隅田川花火大会で感じた”人生の選択”についての話。
先日、彼と人生初の隅田川花火大会に行ってきた。
この夏したいことを一つ達成できて満足だったのだけど、ここでもいろいろと考えてしまったのでそのことを記録しておく。
隅田川花火大会は、日本でも最大規模の花火大会で多くの人がこの花火を見に訪れ、観客は毎年95万人以上にのぼる。
私たちも7時から始まる花火を見るために5時半くらいには花火大会の付近にいたのだけど、すごい人込みだった。
そこで私たちは二つの”選択”に迫られた。
①何時間も満員電車のような人込みにまみれるのを覚悟してよく見えるスポットに行くか、
②あまり見えないかもしれないけど遠くで人込みも少なく座れる場所でのんびりと見るか、
迷ったのだけど、
結局、わたしたちは前者を選んで、きれいな花火を見てきた。
人込みはもんのすごかったのだけど、”Once in a lifeだよね”と思って覚悟を決めて、この夏初、令和初のきれいな花火を彼と一緒に見ることができた。
そして、思ったのだ。
この2択って人生の中で幾度となくある選択なのでは、と。
何かその先にある”きれいなもの”に届きたいのであれば、それなりの覚悟と忍耐と”努力”が必要。
今回でいうと”花火を見る”ということを確実に達成するために、
”長時間暑い中人込みにまみれながらかなりの距離を歩く”
という覚悟と忍耐と努力が必要だった。
そうして私たちは”きれいな花火”を手に入れた。
さらに言えば、”きれいな花火”をできるだけ人込みにまみれず快適にみる、
という私たちよりさらに高度な望みを求めた人たちは、
いいスポットをネットで調べ、
”台風でキャンセルになるかもしれない”というリスクを背負いながら
前日から場所取りをし、
”当日快適にみる花火”を手に入れている。
それほど、この大都市で大規模に行われる隅田川花火大会を楽しむためには、時間、労力、覚悟、忍耐、努力が必要なことのように思えた。
もちろん、私たちは、遠いところで座りながら、もしくは涼みながら花火を見ることもできた。
”花火”というきれいなものに執着せずに過ごすこともできるし、”わあ!きれい!”という一瞬も感動より、長く続く平穏な時間を求める人もいる。
それも真っ当な選択だと思う。
そして忘れてはいけないのが、そんな私たちが人込みにまみれて必死で花火を見ようとしてもがいているのをよそに、悠々と花火を眺めていた人たちがいる。
それが、隅田川近隣に住んでいてこの貴重な花火をベストスポットから眺められる権利をもった人たちだ。
この人たちの中でもしかしたら、この年に一度のイベントのために家を越してきた人もいるかもしれない。
だけど、きっとこの人たちは”ラッキー”な人たちなんじゃないかと思う。
幸運にも花火が見れてしまう人たちもいるのだ。
(もちろん、そこに住むまでの労力や時間はあっただろうが。)
人は人生のなかのさまざまな場面でこういう選択を何度も繰り返しながら、この3タイプに分かれていくんじゃないかな、と思った。
私は基本、”花火を見れなくてもいいから楽にゆるく幸せな時間を過ごしたい”人なのだけれど、
昨日は”花火を手に入れる”という選択をした。
どういう選択をしても正しいし、幸せならそれでいいと思う。
そうして、”花火を手に入れる”という選択をして、6時から9時までへとへとになった私たちだけど、歩き終えたところで、友達から”近くにいる”という連絡が入り、会うことになった。
へとへとでお腹ペコペコになったあとに、久しぶりに会う友人と飲むビールは最高で、
私たちがこの日、”花火”とともに得たもう一つの”一瞬の幸せな一時”となった。
彼は、大好きなビールが飲めて上機嫌になり、幸せそうだったのだが、その時乾杯をしながら彼がこんなことをつぶやいた。
”まさにこれが今日のハイライトだね。今日のベストモーメントだよ。
ようやく手に入れた花火はもちろん素晴らしかったのだけれど、それよりも、花火についてきた”特典”として得られたこの時間にハイライトをあてる彼は、とても彼らしくてとてもいいなあと思った。
彼のこういうところが好きだ。
ビールを片手に幸せそうにこうつぶやく彼が私の隣にいまいるという事実は、
私がいまもっている”ラッキー”なのだろうなと思い、この幸運をかみしめた。
とりあえず私は、この隅田川花火大会でいい選択をして、
大変だったけど、きっと人生に一回きりであろう隅田川の花火とその特典を手に入れられて、
幸せな一日を過ごせた。
彼と生きていけるこの夏は、どんな選択をしてもきっと最高なんだろうなと思う。