1ばん素直な文章指南書 : 『読みたいことを、書けばいい。』 (読書ログ)
月に一度、文章術の学びを発信しています。
ものは言いようで、大半は文章教本の引き写しです。
文章教本はテクニックを伝えるものなので、比較的に要約が簡単です。
しかし中には、要約に難しさを感じる本があります。
例えば、近藤康太郎さんの『三行で撃つ』。高橋弘樹さんの『1秒でつかむ』。そして今回紹介する、田中泰延さんの『読みたいことを、書けばいい。』にも、同じ感想を抱きました。
本文の文章中に、”書き手”の性格が色濃く出ている本。要約することで情報は伝えられるけど、本の最も魅力である"情感"が抜け落ちてしまうと感じられる本。
だけどそうした、要約しがたい内容の文章教本こそ、書く楽しさ、書く難しさ、書くことの魅力を、読み手に深く伝えてくれたりするものです。
出版不況と言われる今に、発売2.5ヵ月で15万部を突破した大ヒット作。
その骨子をお伝えします。
はじめに - なんのために書いたか
本書では、「読者としての文章術」について書く。
筆者は電通でコピーライターとして働くなかで、なんとはなしに映画評やブログなど、文章を書く機会が繋がった。今ではそれが仕事になっている。
そしてそこに、「テクニック」は必要ない。
文章を書いて幸せになる方法として、次の原理を理解した。
「自分が読みたいことを書けば、自分が楽しい」。
本書では、「自分が読みたいものを書く」ことで「自分が楽しくなる」ということを伝える。
自分がおもしろくもない文章を、他人が読んでおもしろいわけがない。
だから、自分が読みたいものを書く。
偉いと思われたい。おかねが欲しい。成功したい。
目的意識があるのは結構だが、その考え方で書いても、結局、人に読んでもらえない。
誰かのために書くわけではない。「自分のために書く」。
第1章 - なにを書くのか
レポート、論文、メール、企画書。
それら問題解決や目的達成のために作られる書類は、「文章」というよりも、業務用の「文書」だ。
「文書」と「文章」は違う。
ブログ、コラム、書評、SNSへの投稿。
こうしたネットを開くと目に入る「文章」。
特定の目的がなく書かれるそれは、「随筆」と呼ばれるものだ。
随筆とは「事象と心象が交わるところに生まれる文章」。
モノ、コト、ヒト。事象と触れ合い、それに心が動いたときに心象は生まれる。
人は事象に触れ、心象が生まれたとき、文章を書きたくなる。そして、文章を読みたくなる。
事象を中心に記述されたものは、「報道」や「ルポタージュ」。
心象を中心に記述されたものは、「創作」や「フィクション」。
「随筆」はそのどちらでもない。
事象と心象の両方を、バランスよく詰め込む。
「随筆」という分野で文章を綴り、読者の支持を受けることで生きていくのが、いま一般に言われる「ライター」だ。
事象と心象のどちらかに傾きすぎてしまえば、それは「ライター」ではない。
第2章 - だれに書くのか
ターゲットなど想定しなくていい。
文章は、特定の誰かに「届けられる」ものではなく、不特定多数相手に「置かれる」ものだ。
書かれた文章は、まず最初に自分が読む。
自分が読んでおもしろくなければ、書くこと自体が無駄になる。
逆に言えば、誰かがもう言いたいことを書いているなら、無理に自分が書く必要はない。読み手でかまわないなら、読み手である方がラクだし、無理に同じものを作っても、自分が楽しくない。
今の時代、承認欲求を満たすために「書く」のは割に合わない。
なぜなら、自分が書いた文章などだれも読まないからだ。
依頼主がいて、掲載場所が用意された文章ですら、だれも読まない。
文章指南書には、よく「なにが書いてあるかが大切」と書いてある。
現実は違う。
「だれが書いたか」の方が、多くの人にとっては重要だ。
あなたが丹念に時間をかけて書いたローマの歴史は、有名人が書く「ロースカツ美味しかった」に絶対に勝てない。
逆に「まず有名人になって、エッセイを書いて売れっ子になりたい!」は、戦略的にはかなり正しい。
どうせ読まれないならば、知らない読者を想定して、喜ばせることを考えるより、まず自分が読んで楽しい気分になる文章を書く方が割にあうだろう。
文章を書いて満足かどうかは自分が決めればいい。
しかし、評価は他人が決める。
書いた文章は、時に誰かが褒めるし貶す。
褒められた際に、次も褒められようと思って書くと、だんだんと他人の顔色を窺って書くようになる。そうすると、文章を書くことで自分が楽しくなくなっていく。すると文章を書くことがイヤになってしまう。
他人の人生を生きてはいけない。
第3章 - どう書くのか
自分がおもしろいと思えるように書けばいい。
それが本書の一貫した主張だが、自分がおもしろいと思えさえすれば、必ず他人もおもしろいのか。
当然そうではない。
自分の内面を語る人はつまらない。
共感が得られていない限り、自分の内面を語っても、相手にとってはどうでもいい。
「随筆」は、最終的には心象を述べる。しかし述べる心象に興味を持ってもらうには、事象を提示してそれに興味を持ってもらう必要がある。
心象を語るには事象の強度が不可欠で、事象は常に人間の外部にある。
だから、ライターは「調べる」ことがまず大事だ。
ライターの考えは、全体の1%以下でいい。
その1%を伝えるために、99%のファクトがいる。
調べたことを並べれば、読む人が主役になれる。
強度をもった事象を提示するために、まずは一次資料に触れる。
ときには人を尋ね、先人の知識を頼る。
事象への理解を深める際に、「どこを愛せるのか」を明確にしていく。
感動が中心になければ、文章を書く意味はない。
「わたしが愛した部分を、全力で伝える」。
その気持ちで調べていく。
調べることは、愛することだ。
自分の感動を探り、根拠を明らかにし、感動に根を張り、枝を生やすために調べる。
愛と敬意が文章の中心にあれば、あなたが書くものには意味がある。
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最後までご覧いただきありがとうございました!
本書ではさらに、「なぜ書くのか」。WHYを伝える最終章へと突入します。
自分の要約ではかなりそっけない文体に見えると思いますが、
実際はユーモアとウイットに溢れた、読んでいて楽しい本でした。
そして、読みやすい。
流石、時代を代表する売れっ子ライターです。
そんな田中さんのベスト記事へのリンクも充実している点も、嬉しいところです。(かなりリンク切れてましたが…)
これは手元においてもいい一冊かなと思います。
これからも週に1回、世界を広げるための記事を書いていきます。
過去のライティング勉強シリーズはこちらに。
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どうぞ、また次回!
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