それは、パクリではありません!【第4話】【最終話】
第4話
突然の訪問者
窓の隙間から、きらきらと 閃光が差し込む。瞳に光が差し込み、目がチカチカと眩しい。紀子は掌をくるっと裏返し、顔の前に差し出した。
もう、朝か。本当は、もっと布団の中で過ごしたい。けれど、このまま寝過ごしていたら廃人になってしまいそう。
会社に行かなくなってから、5日経つ。床に転がる空缶が、からからと音を立てる。自宅で過ごすようになり、紀子は連日のようにお酒を嗜んでいた。
缶チューハイの飲み口から溢れるぷしゅっとした泡を見ると、辛いことも溶けてなくなりそう。本当に、何もかもリセットして、もう一度やり直せたらいいのに。
ずしりと重たい腕で、紀子は窓を開ける。下の方から、カァカァと鴉の 囀りが聞こえる。鴉の鳴き声を聞くなり、紀子はハッとした。
そうか。今日は、ゴミの日だ。紀子の住むアパートは、ゴミ捨て場に簡素なネットが乱雑に置かれている。ゴミの日になると、鴉たちがネットの隙間から、ゴミを漁りに訪れるのだ。
窓の向こうを見ると、ゴミ収集車がすでに出発をし始めている。どうやら、ゴミの収集に間に合わなかった様子だ。
やれやれと、紀子は頭を抱える。次のゴミ収集は、3日後。それまで、ベランダにゴミを隠しておこう。
ベランダにゴミ袋を放り出し、強引に掌でぎゅうぎゅうと押し込む。生臭さで、ウッと吐きそうになる。30㎝にも満たない狭小のベランダが、ゴミ袋でギュウギュウだ。
隣のカップルに、ゴミの臭いを指摘されたらどうしよう。でも、そういえば。最近、2人の喘ぎ声を聞こえなくなった気がする。もしかすると、あの2人。同棲、解消したのかもしれない。
ゴミ袋をベランダに押し込んだ途端、自宅のチャイムがピンポーンと鳴る。こんな朝早くに、誰だろうか。まさか、佐藤さん?それとも、近藤さんが心配して、訪ねてきてくれたのだろうか。
インターホンを見ると、スーツ姿の男性が佇んでいる。
「健太さんだ……」
紀子の声が 上擦る。あたりをキョロキョロと見渡すと、乱雑に転がる空缶、あちこちに散らばったコスメ、脱いだものをそのまま積み上げた衣類の山に、言葉を失う。
どうしよう。今更、片付けている暇も無いし。紀子は、散乱した空き缶、コスメ、衣類を全部纏めて抱え上げ、クローゼットにぐっと押し込む。
ゴミ袋をベランダに隠したことも、バレないだろうか。そうだ、消臭スプレーをかければ誤魔化せるかもしれない。
紀子はトイレに置いてあった消臭スプレーを持ち出し、慌ててベランダのゴミ袋目指して噴射し始めた。スプレーの霧が鼻と口に入り、ゴホッと 咽せる。
これで、なんとか臭いを誤魔化せたはずだ。紀子の額には、びっしりと汗が浮かび上がる。あとは、パジャマも着替えないと。
ささっと額の汗を拭い、クローゼットからワンピースを取り出す。手にしたのは、健太とのファミレスデートで着用した、あの時の一張羅だ。本当は、もっと違う服を着た方がいいのかもしれないけれど。現時点では、男性の前で着れそうな服は、このワンピースしかない。
ワンピースをすぽっと上から被り、紀子はインターホン越しの健太に「散らかっていますが、どうぞ」と回答する。
健太は、部屋に入るなり「わぁ」と目を丸くした。
「すいません。本当に、散らかっていて……」
応急処置は済ませたとはいえ、部屋の中は未だごちゃごちゃしたままだ。きっと、この部屋を見て、なんてズボラな女なのだと、健太も呆れ返っていることだろう。
こんなことなら、いつも綺麗にしておくべきたった。紀子は、ふぅと重たい息を吐く。
健太の顔に目をやると、なにやらくんくんと匂いを嗅いでいる様子だ。ゴミ袋の臭いに、気づかれたのかもしれない。恐怖のあまり、息が止まりかける。
「星平さんのお部屋、いい匂いがします。ルームフレグランスですか?」
「いい匂いですか?」
想定外の返しに、紀子は一瞬たじろいだ。
「爽やかな、柑橘系の香りがしますね」
そういえば、昨日レモン酎ハイを飲んでいたっけ。さっきまで、空缶が床に転がっていたままだったから、残り香でレモンの香りがしているのかも。紀子はおかしくて、クスっと笑った。
「健太さん、そういえば。どうして、私の家がわかったんですか?」
「契約書に、星平さんの住所書いてありますよ」
