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”これまで”が急に遠い過去になった今、「危機」を捉え”これから”を掴む企業とは 【中編】

【特別対談】Business Insider Japan編集長 伊藤有氏 × 株式会社マクアケ 木内文昭(中編)​​

【スピーカー】
Business Insider Japan
 編集長 伊藤有氏
【ファシリテーター】
株式会社マクアケ 
 取締役 木内文昭

「危機」を「機会」と捉えて、新しいスタンダードに適応する

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木内 好況、不況の波はある程度繰り返されるものでもあり、市況が変わる時期をある種の機会と捉えてどの様な打ち手を打つかによってその後の事業成長は変わってくるものだとも思います。ある企業の経営企画の方とお話した時に、「サバイバルモード(どう事業を存続させるか)に移行すると「選択と集中」をせざるを得なくなってくる。そして、その「選択」の判断を間違わなかったから会社を伸ばす事ができた」と伺って、なるほどと思いました。そうした時期に企業のコアコンピタンスを再確認し、事業成長の機会と捉えるという考え方もあるんだと思いました。松下幸之助さんの「不況またよし」という言葉がありますが、伊藤さんの目から見られてヒントとなる企業さんなどあったりしますか?

伊藤氏 個別企業でいうと、メルカリの決算発表が興味深かった。決算説明会向けの想定問答集を全て公開したんですよ。これも一つの危機対応だなと。問答集のほかに、スライドもスクリプト付き版も公開していて、「ありのまま見せる」という選択肢もありなんだな、と感じました。

木内 当社も4月21日に決算発表しまして、おそらく決算発表資料付きのものは市場でも最速で出せたのではと。コロナに入ってからの初めての決算発表だったので、この環境下だからどう出すべきか、どうメッセージを打ち出すかは、各社各様問われるなと思います。

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伊藤氏 実は3月に、Adobeが2万人規模のイベント(Adobe Summit)を急遽オンライン化したんです。(詳細はこちら)アドビって時価総額17兆円ぐらいあるんですけど、Adobe広報が言うには、その基調講演の収録は社長と夫人の2人だけだったと。つまり、自撮りです。これまでは、社長の基調講演はスタッフ100人前後が関わっていたけど、この状況下で人は集まれない。Adobeは動画編集ソフトも出しているので、やろうと思えばステージの背景合成をした映像を作って「オンライン上にイベントを再現」したようなアピールも出来るのに、そういった小手先のことはやめた。今のリアルな見せ方で、「今のスタンダード、ありのままを見せる」という判断をしたんです。この規模の企業のCEOが、1人でカメラを置いて撮影している現実は驚きました。

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Adobe Summitの基調講演動画で講演するアドビ CEO シャンタヌ・ナラヤン氏。
※Adobe Summit基調講演よりキャプチャー

確かに、国内のテレビを見ていても危機対応で別部屋から出演するのも当たり前になったし、次の段階で(ゲストが)家から出演っていうのも増えてきましたよね。昔はクオリティの面でNGと判断されていたものがスタンダードになりつつある。

木内 スタンダードも変わり本当に必要なコトやモノが見直される中で、コロナが落ち着いた後も色々と許容される前提が変わっていくように感じています。その中でメディアの役割はどうなっていくと思われますか?

伊藤氏 役割が変わるという訳ではないと思っていて、基本的には「伝えること」で、事象や事件と視聴者を繋ぐのがメディアの役割です。ただ、この危機においては、どういうメッセージを発信するべきかを各メディアが選択しなければいけなくなると思うんです。何を発するにもどういった事を付加して自分たちが伝えていくべきか。全体感として「希望を伝えるメディア」なのか「これから立ち上がる経済」なのか「世の中で起こっている危機」を見ていくメディアなのか。もう10年近く前の話になりますが、3.11が起こった時も、(当時は別の媒体にいましたが)同じように何を読者に発信するべきか考えました。振り返るとあの後、起こったことって経済の構造が変わったし、痛んでいた事業は痛みが加速した事もあったと思います。大事なのは、情報と経験と叡智を結集して「次何が起こるか考える事」。それこそが今一番知りたい情報なはずで、それをさまざまな角度から報じるのが、ビジネスインサイダーの務めだと考えています。

木内 Makuake、MISでいうと4月ぐらいから大きいメーカーの問い合わせが増えています。当社では昨年末の上場から応援購入という事を打ち出していて、量産する前にまずは販売してみる、というビジネスの構図自体がより浸透していて、新しい動きが生まれていると感じています。環境が変わったから、同じ事でも伝わり方が変わってきているなと。その中で我々もどのようにメッセージを発信していくべきかまさに社内で議論しているところです。

リアルイベントの価値が「感動」だとしたら、その価値に特化したものに形が変わっていく

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木内 今後の予測については非常に難しいという前提の中で、この環境を経験し変遷していく部分など、今感じている事があればお聞きしたいのですが。

