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精神的ハンデを背負う私が子供を産まないという選択をすることについて
お久しぶりの投稿です、みみくもです。
遺伝学や精神疾患の臨床事例などを見ているうちに、ふと記事が書きたくなったので書き散らします。
※この記事に記載されていることは、私個人をベースとして解釈した意見ばかりです。同じハンデを持つ人すべてに当てはまるわけではないのでご理解ください。差別的な意味合いでの記事でもございません。※
漠然と「子どもは生まない」と思っていた時期
私は学生時代から子どもにあまり愛しさを感じていなかった。母性本能が足りなかったのか、自分が結婚し母となるビジョンが浮かばなかっただけなのかはわからない。
ただとにかく、「子どものいる生活」も「子どもを育てる自分」もまったくもって想像できなかったのだ。
「母親になりたい」という願望が生まれ始める
私は現在28歳で、もうじきに29歳になる。晩婚や高齢での出産が珍しくなくなったこの時代であっても、周囲の女友達は結婚し、間もなくして母になっている。
そこから、若干の焦りが生まれた。
「どうして私は他の人と同じように子どもとの生活を考えられないのだろうか?」と。
そして周囲の人が思い描く「普通の家庭」に近づこうと、子どもの存在を意識し始めた。
(子どもの可愛さに本能的に気づいたという年齢的なものもあるのだろうが)
「お前には無理だ」と言い聞かされているような精神状態
ところで本軸だが、私は躁うつ病だ。現在は双極性障害やら双極性感情障害やらと呼ばれているようだが、わかりやすく言うとそうだ。
服薬での治療を続けて8年ほどになるが、症状はコロコロ変わり、もはやどの部分を治せばいいのか医者も私自身もわからなくなっている。
ちょっとしたことで怒りにまかせて物を壊し、その罪悪感で泣きながら腕を切る。過食嘔吐も含む自傷行為、そして躁状態のときの浪費、うつ状態の時の自己肯定感の低さ…難点を挙げだすときりがない。
だからこそ、「子どもが生まれればそれを希望として生きられるのではないか」という淡い夢物語を描いてしまったわけだ。
双極性障害の遺伝的な問題
精神疾患は遺伝のイメージがあまりなかったのだが、最近医者の解説動画を観た時にハッとなった。
医者曰く「親が(診断を下されていないしろ)双極性障害の気質を持っていると、叱り方やしつけ、日ごろの言動を通して同様の症状を引き起こしやすい。遺伝的な要素もかかわっているのではないかと言われている」と。
つまりは、私が仮に子どもを産んだとして、遺伝的にはじめから双極性障害の素養を持った子が生まれてしまう危険性が高いということだ。
潜在的に受け継いだ負の因子は、おそらく私の癇癪を模倣する形で正真正銘の精神病へとつながっていくのだろう。
そう考えると、なんと恐ろしいことかと思ってしまった。
私が生んだ子は、私のように希死念慮を抱えるようになってしまうのか、と。あらゆる人や物に依存して、気分の波に逆らえずに暴力的になってしまうのか、と。
幼きころのしつけと乖離していく感覚
私は自分の親が好きだ。怒られても、呆れられても、それでも私のことを恥じない親が好きだ。家族仲はとても良いと思う。
しかし私はひとたび怒り出すと、かつで自分が子どもだった時に親にされていた叱り方を再現する人間に育ってしまった。
まるで自分がすべての物事を理解している存在であるかのように、相手の思考を否定しようとする。そんな叱り方、怒り方だ。
それを夫に指摘された時、私は幼いころの自分が正座をし、首の皮や手の甲の皮をつねりながら親の説教をうなだれて聞いていた姿を思い出した。
「はい」「そうです」「ごめんなさい」…怒られている時に発する言葉は、いつも中身のないものばかり。怒られている時間が長くなると、私は自分の頭上から自らを見下ろしている感覚にすらなった。
思い出そうとしても、何故怒られたのかわからないことが多い。親のことは好きだが、結局何の話で怒っているのか主軸がわからない説教自体はとても嫌だった。
もしかしたら、いやもしかしなくても、親は診断が下りていないがために治療に至らなかったが、私と同じ病気だったのではないだろうか?
夫婦で静かに慎ましく暮らすという選択肢
もちろん私は、「精神病を持っている人は子どもを産むな」と言っているわけではない。むしろ、ハンデを抱えながらも子どもを愛し、教育し、笑顔で暮らしている姿に尊敬すらする。
ただ私には、一か八かで子を産む勇気はない。ただそれだけだ。
子どもが自我を持ち、人生に迷い、辛い助けてと泣き、体を傷つける様子など、見たい親がいるだろうか?
遺伝と決まったわけではないが、私の疾患が寛解することが難しいものであることは確かだ。私には、「好きだ」と言ってもらえる親になる自信もなければ、無償の愛を子にそそぐ心のゆとりもない。
それゆえに、私と私の夫は夫婦二人で暮らすことを前提として結婚した。夫は私の病気を理解し、あらゆる知識を持っている。子どものために、子どもを産まないという選択肢は、どの視点から見ても(少なくとも私にとっては)賢明と言えよう。
いつもいつも「今日死なないため」に必死な私
子どもは尊い。そして愛らしく、生命力を感じる存在だ。
だからこそ、「死にたい」と「死にたくない」を繰り返す私の姿を見せたくない。親が命をないがしろにしている姿を見て、子どもがどれほどショックを受けるか、その姿を私は何度も見たことがあるから。母親がうなだれ涙を流し、近づくのをためらった日々を思い出す。
落ち込み、ヒステリーになり、泣き出し、「全て捨ててしまいたい」という言葉を口にする。けれど、私も私の親も、生きることに縋りついている。
まとめてしまうと、私は毎日薬を飲み、最低限できる範囲で仕事をし、夫と食事をして他愛のない話をする…「今日」を「明日」につなげたいはずなのに、1日に何度も「死にたい」「消えたい」という気持ちで躓く。
自分の命を囲うのにやっとの思いをしている私が、未来ある命を預かるには荷が重すぎる。夫に寄りかかってばかりの私は、子どもが悩んだ時に寄りかかれるような存在にはなれないのだ。少なくとも、このままでは。
だから今日も私は、「今日生きるために何が必要か」を考えている。それくらいしか考えるゆとりがない脳みそは、処方薬がないとそもそも動いてくれないポンコツである。
夢のような特効薬などなく、希死念慮は常に付きまとってくる。それでも、形はどうであれ生きるしかないのだ。
ハンデを抱えるすべての父母の方々に、敬意を表して。