかしその先に待つものが、作者ならではの「立ち向かう人間」を描く物語であることは、間違いないでしょう。
続編も近日中にご紹介いたします。