そうだ。契約書に、名前と住所を書いたっけ。それにしても、朝から私の家に、一体何の用事だろうか。
健太は、部屋の中央にあるテーブルを指差すと、「ここに、書類を置いていいですか?」と声をかける。
「どうぞ」と返すと、健太は鞄から分厚い書類を出し、テーブルにどさっと置いた。
「これ、なんですか?」
「裁判の際に必要な、資料です。明智と星平さんの作品を比較して、類似ポイントを徹底的にチェックし、資料にまとめてきました」
「凄い。あれから数日しか経っていないのに」
「頑張って、もう一回星平さんの作品を読み直しましたよ」
よく見ると、健太の目が充血している。夜も寝ないで、資料作りに没頭していたのだろうか。
「ありがとうございます……。でも、そんなに頑張らなくても。そもそも、まだ裁判が決まった訳でもないのに」
「いつ何があってもスムーズに進むよう、準備するのがプロの仕事ですから」
健太は、フフッと笑みを浮かべる。いつ何があっても、か。紀子はふと、クローゼットに目をやる。
物を強引に押し込み過ぎたせいか、うっすらと扉が開いている。扉の隙間から、グレー色をしたニットの一部が、チラリと覗く。衣類の重みで、今にも扉が開きそうだ。
どうか、このまま開きませんように。紀子は、目をギュッと瞑り、強く祈った。
「健太さん。プロだからとは言え、ここまで無理しなくていいです。せめて、寝る時くらい寝てください」
「僕のことは、大丈夫です。お金をもらった以上、どうしても星平さんの期待を超えるようなお仕事がしたくて、つい」
健太の足元が、どうもおぼつかない。徹夜で作業して、体が限界なのだろうか。
「椅子、座ってください。健太さん。ひょっとすると、全然寝てないんじゃないですか?」
「2時間は寝ていますので、心配しないでください」
そうは言うものの、健太の顔色は真っ青だ。心配のあまり、紀子は健太の背中を優しく 摩る。
「プロだからって、そこまで身を削る必要はないです。今の様子だと、健太さんが体を壊してしまわないか、私も心配です。
そもそも、私たちって出会ってまだ2回目ですよね?どうして、そこまで私のために……」
「それは星平さんのお陰で、今の僕がいるからです」
健太は、紀子の目をじっと見つめる。大きくて、澄んだ瞳。今まで、綺麗なものしか見たことがないような、純粋な目をしている気がする。きっと、親から愛情を受け、真っ直ぐに育てられてきたのだろうと、紀子は思った。
「どういうことですか?」
「実は僕も、星平さんの小説『30歳、キャリアを捨てるけど何か問題ある?』に登場する恵子と同じ、地方出身なんです」
健太は照れ臭そうに、頭をボリボリと掻き始める。
「えっ。健太さんって、地方の方なんですね。実は、私もです」
「星平さんも、地方出身なんですね。小説を読んでいた頃、この作者ももしや……とは思っていたのですが。同じ地方出身で、親近感が湧きます。
僕、実は福岡出身で訛りも酷くて。東京の大学に通い始めてから、必死に訛りを治す努力をしたんです」
流暢な標準語だし、洗練された都会の雰囲気があったから、てっきり元から東京の人だと思っていた。でも、健太の真っ直ぐで純粋な感じは、九州男子らしいと言えばそうとも言えるかも。
「あの小説で、東京に上京した恵子が、会社をリストラされてしまうシーンありましたよね。
それでも、恵子は諦めずに小さな出版社を地元で立ち上げようとする。恵子の強さに、僕は感銘を受けたんです。
ちょうどあの頃、実は僕も東京の大学で、すっかり自信を失っていて」
「東京の大学、通われていたんですね。どこの大学ですか?」
「東京大学です」
「えっ、あの東大ですか?」
紀子は、目を大きく見開いた。
「はい。地元では一応、神童と呼ばれたり。頭のいい子として、持て囃されていました。親や先生からも期待されていたので、猛勉強して東大を目指したんです。
大学に合格した時は、本当に嬉しかったんですけど。でも、大学では僕よりもっと賢い人が腐るほどいました。
周りと比較しては、どうせ僕なんてと落ち込んでいて。自信を喪失していた頃、星平さんの作品と出会いました。
あの作品と出会って、僕も腐らずに、もっと頑張ろうと思えたんです。そこから必死に勉強して、弁護士の夢も叶いました。
今の僕があるのは、星平さんのお陰なんです」
