「とて」
価値観が大きく変わることって実はなかなかなかったりする。でもだからこそ逆にそれは突然降ってきたりもする。目から鱗が落ちる時がいつ来るのかを僕たちは知らないし、そんなに頻繁に落としてたら鱗だらけで大変だ。とか言いながら、この前でっかい鱗が落ちた。そいつについてちょっとだけ書こうと思う。
別になんでもない日だった。やけに寒かったのと、雨に降られてたことくらい。友達とちょっと新宿で遊んで軽く飲んで、みたいな休日。全然関係ない話だけどその友達と遊ぶときはなぜかいつも雨が降る。お互い別に他のところで雨に降られるような人ではないのに、なぜか予定を立てて少人数で集まった時に限って雨天に見舞われる。そろそろ晴れの日に遊びたいから絶対晴れる!って日に決めうちしたいね。それでも降ったらもうどうでもいいかもね、一緒に雨の日の服を買いに行こう。
話を戻して、その日も雨の新宿をふらふらして最終的になぜかやけに薄暗い居酒屋とバーの中間みたいなところに逃げ込んで横文字の酒を飲んでいた。他愛もない話に花を咲かせながらどこかのタイミングでちょっと落ち着く時間があった。ほら、あるじゃん。飲んでる時にちょっと隙間が空くあの感じ。それで確かふんわりと最近ボーリングをやってるみたいな話になったわけでありまして。
その時に僕は勇気を出してちょろっと思ってることを、まあいわゆる吐露ってやつをしたわけですが。簡単に言うと「ボーリングをしてるとなんか急に落ち込んじゃう」ってことで。別にボーリングをディスってる訳ではないってことを伝えたくて色々な理由を並べたりなんかして。例えば「ボーリングを上手くなったとて、何があるのって思っちゃう」とか「ボーリング中はみんなボーリングに集中しちゃって会話がなくなる」とか。他にも自分が「とて」だと思ってることをあげて、「カラオケが上手くなったとて、ダーツが上手くなったとて...」と列挙していた。
その時に友達から言われた言葉が完全に僕の鱗を引っぺがしまして。
「それって別にそう言う理由があるんじゃなくて、嫌いってことを認めたくなくて理屈付けしてるだけじゃない?」
大論破大会優勝筆頭候補間違いなしの綺麗なカウンターだった。別に今まで嫌いだと思ったことはなかったけど、なんとなくハマってないなあという気持ちを認めたくなくていろんな理由をつけて誤魔化していたんだ、と気づかされてしまった。
そのあとにも「だってバッティングセンターは楽しいんでしょ?」と言われ、何も言い返せなくなってしまった。バッティングセンターだって上手くなった「とて」だ。今更プロ野球選手になれる訳もないし、ましてや草野球をやっている訳でもないのにバッティングセンターが楽しいのはただ自分が野球が好きだからだ。
そこでようやく分かった。好き嫌いに理由なんて実は必要なかったりするんじゃないか。好きな食べ物を言う時だって例えばカレーだったら「色々なスパイスの風味が...」とか「野菜も取れてご飯にも合うし...」みたいな理由を説明したりするけど本当は別に大した理由なんてなくて、「うまい」から「好き」、ぐらいの話なのかもしれない。「なんでラーメン二郎が好きなの?」って聞かれた時に「豚が美味くて...」とか「スープが...」とか言うけど別に好きだから好きでいいのだ。(本当は化学調味料に依存しちゃってるだけかもしれないけど)
同じように嫌いな理由もなくていいんだなと思ったりして。いいじゃん、別に。なんかピンとこないのよ。それだけの話なのかもしれないなと思ったり思わなかったり。
そんなことがあってからなるべく人に理由を聞かないようにしてたりする。自分も「なんで?」って聞かれたら「なんとなく」しか答えられない気もするし。そういえば人から勧められたものって意外とピンとこなかったりするよね。でもタイミングが合うと急にハマっちゃったりもする。昔授業でやったはずの小説が、当時は全く興味なかったのに後日全然関係ない本を読んでた時にその小説が出てきてわざわざ買ってしまったり。挙句その先生がいるところで「この前こんな本を読んで〜」って報告したら「それ前に私の授業で取り上げたわよ」みたいなことを言われてしまって赤っ恥をかいたり。まあ、その話は今度また別の文章にして書きたいと思ってます。長くなっちゃうそうなので。
とにかく何かを好いたり嫌ったりすることにちゃんとした理由なんていらないんだなって気づけてよかった。まあその好き嫌いも時によって変わる気がするし、もしかしたら一年後にマイボールとマイシューズを揃えてボーリング場に通っていないとも限らないし。いや、まあそれはないかもしれないけども。とにかく僕はゆらゆらゆらゆら動き続けてしまうみたいです。
そもそもこんな風に文章を書くのだって人によっては「とて」な訳で。僕はなんとなく文を書きたいから書くし、あなたもなんとなく読みたいから読む。それだけのお話なのかもしれない。
大きな鱗が落ちてよかったなと思うと同時に、僕も人の鱗をいつか落とせるようなことが言えればななんてことを考えたりしてます。その時は誰かの逆鱗に触れないように気をつけて、なんてね。