伊藤氏 間違いなく変化するのは中断するとか、予定が変わるのを前提とした産業構造やイベント設計が当たり前になってくることでしょうね。そうなると当然ツールの使い方が変わってくるはずなんです。今まではオンライン用のカメラは「あればいいか」ぐらいだったものが「リアルイベントと同じ重要度」まで上がってきたりします。製品発表があったとして、これをオンラインでやるべきなのか、リアルでやるべきなのか、そこに人は入れるのかどうか。また新型コロナの「第n波」が発生した時、いかに「事業を止めないか」。それが出来ないところは生き残れなくなってくる。

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木内 極端かもしれませんが、オンラインが主でオフラインが従だったものが、主従が変わっていく。オンラインでどうコミュニケーションするかを間違いなく考えなければいけない状態になったと。

伊藤氏 オフラインの重要性が増してくると、リアルの価値は何だったのかを考える事になってきますね。それはイベントだけではなくて例えば「オフィスがいらないんじゃないか」という議論も既にあります。でも、それって違うと思うんです。「オフィスもいるし、オンラインもいる」が正解だろうと。オフィスが持っていた機能でオンラインでいいものはオンライン化して、逆にオンラインにできない事がオフィスにあったはずです。「創発性」だったり「偶然性」だったり「チームビルディング」だったり。そういう価値があるからオフィスを持つんだと意識的になれば、「なぜ家賃を払うのか?」の価値転換を明確にできると思うんです。例えばC向けの製品発表会イベントだったとしたら、モノを触ると「感動」するので、そのイベントの価値が「感動」だとしたら他の要素はオンラインでまかなって、リアルは「感動」部分を取り出したイベントになったりとか、リアルの価値を再考し価値の再構築が起こるんじゃないかと思っています。

木内 今までは「まずリアルイベントありき」が大前提だっとして、コミュニケーションの目的と手段のマスト度合いが変わってきた中で、本来どういうコミュニケーションをどういう手段でやるべきだったのか?を再度考えるべきだし、O2O的な観点で考えると、工夫によってより有効なコミュニケーション方法を考えて、それに合ったアクションをすべき状況ですよね。

「変わらなければ、いけない」という時流。意志と責任が果たせる人には追い風になる

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伊藤氏 避けがたい変化に対して、前向きに挑戦する気概のある人たちにとっては、今ってすごくいろんな事ができる時期だと思うんですよ。これまで当たり前のように「それはできないから」って言われていた事が「やる価値あるかもね」っていろんな人が聞く耳を持ってくれる状況。「とにかく今のやり方ではダメ」と、世の中の働き方自体に壮絶なダメ出しが出ている。変化を受け入れて変わっていくことってすごく辛いし痛みも伴うんですけど、そうしなければ次の時代にいけないんだったら「やる」っていう人もいっぱいいる。
1歩といわず5歩踏み出せる人達にとっては、ある意味、今こそが会社やビジネスの仕組みを変えるチャンスなのかなと思います。

木内 多くの人が変えなければいけない、でも拙速ではいけないという状況になってしまうと思います。「誰も答えがわからない中で具体的に説明をしなければいけない」という時に、どういう所に意識したり注力したりするのがいいのでしょうか。説明の量を増やすとか、この環境下で違ったコミュニケーションの図り方をするとかになるのでしょうか?

伊藤氏 これまで通りのルールに基づく必要はあまりないですよね。ただし思いつきで拙速でやっていても失敗しかないと思います。責任が分散化されている会社内で、このプロジェクトを進めるにはこの人に相談しなければいけないんだけど、「なぜだっけ?」がよくわからない事とか実際にあると思うんです(笑)。承認経路に正式に入っているわけではないけど、あの人に相談しとかなければいけない、みたいなこと。これからはある程度のリスクをとる行動をするからには、責任がもっと明確になるんじゃないかと思います。止まっていたら痛みしかなくて、長々と検討する時間などない時に、「判断するのは誰か」がわかりやすくなると社内障壁が減って早く決裁までいきますよね。その判断できる責任をとれる人が「拙速なのか」「必要なチャレンジなのか」を決める形になってくると思います。

木内 責任がより明確になるし、問われる意志も明確になる。という事でしょうか。意志を持って「自分の責任でやります。駄目な理由はなんですか、今やるべきですよね」って説明責任が果たせる場合には追い風かもしれないですね。

ーーーー 次回の特別対談(後編)
​​価値転換による顧客インサイトの変化。売れるものが変わる。
※6月1日配信予定

key_伊藤有

伊藤有氏:経歴
2000年代初頭から大手IT出版社の雑誌、およびPC/IT週刊誌で、ハードウェアからWebサービスまで、BtoCテクノロジー全般を主戦場に活動。媒体連動のWebメディアの立ち上げや、日本唯一のアップル発表会の現地生放送の企画・出演、3万人規模のコンシューマー向けITイベントの立ち上げ・企画・運営など形式を問わないメディア展開を手がける。編集長代理を務めた後、Business Insider Japan副編集長/テクノロジー統括、2020年1月から編集長。近年はAI/ディープラーニングの産業利用の現状と発展に興味持ち取材を続けている。


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