健太の顔に目を向けると、頬と耳が真っ赤だ。彼も、素直な気持ちを打ち明けて、恥ずかしいのだろうか。
あの作品が、健太の希望になっていたなんて。それにしても、人から褒められたり、感謝されるって、なんて嬉しいのだろう。頬が緩んで、にやにやが止まらない。
けれど。褒められた経験が乏しいあまり、こんな時になんと返事をしたらいいのかわからない。紀子は言葉を詰まらせた。
「それにしても、星平さんの作品を今回読み直して、つくづく実感しました。やっぱり小説、サイコーですね」
そう言って、健太は白い歯を覗かせた。
資料と裁判
健太は、テーブルの上で資料の説明をし始める。
健太の説明によると、著作権侵害に関する裁判は証拠集めが複雑で、なかなか前に進まないケースが多いらしい。
裁判所によっては基準が定められている恐れもあるので、その基準に照らし合わせる必要もあるそうだ。
「資料では、どこの裁判所でも対応できるように、類似ポイントを箇条書きでまとめました」
健太から渡された資料を見るなり、紀子は息を呑む。1枚の資料には、隅から隅までびっしり文字が犇めいている。
「凄い。これは裁判、勝てそうですね」
紀子がホクホクしていると、健太がきゅっと眉根を寄せる。何か、おかしなことを言っただろうか。紀子は口をつぐむ。
「星平さん。裁判とは、戦いです。出版社と明智は僕なんかよりも、もっと敏腕の弁護士を雇うはずです。正直、裁判に勝つためには、まだまだこれだけじゃ足りないですね」
「敏腕な弁護士がいると、どう困るんですか?」
「裁判に慣れているので、何を言ってもすぐに切り返してくるでしょう。
まぁ、著作権に関する裁判は判決が難しいので、どんなに腕が立つ弁護士がついても、長期化する恐れがありますけどね」
健太は、落ち着いた口調でそう答えた。
「著作権侵害に関する裁判って、どうして難しいんですか?」
不思議そうな表情で、紀子は健太に聞く。
「抗弁者から、曖昧な言い訳をされやすいからです。
裁判で相手が『無意識に、他の作品を反映してしまった』と言った場合だと、『模倣する認識を、持っていない可能性がある』という理由から、責任を免れてしまう恐れもあるかと。
たとえばの話ですけど。
明智から『過去に小説サイトで見たものが、たまたま反映されちゃったのかも。無意識なので、パクる気はありませんでした』と言われてしまったら、『それは、仕方ないですね』としか言えませんしね……」
「それって、ただしらばっくれてるだけじゃないですか」
紀子は、鼻息を荒げた。
「もちろん、抗弁の内容は精査されるでしょうけどね。
抗弁者が提出した証拠・主張がきちんとしたものだと、訴える余地がないので負ける可能性もありますし。
でも、向こうの抗弁に対する反論をあらかじめ準備し、証拠・法的根拠をきちんと整理しておけば……。どんな戦いでも、僕は勝てる気がします」
健太はまっすぐな目で、紀子にきっぱりと伝えた。
「凄い……。だから色々考えて、資料を用意してくださったのですね。でも、ここまで分厚い資料の内容、どうやって考えたんですか。まさか、全部1人で?」
不思議そうに紀子が尋ねると、囁くような声で健太が答えた。
「実は、ここだけの話ですが。抗弁内容の予測や、解答例についてはchat gpt(※OpenAIが開発した人工知能チャットボットのこと。生成AIツールとも呼ばれる)を使用しました」
「chat gptを使ったんですか?」
紀子は、目を丸くして驚いた。そういえば私も、人の文章をチェックする時に、もっと良い言い回しがないかをchat gpt に尋ねたりしていたっけ。生成AIツールにも、色々な使い方があるのねと、紀子は感心した。
「chat gptには、質問で『著作権侵害で訴えられた抗弁者が、裁判で言いがちな言い訳は?』と聞いたり、それに対する回答のヒントを尋ねると、色々と教えてくれました。
もちろん的外れな回答も出るので、あくまで参考に使う程度ですけど。
chat gptのような生成AIツールは、あくまでヒントを得るとか、アドバイス程度に使うなら有効かと思いますね」
健太はそう言って、くしゃっと笑う。
「健太さん、凄いですね。文明の利器に頼りつつ、自分らしく仕事をこなしているというか」
