静けさが人を癒す :「このマンガがすごい」を探る - 『砂の都』 町田洋
漫画を読み終わった後、心に凪を感じたのは、
町田さんの作品が初めてだったと思う。
毎月に「このマンガがすごい!」受賞作を深掘りしています。
今回取り上げるのは、漫画界注目の俊英・町田洋 作『砂の都』。
多くのメディアで流れてくるのは、私たちに興奮を届けるメッセージ。
しかし、町田さんの作品はその逆。
神経の過剰な昂りを落ち着かせ、内省へといざなう作品です。
静けさを模っていく独特な作風。
その魅力を探っていきます。
◼︎あらすじ
◼︎語らないことを受け止める
作者である町田洋さん作品に触れたのは、『砂の都』の前作にあたる『夜とコンクリート』が最初でした。
こちらの作品も『砂の都』に引けを取らない、おそろしくシンプルで、しんとした作品です。
シンプルな線の作品は、他にもいくつかは思い当たります。
しかし中でも町田さんの作風は、抜群に静かで、軽い。
これ以上足せばうるさくなるし、これ以上に引けばそっけなさ過ぎる。静けさのスイート・スポットを、撃ち抜いてるとも思えるスタイルです。
町田作品をきちんと受け止めるには、この静けさに慣れる必要があります。
『夜とコンクリート』を初読した際、私は、
「なんなんだこの思わせぶりな作品は…」
と、ひどく短絡な感想がまず出ました。
皆さんは、そんな浅い感想で終わってほしくない。
皆さんの心の内に、「静かな表現」を感受できる島を設けてほしい。
さもなくば、私のようにアドレナリンを求めて彷徨う、やかましいだけの興奮ジャンキーに陥ってしまうから。
「あなたはあなたのままでいい」。
変わらないことを許す甘言は、対話を拒否する"動物"を育ててしまうような、危険な一面も残しています。
私たちは、絶えず変わっていく生き物です。
◼︎余白という心地よさ
ヤバいでしょ。これ。
なんかこのページ、とてもお気に入りです。
このページまでの流れを説明します。
「砂の都」が2年ぶりにオアシスの近くを通り過ぎ、人々が喜びの中で水に飛び込んでいく場面。
でも、主人公の"青年"は飛び込まない(名前が明かされないのでこう呼びます)。"青年"はかつてもそうでした。結婚式の2次会、人々が楽しげに踊っていたときも、そこに混ざれなかった。楽しげな人々に、"青年"は羨望を感じつつ。でも、今回も飛び込まない。やはり引け目であり続け、そんな自分を諦観とともに傍視しています。
そんなとき、"少女"(彼女も名前は不明)が後ろから一押し。
"青年"は服のままオアシスへと沈んでいきます。
その後が上のページ。
驚く"青年"に一声をかけ、クールに立ち去る"少女"…。
このシーンの何が良いかって、"青年"がひとつ変わることができたこと、ではなくて、「水に浮かぶ"青年"→呆然の後→水に浮かぶ自分の手を見て思案→その後、自分からもう一度水に潜る」 という、じっくりした時の流れです。
唐突な彼女の行動に対し、急いだ反応を見せるのではなく、自らを振り返り考える。
何もかもが加速し、絶えず情報が与えられる現代。
その結果、自ら考える時間を失い続けている現代。
このシーンはそんな時代に逆行する、落ち着いて自分自身が考える、じっくりした時間の心地よさを思い出させてくれます。
上のシーンで"少女"は、"青年"に変化と、それを咀嚼する時間を与えている。"青年"はそれをしっかりと受け取り、一呼吸の後に一歩踏み出した。
それは、本作が私たち読者に与えるものと本質的に同型です。
解釈を押し付けられ、自分の思考の余地が奪われる世界ではなく、ゆっくりと自らを見渡し、自分の考えを巡らせられる世界。
限定された情報と、与えられた余白。
この押し付けの無さ。ゆっくりと静かな時間の流れ。
心地よいゆとりのある空間が、『砂の都』には漂っています。
◼︎非定型の世界へ
ゆったりとした時間の流れを描く作品は、例えば日常系の作品にもあるものです。
「砂の都」では、人々は穏やかに生活を楽しんでいます。
しかし本作の持つ空気は、日常系の作品群が持つ、無毒で終わりのない、単純に平和な世界とは異なるものです。
平穏な暮らしのその裏で、街はゆっくりと動き、静かに変わり続けていく。
