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中国留学記|バナナのおばちゃんの話

北京留学で出会った、忘れられない人がいます。
北京外国語大学(通称「北外」)西院の門の隣にあるほったて小屋の八百屋のおばちゃん、「バナナのおばちゃん」です。


二つ結びで声が高い、そして面倒見のいい優しいおばちゃん。

中国語ゼロで北京に降り立って数週間後
どうしても果物が食べたくなって、意を決して飛び込んだのが最初の出会い。

その日は多分、授業で数字を習った日。
だから、値段を訊いて練習しよう!みたいな動機もあったと思います。

ずらっと並んだ果物をざっと見渡し、道具がなくても食べられそうなものを探す。
よっしゃ、バナナ発見。

じぇいが、どぅおーしゃおちえん?
ー这个,多少钱?
ーこれ、いくらですか?

私よりずっと前から北京にいる日本人に教えてもらったフレーズを繰り返しながら、おばちゃんに声をかけるタイミングを伺います。

前の人の接客が終わった。今だ!
おばちゃんに向かって手を挙げて。

「に、にーはお… じぇいが、どぅおーしゃおちえん?」

今だ!…と思った割にはびびってしまいました。
中国人と中国語で話すのはまだ慣れていないし、通じなかったときの誤魔化し方も分からない。


もじもじしていたらおばちゃんがこっちを見ました。
通じたか?通じたのか?

啊?香蕉?
ーá? xiāngjiāo?

…OMG、それは習ってない。しゃんじやお???
わかんない。
私は何を訊かれているの???
あたふたしていたらおばちゃんが続けます。

你是留学生,是吧?日本人?
ーnǐ shì liúxuéshēng, shìba? Rìběnrén?

ギリギリ聞き取れました。
そう!私は留学生で日本人!

うんうんと頷くと、
おばちゃんはバナナを指さしながら
にっこり笑って
もう一度ゆっくり「xiāngjiāo」と言いました。




し ゃ ん じ や お










あ…
バナナはしゃんじやおって言うんだ!!!!!
この人はそれを教えてくれてるんだ!!!!!

ヘレン・ケラーがサリバン先生から
「水」を習ったあのときのように
目の前のバナナと「しゃんじやお」という音が
光を放ちながら繋がりました。

そして

「しゃんじやお、どぅおーしゃおちえん?」
(バナナ、いくらですか?)

おばちゃんはまたにっこり笑って答えてくれます。



ーーーちなみにいくらだったかは覚えていません。なぜならその数字が聞き取れず、手持ちで一番大きかった100元札を出したからです。そんなもんだ。



とにかくこの日からこのおばちゃんは「バナナのおばちゃん」として週に2、3回は顔を合わせることになります。

行くと必ず優しくにっこりと
「你来了〜!(あら来たの〜!)」と声をかけてくれましま。

私の返事は決まって「我来了〜(来たよ〜)」。


そしておばちゃんは毎回一言添えてくれるのですが
それを聞き取れたときは本当に嬉しかったです。


「あら久しぶりねえ!」
「最近寒いわねえ!」
「今日はバナナ売り切れちゃったのよ〜」
「今日は上着を着てきたのね!」
「日本のどこから来たの?」

基本的に私の返事は単語の羅列で
傍から見たら会話は成り立っていなかったと思います。

たしかに言葉はうまく通じないし
お互いの名前も知らないけれど
私はこのほっこりした時間が大好きでした。


それなのに、いつからか私はおばちゃんのところに行かなくなりました。

言葉を覚えて他のお店に行くようになったのか
バナナに飽きたのか。


帰国前、ふと思い出して挨拶に行きました。

「你回来了〜!(帰ってきたの〜!)」

やっぱり優しくて、そして変わらず二つ結びのおばちゃん。

来週日本に帰るよ、拙い中国語で伝えます。

おばちゃんは「えーーー!」と驚いていたけど
その後に私の手を握りながら何か言葉を贈ってくれました。

残念ながら私は全く聞き取れなくて
でも
ハグしてくれて、最後に背中をぽんと叩いてくれたおばちゃんを見て

「帰っても頑張るんだよ!」
…と言ってくれたんだろうと解釈しました。

今までありがとうございました。
学校の外で中国人と中国語で話せて勉強になったし、毎回とっても楽しかった。日本に帰っても勉強頑張るからね!!!

…なんて文章を言える語学力は無かったので
私はひたすら「谢谢!」を繰り返しました。





バナナのおばちゃんのことは、実は誰にも話したことがありません。
当時も帰国後も、なぜか誰にも言っていないのです。
だから誰とも思い出話ができなくて
おばちゃんは幻だった?と思ったりもしました。

2年後、北京に行く機会があったので
それを確かめるために北外に向かいました。


門の外にあったおばあちゃんのほったて小屋は無く
その隣りにあった海賊版DVD屋が陣地を拡大していました。



おばちゃんは幻だったのかもしれません。

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