紀子が褒めると、健太の口角がキュッとあがる。本当に勉強熱心で、色々なことに詳しい人だと、紀子は深く感心した。
「まあchat gptといった生成AIツールも、良いことばかりじゃないんですけどね。
最近だと、chat gptを活用して小説を執筆する人、イラストや音楽を制作する人も増えているみたいでして。
ただ、chat gptが生み出した創作物は、あくまで過去の蓄積データによって作られたものですから。データの中には、著作権のある作品も多く含まれていますし。
生成AIで作られた作品の場合、元のデータを持つ人の著作権がどうなるかという点は、今後の課題でしょうね」
健太は、淡々とした口調で紀子に応えた。仕事の話になると、健太はいつも真顔になる。きっと、根っからの仕事人間なのだろう。
AIの進化に伴い、過去作品が今後見知らぬうちに模倣の材料として使われ、それが当たり前になる世の中が、もう近づいているのではないだろうか。
そうなると、今のように類似点がある程度で、「これはパクられた!」と騒ぎ立てる時代も、もうすぐ終わりを告げるのかもしれない。
健太が懸命に資料をチェックしている姿を見て、次第に小説のパクリ問題に対する怒りが、徐々に薄れていることに、紀子はふと気づく。
——私、もしかしたら、作品を愛し、丁寧に扱ってくれる人が欲しかったのかも。
「健太さん。これって、和解の方向性もあるのかしら?」
「和解ですか。星平さん、出版社と明智のこと、もう良いんですか?」
健太は、不思議そうな顔で尋ねる。
「実は、健太さんの話を聞いていくにつれて、だんだん『作品を、パクられた!』と怒っているのが、バカバカしくなっちゃって」
紀子がそう伝えると、健太はにこりと微笑んだ。
「そうですね。場合によっては、和解が最善の解決策となることもありますし。もしかして、星平さん。裁判が怖くなりました?」
健太がそう伝えると「そういう訳ではないです」と言って、両頬をぷくっと膨らませる。
「紀子さん。あっ、間違えた。星平さんって、面白い方ですね」
「別に今の、間違えてないです。私の名前は紀子なんで、紀子さんでいいです。もうペンネームで呼ぶの、やめて下さいよ」
紀子が狼狽する。
「もしかして、ペンネームで呼ばれるのって、恥ずかしいですか?星平さん、ペンネームで呼ぶと少し照れくさそうだったから。なんだか可愛らしくて、つい……」
そう言って、健太は頬を緩ませる。
ふと、紀子が時計に目をやると、健太が家に来てから2時間が経過していることに気づく。健太は徹夜で仕事している様子だし、お腹は空いていないだろうか。
そう思い立った紀子は「そういえば」と思い、冷蔵庫へ直行する。今朝、確かコンビニでプリンを購入したはず。
「健太さん、お腹空いていませんか?家にプリンがあるので、もしよかったら」
「お気遣いありがとうございます。でも、いいんですか?」
「はい。徹夜で大変そうと感じたので……」
「ありがとうございます。疲れた脳と体に、ちょうどいいです」
そう言って健太は、紀子が差し出したプリンを受け取る。プリンを一口入れると、健太の口元が緩む。
「プリン、ちょうどいい甘さです」
プリンを一口頬張った後、健太はカバンに手を突っ込み、ゴソゴソと掻き回し始める。さっと手に取ったのは、500mlのペットボトルだ。健太は蓋をキュッと開け、ごくごくと飲み干した。
その姿を見るなり、紀子は「しまった」と声を上げる。デザートを出すなら、お茶かコーヒーを用意しなければ。
でも、家にはお茶の葉も、コーヒーも無いし。どうしよう。気の利かない女だと、健太に思われただろうか。
「ごめんなさい。デザートを出すなら、飲み物を普通は用意しますよね……」
「あっ、気にしないでください。僕、ジャスミン茶が好きで、持ち歩いているだけですから」
健太の口から、仄かなジャスミンの香りがする。ファミレスの時に感じた、ジャスミンの匂い。あれは香水じゃなくて、ジャスミン茶だったのか。
「健太さん、前にファミレスでお話しした時、ほんのりジャスミンのいい香りがしていて……。てっきり、香水つけていらっしゃる方かと」
紀子がそう言うと、健太はニヤニヤと笑みを浮かべる。何か、面白いことを言っただろうか。紀子は首をかしげる。