フィクションは時に理想を描くものです。日常系の作品には、「永続する平和な日々」への憧れが見え隠れします。
ですが『砂の都』は、その理想に留まることを許しません。
むしろ、流れ行くゆっくりとした生活に対する”永続性”への疑問、孤独が、ひそやかに作品に通底しています。
その雰囲気は、日常系よりも「終末もの」に近い。
例えば『ヨコハマ買い出し紀行』、『少女終末旅行』。
どちらも破局を迎えた世界の中で、「本当の終わり」が来るまでの、静かで穏やかな日々を描きます。
『砂の都』の優れた点のひとつは、「いつか終わりを迎える日々」という世界観を、「終末」という古くからある発明品を頼るのではなく、「砂の都」という独自のモチーフから展開するところにあると思います。
それは「終末」よりも身近で、フィジカルな重みがある世界。
その世界の中で、主人公たちはじっくり考える時間を持ちながら、変わる世界と自分に対峙していきます。
◼︎思い出と、崩壊
物語が大きく動くのは、最終話のひとつ前。
都を出ていた、天才小説家である「"少女"の姉」が、久々に帰郷してくるお話です。
姉は結婚と共に、家から、「砂の都」から出ていました。
久々の姉は、"少女"にとっては見慣れない、夫から借りた衣服に身を包んでいます。
そして夜には、穏やかに楽しげに、パートナーと連れ立って散歩に出るのです。
「お姉ちゃんが… 変わった…
前のお姉ちゃんは怒っていた
何か… 大きなもの
女という型に…」
"少女"は、久々の再会の後、変わっていた姉の姿を"青年"にそう報告します。
"少女"は、姉に憧れ、彼女を追うように小説を書いていました。
上の告白と作中のセリフから読み解くに、姉の書く小説は、抑圧される若い女性の怒り、鬱憤、反発を、描くものだったかもしれません。
それは大人になり切れない幼い"少女"を、強く惹きつけるものであったでしょう。
姉との別れの前、"少女"は自作の小説を、読んでもらうように迫ります。
変わらぬ憧れをぶつける妹に対し、変わってしまった姉は、それでも正直に自分を打ち明けます。
最後の姉のセリフは何を意図しているのか?
「いつかは消えてしまうもの」は何を指しているのか?
それは、小説そのものではなく、
当時の姉が小説に書き着けた、燃えるようにあった怒りではないでしょうか。
本作では、姉の小説のワンシーンを描いたと思われる一コマがあります。
そこは、雪が降る凍てつく世界。倒れた男に恨めしげな視線を投げかける、謎の美女が立つカットでした。
世界を恨み、世界に復讐を果たしたのであろう、暗く、冷たい空間。
でもその空気は、「今」の姉は持っていない。
笑顔で夜の散歩へと出向く姉に、かつての怒りは見えません。
「砂の都」は、崩れることが運命付けられている都市です。
その都市では、人の記憶から街が建ち、そして砂と同じくいつかは崩れていく。
人の思いもまた"砂"と同様です。
変わることがないと思えるほどの、激しい怒り、悲しみ、喜び。芯からの思いも、いつかは消えていく。
そして人もまた"砂"と同様です。
変わることがないと思っていた"青年"の引っ込み思案も、誰かの後押しと共に一変していった。
ゆっくり時間をかけ、変わっていく世界の清々しさ。
そして、ノスタルジア。
留まることを知らない「砂の都」で、"青年"と"少女"は最後に何を見出すのか?
ぜひ、本書を手に取ってみてくださいませ。
やっぱり、「このマンガはすごい!」
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最後までご覧いただきありがとうございました!
読み直して感想が変わる作品は稀有ですが、それを可能にしてくれたのが本作でした。
刺激を求めている時ではなく、温かい飲みものと一緒に、じっくりとした時間を過ごしたいときに読みたい一冊です。
ヒーリング・リーディング。
『砂の都』はわりと大衆の嗜好に耐えるポップさがありますが、より深い静けさを求めるなら『夜とコンクリート』も超・オススメします。
街の明かりも消えた深夜に読むならこの一冊です。
これからも毎週水曜日、世界を広げるために記事を書いていきます!
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どうぞ、また次回!