レズビアンな全盲美大生 読ー9 独白
6日目
世の中どうなってるんだクソ。ママは色んな所へ連れて行ってくれるけどちょっとの説明の外にでっかい世界があるのははっきり分かっている。
騒音・喧騒・会話。全て大きすぎるよ。
お空があるって?
夜はお星さまが輝くって?
分かるよ、天球に張り付いているんだよね。
星座があって神話があるんだよね。
神話は昔の話だから全部物語なんだよ、分かってるよ、ママの話も全部物語だ。
外のざわざわはディズニーだよ。お姫様が居て城があるんだよね。
分かるよ、通り過ぎる話し声・笑い声、みんなディズニーだよ。
私は何も知らないお姫様だよ。お城に住んでいる。家来がママだけなのもちっちゃいお城だからしょうがない、のも分かってるよ。
でもざわざわ通り過ぎる、こいつらは何者なんだ。
お見通しさ、ディズニーはとっくに終わったよ。消えたよ。
何回も行くなんてお化けだ。
お化けは教えられたくない。知らないほうがいい。
お化けを見たことが無いのに怖がるなら私たちにも同情が湧こうってものよ。
ラジオでも寄席でも怖がっているんだよね。
気楽なもんだね、周りにいつも人が居て安心のお茶の間だ。
救いの手を求め、無い、そんな私たちのお化けを想像できるわけない。
私は盲目だから洗脳は簡単だよ。
どこへでも拉致するがいい。
カルト宗教さん。
私たちを洗脳して街角に立たせればいい。
大学で勧誘されて一生家族を切るなんて私にはできない相談だけどね。
でもきっとそこにはおんなじ人間が住んでいるんだろ。
それは安心さ、お化けは居ないだろうからね。
でもね、全盲者の世界家庭があろうともそんなところには行きたくない。
分からないけどね、断絶されたらそのことも分からない。
だから晴眼者が居たほうが断然楽しいと思う。
偉そうだけど顔を触るとじっとしている。
笑っちゃう。何を知って欲しいんだろ。
私たちが顔を見てるわけないのに。
見ざる、言わざる、聞かざるになってじっとする。
でも心地よい人だったらずっと触っていたい。
身勝手だね。
耳たぶは肉球より気持ちいいし、鼻はつまんだりふさいだり遊びたくなる。
口は当たり外れが大きい。かさかさしていると剥きたくなる。
たぶん顔を触っている私にはオーラがある。
すなわち女王様だ。
皆従順だ。嫌がっても顎をクイッとすれば意のままだよ。
食べたくなる時もあるよ。口でも鼻でもカリッと噛みつく。
流石に突き飛ばされるだろうからやらないだけだよ。
何かを求めるように唇を触り続ければ私にバッチリ向いてくる、どんな頼み事も聞いてくれる、だろう。
こんどあの男で試してみようかな。少し頼りないけどね、40過ぎでないと私に釣り合わないかな。
でも40過ぎのプータローは御免だね。
まああの男が降って来たのは良かった。
顔を触って分かった。
信頼してあげれば裏切らない、そんなに短気じゃない、偉そうなところもある。
まあ骨が無いとね、面白くない。ママ以外にぶつかるものが出来た感じかな。
“その作品を見れば、その後の世界が違って見える”(美術手帳 ある画家の数奇な運命)ってのがあるそうだけど、私たちの世界を理解すれば世界は違って見えるかな。
脳は視覚のない世界を理解しているかな?
脳は本能的に視覚世界で、視覚刺激のない脳は視覚がないって知っているかな。
手がない場合、触角刺激は重要な手段を失っている。手が無いって脳は理解するかな?
手じゃなくて、右手の薬指だけが無い時、薬指だけが無いって理解するかな。
聴覚野は視覚野からの情報が来ないって混乱するのかな。
すべて否定されるのなら視覚野は視覚を知らない。
耳が聞こえない、これは健常者にも容易に想像されるだろうし盲の世界より理解されやすいと思うけど、生まれ落ちたときから音が無い世界を人は理解できるだろうか。
騒音が聞こえないのは羨ましいなんてクラクションなんて鳴らされたら言えない。
目が見えればその他の障害は理解されやすい。
即ち違いが分かる、身の不幸が分かる。
ならば諸種の障害で目が見えないのは幸福と言えるか。
即ち他人の不幸が分からない。
なら晴眼者を気の毒な人たちと言えるのかな。
心優しいミラー脳は憐れみと心配だらけだ。あちこちに見つけて忙しい。
でもミラー脳のミラー足る所以からすればそれは自身に向けられたものだ。ミラーはミラーを写して無限だ。でもたすく君には数度のミラーのやり取りを感じる。
「君たちの作品って、絵だけじゃなくて物と一緒になっているけどどうして?」
「どうしてって言われても、私達色んなものに触って来たから、だと思うよ」
「そう、晴眼者より多いと思う」
なるほど、そんな触らせる展示の美術館があるのかな、いや博物館か。
「磯の水族館とか行ったことある?」
あるよ、なんども、二人同時に答えた。
「楽しかったよ」
「なるほど、想像すると楽しそうだね」
磯の水族館って透明な水中というか、底の綺麗さを見せるのが趣意じゃないかな。
それが見られなかったら結構怖い、罰ゲーム並みだ。晴眼者に眼を瞑って手を入れろと言っても嫌がられるだろう。彼女たちは興味の方が勝るのかな。
「カニに手を挟まれたよ」
「災難だったね」
「そう、カニの方がね」
なに?
「鋏が片方取れちゃったんだよ、カニにしたら片腕失って重傷だよ」
「そうそう、これから片腕で食事しなくちゃならない」
楽しそうに笑うけど、親か引率した先生の説明だ。
「小っちゃいのに、硬くて皮膚に食い込んで離れない、暫く大事に取って置いたよ」
「二人の宝物だったよ」