[1分小説] ホラー
「ねぇみっちゃん、怖い話ききたい?」
「えぇ〜、なんで突然ホラーなのぉ?」
みっちゃんが「えぇ〜」と言って口を開く時は、
たいてい話の先を待っている時である。
「サチったら、あたしが怖い話苦手なの知ってるでしょ〜」
会話を切り出したはサチ続ける。
「そういうホラーじゃないから」
サチの話はこうだった。
・
休日、閉店間際の夜9時少し前に、チェーンの喫茶店に入った。街でよく見かける、緑の看板の店。
ちょうど大学生くらいの青年が帰るところで、店内の客はサチだけであった。
「貸切じゃん。ラッキー」
フラペチーノを注文したサチは、喫茶店の隅の、
ゆったりとしたテーブルのソファ席に掛けた。
すると、レジに50代くらいのオジサンが立ち、
何やら注文する姿が見えた。
そのオジサンは、手にフラペチーノを持ち、何を思ったかまっすぐサチの方へ歩みを進め、
なんとサチの隣の席に着いたのだ。
50席はあろうかという、広々とした店内なのに、である。
・
「もう本当に信じられない。なんでここ座るの?
ほか全部空いてるでしょ!って心の中で叫んだよ、あたし」
「わ〜可哀想。サチどんまい。でもね・・・」
そう言いかけたみっちゃんは、こう続けた。
「私もあるよぉ、そういうの。それは電車だったんだけど」
みっちゃんの話はこうだった。
・
2ヶ月前の、平日の夜。通勤ラッシュとは無縁な路線の、乗車率の低い列車。
その、グリーン車でのことだった。
二階建て仕様のグリーン車は、「上の階のほうが人気」だと、みっちゃんはいつも思う。
「だからね、その日も、私は下の階を選んだの」
乗車すると、そのグリーン車両の一階は空だった。
「貸切って、はじめてかも!」
適当な場所の窓際席に腰掛けると、思う存分、
みっちゃんは椅子を倒した。
すると次の駅で、誰がが乗ってきた。
その人は乗車すると階段を降り、一階のスペースにやってきたのだ。
「あ〜残念。みじかい貸切だった」
そう思った次の瞬間、みっちゃんは自分のすぐ後ろに人の気配を感じた。
「えぇ〜?全部空いてるのに、私の後ろの列に座るわけ?」
早くも嫌な予感がした。
時刻は夜11時を過ぎていた。
そして、みっちゃんが「そぉ〜っと」ふたつ並んだ座席の間から、後ろの人影を窺うと、
座席の男は、同じく席の隙間から彼女のほうを垣間見て、マスターベーションしていたのだ。
・
「うっそ!股間で手ェ、動かしてたわけ?ありえない!」
「ほんとだよぉ〜怖くて固まったよ、私」
「それでみっちゃん、大丈夫だったの?」
「う〜ん、気持ち悪すぎて動けなかったから、
ガマンしてふつうに目的地まで20分くらい乗ってたよ」
「え?グリーン車ってICチップ付きカードでピッてすれば、座席移動できるじゃん!」
「えぇ〜、その時知らなかったもん・・・」
「知っとかなきゃだめだって、そういう知識は!」
そうだよねぇ、と大きく溜息をつきながら、
「でもさぁ、」とみっちゃんは続けた。
「その男の人が、っていうより、私たち女の人を取り囲む環境が怖いなって、私思うんだよねぇ〜」
それを聞いたサチは「まぁ確かに、そのリスクはあるけどさ」と言いつつ、
「でもそれ以上にさ、」と神妙な顔をする。
「実は一番怖いのはさ、男の人からお金もらって生活できちゃってる、私たちみたいな女の存在だよね」
「きゃはは、もぉサチったらぁ〜!それ言ったら
『私たちがホラーの担い手』みたいに聞こるから、言っちゃだめぇ〜!」
・
みっちゃんとサチ、女狐2匹と "世の中" との化かし合いは今日も続くのであった。
【完】
□24.3.7 追記