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#小説
10号線のライムライト
午前二時、彼は今夜もあのバーから出てきた。薄手のコートを月風にはためかせて、細く長い影を伸ばす。私は彼のあとをこっそりと追いながら、ひたすら国道の乾いた風を浴びた。ときどきトラックが過ぎるたび、少し煙たい。
彼の名前はわかっている。住所も、職業も、生い立ちも、とうに調査済みである。それから、今夜飲んだカクテルの名前さえ。
彼の家は坂道の途中にある。そばに小さな神社がある。耳の遠い老婆の営むクリーニ
白いファンデーションの上で
東京に雪がつもったその夜に、私はいつもより早く仕事を切り上げて、雪化粧に色気づいた路面をぺたぺたと歩いて帰った。コンビニから漏れる灯りや車のヘッドライトを受けて、青春群像みたいな光のつぶが私の傘、頰、コートの裾をころがる。すれ違う貴婦人は眉を顰めて足元に視線を落としながら、一歩一歩を大事そうに踏みしめている。
駅に着くと構内は水びたしで、梅雨どきの渡り廊下みたいに居心地が悪かった。どうせ濡れる
私は春を抱きしめていたい
線路沿いをひとり歩く帰り道。左手のフェンス越しに電車が私とすれ違ったり追い越したりする。右手では鈍い灯りの古書店の、店先のワゴンの雑誌がめくれる。生ぬるい風だ。やっと、春がきた。
ホームには若い女性。疲れた顔をしている。ちらりと目があったがロマンスのかけらもない。鞄を抱きかかえるようにしてホームの先に立ち、電車のくるのを待ち侘びる彼女の後ろで、私は誰も腰掛けようとしないつめたいベンチに腰掛ける