マガジンのカバー画像

『文章の名手・藤沢周平作品の魅力』(英語対訳)

231
藤沢周平の作品は、文章に詩情があり、人間の心の機微が巧妙に表現されている。風景描写の美しさと心理描写の丁寧さが際立っている。『橋ものがたり』、『せみ時雨』、『三屋清左衛門残日録』…
運営しているクリエイター

2024年11月の記事一覧

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)8      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 8

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)8      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 8

8 『野菊守り』から

 特に気に入ったのは、捻くれた感がある斎部五郎助が菊を守る事を命じられ守りきり、心の交流と甦る剣さばきを確かめる機会がきっかけで、雪解けのように頑なな心に変化を生じさせ穏やかになってゆく様を描いた「野菊守り」です。
 作品の中で主人公が弁慶めし様のものを想像させるおにぎりを食べる場面があります。

 「その握り飯も、このあたりでへら菜と呼ぶ菜っ葉の漬け物の葉でくるみ、上から

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)7      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 7

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)7      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 7

7 『早春』から

 現代小説『早春』は、妻と死別し、仕事人としては窓際に追いやられ、妻子ある男と恋愛をしている娘と二人暮らしの男の物語。何のために生きてきた、今まで生きがいとしてきたものが失われて行く時、それらが何故生きがいたり得た物だったのかわからなくなる。
 そんな男の悲哀は読者自身にも襲いかかっても不思議はなく、だから響くのですが。

 「子供や家に対するあの熱くて激しい感情は何だったのだ

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)6      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 6

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)6      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 6

6 『早春』概要

 『早春』(1998)は最晩年作で、表題作で現代小説の「早春」、「深い霧」、「野菊守り」の3つの短編小説と後半はエッセイが4篇収録されています。随想などとして、「小説の中の事実」、「遠くて近い人」、「ただ一度のアーサー・ケネディ」、「碑が建つ話」など、すでに雑誌などに掲載されたもの。
 「解説」の中で、藤沢周平は「もしもはじめから現代小説を書いていたら、せいぜい、目立たない心境

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)5      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 5

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)5      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 5

5 『静かな木』(読後感)

 全三篇、どれも主人公が武家であり、市井の様子があまり無かったり隠し剣や男女の恋慕があるわけでもなく、内容的にはちょっと偏っている気もします。それゆえ、藤沢周平の小説をはじめて読むという方には勧めにくい一冊です。しかし、端正な筆致と安定のストーリーは楽しめるので、手に取ってみるのはいかがでしょう。短さの中でも、実際にかの海坂藩で過ごしたような感覚を覚えることができます

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)4      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 4

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)4      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 4

4 『偉丈夫』(いじょうふ)

 「海坂藩」初代藩主政慶は二男の仲次郎光成を愛し、死没する際、藩から一万石を削って仲次郎に与え、幕府の許しを得て支藩とした。政慶公が死没してから70年程経って、漆の木をめぐり本藩と支藩の境界争いが生じたが、支藩「海上藩」に属していた片桐権兵衛は本藩との掛け合い役に抜擢された。権兵衛は六尺近い巨体の持ち主だが蚤の心臓で無口、本藩の掛け合い役加治右馬之助は熟練、能弁。一

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)3      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 3

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)3      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 3

3 『静かな木』

 5年前に隠居した布施孫左衛門は 福泉寺の境内に立つ欅の大木を見て過している。ある夜孫左衛門は、倅・邦之助が果たし合いをすることを知らされる。相手は、鳥飼中老の息子・勝弥。邦之助が勝弥から侮りを受けたとして、果し合いを申し込んだのであった。
 そして勝弥の父親である中老・鳥飼郡兵衛。孫左衛門は、かつて郡兵衛とは浅からぬ因縁があったのだ。
 最初と最後の場面が、寺の境内に生えた一

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)2      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 2

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)2      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 2

 

2 『岡安家の犬』

 海坂藩の近習組を務めている岡安家、十兵衛門は隠居の身、息子は他界し、当主は 孫の甚之丞、甚之丞の母、妹の八寿、奈美の家族5暮らし。家族全員犬が大きで、アカという犬を飼っていた。ある時、甚之丞が 妹八寿の嫁入りが決まっていた親友の野地金之助、関口兵蔵と犬鍋を食べたが それがアカの肉だったことで友情決裂、あわや果し合いに成る寸前に。
 強情な金之助、見栄っ張りの金之助は親

もっとみる
藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)1      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 1

藤沢周平『静かな木』と『早春』 ダイジェスト(英語対訳)1      Fujisawa Shuhei's "The Quiet Tree" and "Early Spring" A Digest (Japanese-English Translation) 1

1 『静かな木』概要

 『静かな木』(1998年)は藤沢周平最晩年の境地を伝える三篇、『岡安家の犬』、『静かな木』、『偉丈夫』からなります。
 藩の勘定方を退いてはや五年、孫左衛門もあと二年で還暦を迎えます。城下の寺にたつ欅の大木に心ひかれた彼は、見あげるたびにわが身を重ね合せ、平穏であるべき老境の日々を想い描いていました。ところが……。
 舞台は東北の小藩、著者が数々の物語を紡ぎだした、かの海

もっとみる