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暮らしに寄り添うお気に入りの本たち
京都での暮らしも早いもので半月が経ち、日々せっせと部屋を整えて私なりの心地いい暮らしを模索している。先日実家に寄ったタイミングで、手元に置いておきたいお気に入りの本たちを京都に連れて帰った。何年も、何度も、読んでいるお気に入りの本たち。
そんな本が私の京都の住まいに並んだとき、なんだかふと息を吹き返したような気がした。背表紙を眺めているだけで心が穏やかになれる。寝る前に10分ずつこつこつと読み進めたくなる。お気に入りの本たちが部屋にやってきたことで、ここでの暮らしがより一層強くイメージできるようになった。
今日はそんなわざわざ実家から京都へ連れて帰ってきたお気に入りの本たちを紹介したい。
冷静と情熱のあいだ/江國香織・辻仁成
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今までの読書人生で、一番読んでいる小説かもしれない。と思えるほどに、何度も読んでは心打たれ、泣いてしまうようお気に入りの本。江國さんと辻さんが、主人公の男女の視点でそれぞれ同じ時間軸を描いていて、すれ違いながらときには同じような気持ちになりながらも、それはお互いには決して伝わらない、という曖昧な、けれど確固たるお互いの気持ち、なんてものが描かれていて、それが私の心を動かすのかもしれない。
イタリアでの生活や街並みが「生活している人」の視点で書かれているのも面白い。私たちと変わらない、けれど異国での生活の中で、ふとしたときに相手のことを思い出す。それはもうどうしようもないけれど、なぜだか心から離れていかない。そんな曖昧でふわふわと漂う気持ちを抱えながら日々を暮らす2人の別々の時間軸が愛おしくてたまりません。
ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶/大崎善生
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追憶、がテーマになっている恋愛短編集。大崎さんの回りくどくて小難しくて、でもどこかふっと心に溶け込んでくる言葉遣いが好きで。とくにこの小説は、そんなかき集めておきたい言葉がたくさん散らばっている。
「オレンジジュースをストローの途中まで飲むのが可愛いよ」
「じゃあね」
その2つの言葉が雨の音の隙間を縫うように響き続ける。
恋は消えていかない。一度立ち上がった感情の記憶は。
「サヨナラの速度には気を付けるのよ。人それぞれに別れには速度がある。百キロで別れていく人と十キロで別れていく人。そのスピードをうまく合わせなければ、体を引き千切られてしまうわよ」
わずか60ページほどの話に、こんなふうにして思わずハッとするような言葉が散りばめられている。ハッとする言葉かどうかは、私の感情によって異なるからおもしろい。一度ハッとした言葉に二度目は何とも思わなかったり、今までは目にとめなかったような言葉に私の感情が重なってある日突然ハッとするようになったり。さりげない言葉の集約。言葉に触れたいときにページを丁寧に読み進めたくなる小説だ。
愛がなんだ/角田光代
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いちやく映画から有名になった小説で、例外なく私もテルコのことが好きだ。それぞれの登場人物がみんな無茶苦茶で誰一人あまり共感できないにもかかわらず、なんだかみんなを憎めないでいる。もうやめればいいのに、分かってあげればいいのに、そんな行動しなければ嫌われないかもしれないのに。小説を読んでいる部外者だからこそ、そんなことを言えるわけで、私もこの中の誰かだったら結局このような行動をしてしまうような気がする。
テルコがマモちゃんに一途すぎるほかは、いたって普通の日常を描いた小説で。何かが起こるわけでは決してないのに、ハラハラした気持ちで、そこに私自身がいるかのような気持ちで読み入ってしまう。だからこそ、何度も読んでしまうのかもしれないね。
ぬるい眠り/江國香織
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ぬるい眠り、というタイトルがまず何よりも好き。夜寝る前のうとうとする時間帯、間接照明だけの暗い空間でじっくりと読みたくなる。江國さんらしい表現や言葉の言い回し、ストーリーがぎゅっと詰まった短編集。
とくに、表題のぬるい眠りの話が好き。
からっぽになった私は、あ、と声をあげたあと、魂がもどってくるまで馬鹿のようにただ立っていた。ものすごく強い衝動で泣きたくなったけれど、実際には泣かなかった。からっぽでは、涙もでやしないのだ。
耕介さんに会いたい。
全身全霊でそう思った。すべてがゆっくりとくずれ、形を変えはじめる。
耕介さんのいない日々がはじまった。
「耕介さんのいない日々がはじまった」、そう思ったのは、実際には主人公が耕介さんと別れて半年近く経ってから。それまでは大丈夫だったのに、ある日突然、悲しみに押し込まれたかのように、「(本当の意味で)いない日々」がはじまった。この表現がとてもグッと来て。主人公は後に、耕介さんと別れた夏を「ぬるい昼間のように混沌とした夏」とも「愛情を埋葬してやった夏」とも表現している。
気持ちの絶妙な変化をわずかな言葉に込めて、立ち止まって何度も反すうしたくなるのは、やっぱり江國さんの言葉遣いだからこそだなあ。
ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。/ダンシングスネイル
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1人で過ごす時間は十分に好きだけれど、本当の意味で1人でいるのは寂しい、そんなことを私自身もよく感じる。人との距離感をつかむのが私はすごく苦手だからこそ、人と関わるうえでのある一定のルールや心がけを心に留めておかないといけないなあ、なんてことを考えていたときに出会った本。
関係は信じても、人は信じるな。現在の関係の中に実在する相手の行動と言葉は全力で信頼する代わりに、人自体はいつ変わってもおかしくない存在だと思うようにしている。
真の自己肯定感は、比較を通した相対的な満足感ではなく、絶対的な自己承認によって得ることができる。
人を信じ切ってしまい勝手に裏切られたと思ってしまう。相手の雰囲気や決定にゆだねてしまう。相手の気持ちの変化にとんでもなく落ち込む。きっとすべては私自身が膨らませていた「期待」と「距離感」から生じるものだったのかもな、と思えて。いい意味でふっと気を抜いて相手を信じすぎずにフラットに接することができるようになった気がするな。自分自身に芽生える感情を否定せずに、かといって相手にゆだねすぎずに、ほどよい距離感を。これからも私のテーマになりそうです。
お気に入りの本たちをいつでも手元に置いて
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私は、好きだ、と思った本は何回も何十回も読んでしまう質である。同じ言葉が集まっているはずなのに、そのときの私の気持ちの持ちようによって、全然違う場所にある言葉に救われたり心を打たれたりする。だからこそ、本を読むことは、おもしろいのだ、と思う。
だから、お気に入りの本たちは、いつでも手元に置いておきたい。そう思ってわざわざ実家の本棚から、京都の住まいに連れて帰ってきたのだ。元気がないときはこれ、好きな言葉に触れたいときはこれ、失恋をしたときにはこれ、というように、私の日々にそっと寄り添ってくれる本たち。いつまでも大切に、何度でも読み返そう。
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