「星平さんって、本当に面白いですよね。想像力豊かというか。それに何を質問しても、真面目に考えて、答えてくれるし。僕、そんな星平さん好きですよ」
健太は、そう言って紀子に微笑みかける。
「えっ。私のこと、好きって……?」
「だから、そうじゃなくて。紀子さんが、何でも真面目に答えるのが面白いなって意味です。
あっ、ごめんなさい。星平さんじゃなくて、紀子さんって呼んでしまいました」
そう言うなり、健太は頬を赤らめた。健太の表情をみるなり、紀子はおかしくてクスクスと笑う。
「健太さんも、十分面白いですよ。小説投稿サイトに、ブログを綴っているのも、犬の名前でアカウント作っているのも面白いけど。
一番変なのは、『私のようなダメ女子を、揶揄って楽しむ』というセンスです。きっとそんな人、世界中を探しても、あなたしかいませんよ」
紀子はそう言って、にっこりと微笑んだ。紀子の表情を見て、健太は「あれは昔、昔のことですから……」とオロオロし始める。
健太は東大卒のエリート弁護士だし、イケメンで女性慣れもしていると思っていたけど。もしかしたら、ただのド天然かもしれない。
「では、今からあなたのこと。星平さんじゃなくて、紀子さんって呼びますね。
紀子さん、裁判絶対に勝ちましょうね。僕、より一層資料をブラッシュアップして、整理してきます。では、また来ます」
「わかりました。ありがとうございます」
「あと紀子さん。もし裁判が終わったら、僕のアシスタントとして働きませんか?」
「助手ですか……?」
紀子は、まじまじとした表情で健太の表情を見る。健太はまっすぐな瞳で、紀子を見つめている。どうやら、彼は本気だ。
「私、本当に何もできないですけど。力になれるかどうか……」
不安そうな紀子に対し、畳みかけるように健太は答えた。
「できるじゃないですか。紀子さんが文章、凄くキレイに書けるのを、僕は知っています。
だって。僕は紀子さんの、元コアな読者ですから。実は弁護士の仕事、資料の作成業務もあるので。
僕は文章を書くのが得意ではないので、紀子さんに手伝ってもらえると嬉しいです」
健太は興奮交じりに、紀子へ伝えた。健太の表情は、とても意気揚々としている。紀子は「えっ、私なんかでいいんですか?」と食い下がった。
「はい。むしろ今の僕には、紀子さんのスキルが必要です。あとは、僕の弁護士事務所には、弁護士メディア向けのコラム執筆に関する依頼も多く届きます。
でも僕は忙しいから、対応できなくって……。もちろん法律に関する話なので、僕の監修が必要にはなりますけどね。
文章を書くお仕事を、紀子さんにお願いしたいです」
大きな黒目がちの瞳が、こちらを真っ直ぐ見つめている。力強い眼差しに、ずっと吸い込まれてしまいそうだ。
「紀子さん。僕の仕事、手伝ってもらえるでしょうか?」
紀子の表情が、みるみる緩む。文章を書く仕事、文章を校正する仕事。そっか。いずれも、別に出版社や編プロに、こだわる必要なんてないんだ。
需要のある場所で、そのスキルを活かし、誰かの役に立てれば、それは素晴らしいことなのかもしれない。
「それに紀子さんは、僕に借りがありますし」
健太が、ニヤリと笑みを浮かべる。
「借りとは……。あっ!」
「弁護士費用は、前借りという形でも構いませんよ。僕の事務所で働いて、少しずつお金を返して頂ければ……」
健太は、ふふっと笑う。紀子は頬を赤らめながら、ケラケラと笑った。
そうだった。私は、健太さんに弁護士費用を払わなければいけないんだっけ。すっかり忘れていた。紀子は、頭をコンと拳で叩く。
「承知しました。その際には、働かせてください。でも頑張った分、弁護士費用はさらに割引してもらえるんですよね?」
紀子は敬礼しながら、ウィンクする。健太の頬が、ほんのり紅潮した。
【おわり】
ご愛読、ありがとうございました!今回応募した中で、もっともスキを多くいただけました。
反響の良さを感じ、私自身も大変驚いています。
改めて、最後まで読んでくださった方、ふと訪れてくださった方。スキやコメントをくれた方。感想をnoteに書いてくださった方……。
みなさんに感謝の気持ちで胸がいっぱいです。本当に、ありがとうございました!
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