[1分小説] ごちそうさま
「じゃ、帰るよ」
ラブホテルの一室から、女を残し、男が出て行った。
もう少し一緒にいてくれてもいいのに。
裸のままシーツにくるまりながら、 満里奈は思う。
こういう事、つまり
用事が終わり、ひとり取り残される事、
は一度や二度ではないし、一人や二人でもない。
満里奈はいつもこんな時、
男たちから「ごちそうさま」と言われたような気がする。
容姿のレベルはよく言っても
中の中、たまに中の上、くらいで、
"可愛い" の範疇にも "綺麗" の枠内にも入れず、
「愛嬌があるね」が学生時代からのせめてもの誉め言葉だった。
あれも駄目これも駄目、
でも遊ぶのにはいいかもしれない。
たぶん そういう女なのだ、私は。
ひとりになった安っぽい部屋の中で、
胸元をかばうことなく体を仰け反らせ、
ベッドサイドに備え付けられた時計を見る。
21時28分。
男が仕事を終えるのを待って19時頃にホテルに入ったはずだから、
22時の退出時間まであと30分残されていることになる。
満里奈は再びベッドに潜り込んで、目を閉じた。
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「可愛いのは名前とベッドの上だけだね」
以前、そう言って去っていった男がいる。
自分勝手なセックスをする、最低な男だった。
そしてその男は、
最後の逢瀬の別れ際、臆面もなく、
はっきりと「ごちそうさま」と口にして彼女の前から姿を消したのだ。
いま思い出しても腹が立つ。
でも―、
なんだか妙に現実的な言葉だった。
現実的、というか、現実を端的に言い表した言葉、であると。
女とは、極端に言ってしまえば
「ごちそうさま」と男たちに言える女と、
男たちから「ごちそうさま」と言われる女、
の二種類なのかもしれない。
前者は、奢ってもらい、貢がれ、大切にされる女。
そして後者は
男の好きなように扱われる、つまり「都合のいい」女。
私は一生、後者にしか、なりえないのだろうかー。
目を瞑りながら満里奈は考える。
それならそれで構わない。
もしも本当にこのポジションに嫌気が差したなら、
こちらが 提供するのを断ってしまえばいいだけだ。
ただ、それができないから、
「ごちそうさま」と言われてしまうのだろう。
いや、もしかしたら、
「ごちそうさま」を男たちに言わせているのは、
私の方なのかもしれない。
彼女はあらためて思った。
こんな女を、世間は非難するかしら―。
そんなことを考えながら、
今まで自覚するのを避けてきた事実を、
満里奈は静かにベッドの中に迎え入れた。
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シャワーを浴びて出なきゃ、と思いながらも、
次第にうつらうつらしてきた。
現実をありのまま受け入れること。
それが、
特筆すべきことのない自分の、最大の美点。
これさえあれば、どうとでも生きていけるから。
構わない、私はこれで幸せよ。
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