ホメオスタシス
9月に入って一気に秋が来てしまったと思ったら、夏がぶり返した。冷房選手に来シーズンまで一旦休養をしてもらう事にして夜風選手を一軍昇格させていたせいで、汗だくで起きた。
本当ならばこのままダラダラとアイスでも食べていたい気分だったが、せっかくの休みだからと映画のチケットを予約していた。だから仕方なくーいや、仕方なくはないのだが、家を出た。
気温は高く、半袖のTシャツから出た腕に汗がにじむ。マスクがいつにも増して鬱陶しく感じる。
しかし、それでも夏本番の暑さと比べればかわいいもので、日陰に入ればなんとか凌げる程度のものだった。
渋谷駅を降りると、既に夕暮れの時間に差し掛かっていた。人はいつものように多く、ぞわぞわと蠢いている。
そして、道ゆく人の服装が長袖も半袖も同じくらいの割合である事に気づき、ふと、思った。夏は、もう終わりが近い。
日々は、自分が思っているよりも早く過ぎている。「さっさと終わればいいのに」と思う時間が増えた分、毎日のスピードも上がっているのかもしれない。
変化のない日々は、ゆっくりとしているような顔をして、その実風のように過ぎ去っていく。
しばらく歩いて、店を何軒か回る。楽器屋では、気づいたら20分も試奏していたようで、『蛍の光』が流れ始めてしまった。日々に急かされて、いつの間にか店にも急かされていた。
すっかり日が落ちた渋谷の街で、いつもの喫茶店に行こうとしたが、予想通り閉まっていて、路頭に迷ってしまった。
仕方なく少し早めに映画館に着いて、先日買った本を読んで時間を潰した。その間、時間は淡々と流れ、早くも遅くもなかった。
映画も、同じだった。スクリーンの中では、現実世界とは違う時間が流れていたが、それは僕の日々を急かすことはなかった。
淡々と、しかし着実に、早いとも遅いとも感じない速度で、時間は過ぎた。
映画が終わると、少し疲れていた。季節の変わり目のせいか、空調の効きが悪く、少し暑かった。それに、隣席が空いている事に慣れてしまったせいか、映画館の席が少し窮屈に感じてしまっていた。
外に出ても、気温はまだ高いままだった。「最後の夏の日だ」と意気込んで半袖半ズボンで出てきた事を少し心配していたが、杞憂に終わってホッとしていた。
鞄の中に長袖を忍び込ませていたのは、なんとも格好がつかないところではあるが。
次の日の朝になって起きると、窓からの風はすっかり秋のものになっていた。ひんやりとしていて、夏の残り香を殆どどこかへやってしまったようで、寂しくなった。
明日、来週、来月、来年。先の事を考えてばかりいて、自分で自分の事を急かしているように感じた。
時間よ早く過ぎろ、と思う度にきっとそうしていたのだ。
秋が更けてしまう前に、もう一度、夏の日に会いたくなる。