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*Amazon在庫ラスト9冊* 書籍『鬼がこの世にただひとり、生きた証を刻みつける花』
ご無沙汰しております。少し間が空いてしまいましたが、2025年も明けて1ヶ月が過ぎました。本当に早いですね。
昨年(2024年)10月25日に発売開始した書籍『鬼がこの世にただひとり、生きた証を刻みつける花』、おかげ様で多くの方に手に取っていただきました。改めて感謝申し上げます。
本日2月2日現在、Amazonの在庫がラスト9冊となりました。ご興味を持ってくださりながらも、まだという方は、この機会にぜひお手にとってみてください。
すでにご購入いただいている方からは、読書や花、植物が好きなお母様、お祖母様、お嬢様やご友人にプレゼントしたとのお声もお寄せいただいたいます。
周囲の方への感謝を伝えるバレンタインのチョコレートや花束と一緒に、プレゼントしてみてはいかがでしょうか?
【書店さまへ】
BookCellarの発注システムより、以下の2つの方法でご注文いただけます。
①取次に口座をお持ちの場合、鍬谷書店を通じて、どの帳合の書店さまからも委託でご注文いただけます。
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さて今日は節分。立春に向けて、厄災を祓う日。厄災の象徴が鬼だと考えられています。
書籍のタイトルにも「鬼」がありますが、年末に開催したお正月飾りのワークショップで、「鬼と花、一番遠そうな組み合わせはなぜ?」ときかれました。
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これは『紫苑物語』(石川淳)という作品に登場する主人公宗頼と、その生き様を残す紫苑という花の読み解きに由来しています。
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弓の道に長け狩に明け暮れる宗頼は、山の向こうにある“里”に行こうと、狩の帰り道に山を登ります。
登りきったところで、平太という男と出会い興味を持つが、平太の殺気に気押されました。
宗頼はいつか平太を倒そうと、平太が“里”を守るために植えたすべてを忘れる花「忘れ草」に対抗して、忘れられない花「紫苑」を植え、弓による殺戮を繰り返していきます。
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忘れ草と紫苑の対は、『今昔物語集』にも見られます。
父の死を嘆き悲しんでいる兄弟。兄は父をはやく忘れたいと忘れ草を植えて、それきり墓参りはしなくなった。弟は父を忘れないようにと忘れない花紫苑を植えたところ、その孝行心に心打たれた鬼が出てきて、弟に吉凶を知らせる夢を見る力を授けた。
というお話し。
従来『紫苑物語』の研究では、『今昔物語集』で弟が紫苑を植えたことでハッピーエンドになっていることから、忘れ草と紫苑のモチーフだけが使われたと考えられてきました。
しかし本作では、『今昔物語集』のお話しの素になったと考えられる『万葉集』の和歌にある「醜」(しこ)という尋常ならざる力を表現する言葉と、
『今昔物語集』では紫苑は「シヲニ」と呼ばれていることに注目して、醜→鬼→紫苑という古代の和歌や物語への回路を通じて、主人公宗頼に鬼の力を授けたのではないか?と考えてみました。
宗頼が“もうひとりの自分”とする平太は、「ほとけの威徳と岩山の霊気」を備える男と考えられています。
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歌人馬場あき子の『鬼の研究』では、鬼は神仏に対抗しうる力を持つものとされていることを踏まえると、平太(神仏)を倒すには宗頼には鬼の力が必要だったのではないでしょうか?
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宗頼は紫苑を植えたことで鬼の尋常ならざる力を得て、その力を最大化した「魔神」と呼ばれるようになります。
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しかし鬼は尋常ならざる力とそれを体現する姿形から、人里を離れてひとり生きるほかありません。
宗頼亡き後、その孤独な魂が存在したことを刻みつけるかのように紫苑は咲き続けるのです。
『紫苑物語』はとても寓意に満ちた物語。これと一言で語ることはできないけれど、いにしえの和歌や説話を手繰り寄せることで、見えてくるものがあるはずだと思っています。
【参考】
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